0203 フヒヒヒ、王様が下さった大切な装備だ、着るだろ、着るよなああ!?
「……何を言ってるの!」「……有り得ません!」
ガスパル王が何か言う前に、後ろから飛び出したクレールとラシェルがノエラに掴みかかり、取り押さえる。
「いくら勇者だからってウサジを独り占めは無いわよ! あたしだってウサジが欲しいに決まってるじゃん!」
「ウサジさんは公共物ですよ! 独占なんてさせません!」
ええ……お前ら国王と群臣の前でそのコントやるのかよ? 俺はそう気恥ずかしく思った。
しかし、ガスパル王にはその冗談は通用しなかった。王は、真顔で答えた。
「勇者ノエラ……いかにその方の願いであろうとそれは出来ぬ。余はヴェロニクの使徒、ウサジの力を侮っていた。ウサジは一介の僧侶などではない、それは他ならぬお前が一番良く知っているのではないか」
偉丈夫の王はそう言って、少し申し訳なさそうに背中を丸める。
「オイゲン将軍の報告によれば、ウサジは凄まじい早さと無尽蔵の力で、たくさんの兵士を一度に癒したという。だがそのような事でさえウサジの持つ力のほんの一部に過ぎぬ。お前は先程何と言った……ウサジの徳は、一部の魔族をも改心させただと? そのような事は余にも出来ぬ」
玉座から立ち上がった王はゆっくりとノエラに近づく。ノエラを押さえつけていたクレールとラシェルは、その手を離して三歩下がる。
「ウサジと旅をしていたお前達が、すっかりその徳に惹かれているというのも無理もない話だ。個人的な事を言えば、余も是非ウサジを手元に置きたいと考えている。我が一人娘が、必ずそうして欲しいと毎日せがむのだ」
王は自らは膝をついたまま、ノエラの手を取って立ち上がらせる。
「だが聖者ウサジを私物化する事はおそらく、我が娘マドレーヌにも出来ぬ……さあ、そのように泣くものではない、お前は魔王をも討伐した勇者なのだろう」
さらに王はハンカチを取り出してノエラの両頬をそっと拭い、俺の方に振り向かせる。
「ノエラよ、そんなウサジの望みを聞くとしようか……余と共にな。聖者……いや、僧侶ウサジよ、余がお前に与え得る物の中で、お前が望む物は何だろうか。お前はこれから、何をしたいと望むのだろうか」
クレールとラシェルも、俺の方を向いた。
二人は泣いてはいなかった。クレールはしっかりと強い意志を秘めた凛々しい瞳で俺を見ていた。これはクールビューティの勇猛果敢な戦士クレールの瞳だ……これでせめてしわしわメイクさえなければ……
ラシェルは深い憂いを眉根に湛えている……賢者ラシェルはいつも冷静に状況を見つめ、最適解を導き出そうと努力をしている。でもやっぱり少し泣きそうだ……瓶底眼鏡のせいでよく見えないが。
そうねえ。
三人はこれからも俺と旅をしたいと思ってくれている。ヴェロニクはこれからも三人と旅を続けて欲しいと言っている。
旅の目的? うーん……王国の領域外で暮らす人々を助けつつ、アスタロウの行方を捜して、手強いモンスターが居たら倒しに行って……うん。いいんじゃない? それで。
そうだ。俺の望みは四人の冒険者用の装備にしようか。
この都で望み得る限り最高の防具を用意して下さい! それがいい。あの女官のお姉さんも捨て難いが、先々の事を考えればそれが賢明だ。
クレールにはゴールドに負けないえっちなボディスーツを! 肩と腕と脚の装甲はゴツいのに胸から股間まではただの競泳水着みたいなやつを!
ラシェルにはフリフリヒラヒラのミニスカドレスを! この子は敢えて露出は絞って上半身はいい所のお嬢様風に、だけど絶対領域はギリギリまで高めに!
ノエラは完全にビキニアーマーだ! 僕、こんなの着れないよって涙目になるようなやつを!
俺には魔法の力で強化された全身鎧な、うんと防御力高いやつ。
「私の望みは、一刻も早く世界から魔王の呪いを取り除く事です」
仕方ないじゃん……解ってくれよ、俺の気持ちをよォ……
「陛下。どうかその為の力をお貸し願えませんか。陛下の代でこの世に掛けられた呪いを終わらせるのです。魔王の呪いは魔族達をも蝕んでおり、彼等は呪いに突き動かされ、その為に人類に仇を為していたのです」
城の大広間に詰め掛けた人々。兵士、群臣、官吏、使用人……それぞれに男女の差はあるのだが、男は全員、例外なく……例外なく……! ハゲてるんだよ……!
「今はその呪いを解く数少ない好機、のんびりしてはいられません。魔族達の間で今にも内紛が起こる兆しがあります、味方の魔族を援護出来ませんか? 彼等はヴェロニク様がこの世界に再び顕現出来る鍵となる、失われたヴェロニク寺院の実権を握っています、ヴェロニク様を復活させる事は、間違いなくこの呪いを解く鍵となります!」
おかしいだろうこんなの!? こんな呪いは間違っている、男には不自由の無い髪を生やす権利がある、少なくとも老人になるまでは! M字ハゲ、天井ハゲ、簾ハゲ……そんなものに悩まされる謂れはなァァい!!
畜生、なんで泣いているんだ俺は……
違う、これはハゲ共の涙だ……! 俺は皆の悲しみに為に涙しているんだ!
「ウサジ……! ウサジ……」
ノエラはせっかく王に拭いて貰った頬に、茫々と涙を滴らせて俺を見つめる。ごめんよノエラ。だが俺は……十代半ばにしてハゲ始めるこの世界の全ての男達を見捨てる事が出来ない。
「ノエラさん。改めて御願いします! この世界に降りかかった魔王の呪いを解く為……これからもどうか力を貸して下さい!」
それは裏を返せば、パーティのメンバーだけで行き先を決める気ままな旅はここで終わりだという意味でもある。俺達はこれから王国という大きなチームの一員として、ヴェロニクを復活させ魔王の呪いを打ち払う戦いに挑まなくてはならない。