0020 俺が異世界にやって来た理由
気がつけばそこは体育倉庫だった。今までよりはマシか……いや……どうか……
「ねえ、ウサジくん……?」
後ろで誰かが喋っている……俺は……恐る恐る振り向く……
『3-A ヴェロニク』
今時AVでもあまり見ねーよという、紺のブルマーに、白いネーム付き体操着の女神が、そこに居た。
「私に何か……言う事……あるよね……」
「昨夜は申し訳ありませんでした! しかし他に方法がありませんでした!」
ヴェロニクがゆっくりと近づいて来る……
俺は女神の反対側に走り、跳び箱や束ねられたハードルを飛び越える。
「お待ち下さい! ヴェロニク様! 今日は他にも何かあるはずです!」
「ええ、あるわ……他にもね……」
こっちも賭けだった。俺の勘が間違っていなければ……活路はあるはずなのだ。
ヴェロニクはおもむろに、スマホを取り出し操作して俺に見せた。
動画だ……俺が触手草と戯れる娘子の芸術的な絵画を鑑賞しながら、給油ノズルを取り出した所を天井付近から録画した……
泣かないッ……俺は泣かないッ……だって、そう決めたからッ……!
「どうして……? 私はここに居るのに……私より……この紙に描かれた女の子の方がいいの……? 私……そんなに魅力が無いの……?」
「耳をお澄まし下さいヴェロニク様!!」
俺は土下座をする。
「……そんな呼び方……嫌……」
ヴェロニクは悲しそうに、恨めしそうにそう言った。しかし。俺の勝算はゼロではなかった。
体育倉庫には小さな明かり取りの窓が一つだけあった。それから倉庫の中の蛍光灯も点灯しているのだが……問題は外だ。
病院の待合室の時も、四畳半の時も、その空間の外は漆黒の暗闇だった。恐らくエレベーターの外もそうだったのだろう。
だけど今、体育倉庫の小さな窓の外は、ほんのりと。ほんのりとだが紫色に見えるのだ。
女神が、バスケットボール用の得点板を迂回して、俺に近づいて来る。
「聞こえているはずです……」
俺は積み上げられたストレッチ用マットの上で土下座をしていた。
「今はまだ小さな声かもしれません、けれども!」
女神の手が俺の頬に触れた。俺は土下座から跳ね起き、尻で後づさりをするが、すぐに跳び箱の際に追い詰められてしまった。
「貴女の名前が……」
ヴェロニクは俺を跨いで膝をつき、俺の背中に手を沿え……俺のガチガチに緊張して直立不動で目を閉じているスポーツマンシップの上に、そっと跨ろうとする……
駄目だッ!! 宣誓してしまうッ!! このままでは宣誓してしまうッ! 俺のスポーツマンシップが!! 刺激が、刺激が強過ぎるッ……! ヒゲに鉢巻き腹巻にステテコ姿の小さなおっさん妖精、ヒゲに鉢巻き腹巻にステテコ姿の小さなおっさん妖精、ヒゲに鉢巻き腹巻にステテコ姿の小さなおっさん妖精……!!
「聞こえるはずです! ヴェロニク様! 貴女の名前を呼ぶ民の声が! 耳をお澄まし下さい! 貴女の名が、世界に帰って来たのです!」
ヴェロニクの動きが止まった。
手は全て尽くした。もう目を開けるしかない。
目を開けた時……ヴェロニクがまだ、微熱の篭った視線で俺を見つめていたら、もう俺の負けだ。俺のスポーツマンシップは宣誓して則り、俺は永遠にここで女神と暮らす事を誓う事になるのだろう。
俺は……目を開いた……
ヴェロニクは……
驚いたような顔をして、ぽろぽろと……その美しい目尻から涙を零していた。
「ヴェロニク様、私がついております、どうか自棄を起こさず、これからも、私をあの世界に置いて下さい……私が必ず! 貴女の名前を広め、貴女をあの世界にお帰し致します!」
俺はもう一度目を閉じて横を向いた。こんなヴェロニクを真正面で見ていたら、やっぱり俺のスポーツマンシップが正々堂々と宣誓してしまいそうだったのだ。
ヴェロニクは、俺の首に手を回し、抱きついて嗚咽を上げ始めた。
そうしていると、俺の耳にも……微かだが聞こえて来た。
「村の神殿に、ヴェロニク様の祭壇も作ろう」
「ヴェロニク様ってどんなお姿なんだろう」
「俺、ヴェロニク信徒になっちゃおうかな」
そんな……ハゲ共の声が。
この小説は元々は20話で終わりの話でした。
この先が2年のブランクを開けて再スタートした部分になります。




