0192 実際これ以上禁欲生活を強いられたら何するかわからんわ、俺
完全に。
完全にあの町医者の待合室で、四畳半の子供部屋で、エレベーターホールで、体育倉庫で、俺に迫って来た時の目に戻ったヴェロニクが、俺の首に手を伸ばして来る……! 俺はおもわず、後ろ這いで逃れる……いやだめだ、逃げちゃダメだ!
「私は選んでなどいません、あれは魔王との直接対決を前に、こちらの最大戦力であるノエラが完全に意気消沈していて、こんな事では魔王には勝てないと思い、ノエラの希望に応じる形で! 唇を重ねたに過ぎない!」
俺はヴェロニクの手を掴み返す。ヴェロニクは虚ろな目で、乱れた髪と髪の間から俺を見つめる……
「それが本当なら……私にもキスして。あの子にしたみたいなキスを」
俺は少しだけ考えるふりをする。本当は最初から答えは決まっているので、考える必要なんか無い。
「貴女には、あんないい加減で適当なキスは出来ません」
あれはノエラがしろっていうからしただけのキスだ、ムードもへったくれもなく、人前で、急いで、だけどねちっこく唇を重ねた玩具のキスだ。我ながら酷いとは思うが、それを望んだのはノエラだしノエラは満足して元気になってくれたんだからそれでいい。
だけどヴェロニクには、そういうキスはしたくない。
ちゃんと約束した事を成し遂げて、俺の方から求めて、正気のヴェロニクにきちんと受け入れられた上でこそ、唇を重ねたい。
「貴女は私の一番なんです、二番目のキスは出来ません。世界を救う、災厄を封じる、そして貴女を完全な形であの世界に戻す、それを成し遂げて、その時こそ、一番のキスを貴女としたいんです」
その後は押し倒してひん剥いてぶち込んで突きまくる。2時間や3時間じゃ放さねえぞ。
「……ウサジくん」
ヴェロニクが一際深く俯く……駄目? これは駄目かしら?
駄目かー。やっぱりなあ……俺もこれはまずいと思ったんだよなー。魔王との戦いがあったから忘れてたけど。ハハッ。俺も世界も、これからどうなるんだろ。
辺りに風が吹き始めた。そよそよと、それから、次第に強く。だけど決して暴風ではない、優しく強い風が。
地表を覆っていた湿度100%の空気が、雲が、霧が……形を変え、千切れながら、飛び去って行く……ああ、青空も見えて来た、空に浮かぶ巨大HDDも……
―― ツピツピツピ ピョロロロ、ピョロロロ キィーヨ、キィーヨ
日本の野山にも居そうな鳥の囀りも聞こえて来た。差し詰めこれは、天然の除湿系サウンドと言ったところか。じっとりと湿っていた俺のぬののふくも、たちまちのうちに乾いて行く。
「そんな調子のいい事言って……も、もう私、騙されないんだから」
ヴェロニクは立ち上がり、俺の手を離してぷいっと向こうを向く。
「こっちを向いて下さい」
「そんな事、ウサジは女の子みんなに言うんでしょ。私知ってるもん。その手には乗らないんだから」
これが神の奇跡というものか。今の今までじっとりと濡れそぼっていた、ヴェロニクの長い黒髪まで。すっかり乾いて、風に揺れ始める……
やれやれ……俺はハンカチを出して、最後に残った自分の額の冷や汗を拭う……ん? そういやこのハンカチはジュノンが持たせてくれたやつだったな。つまり何だ、表の世界の物をこの聖域に持ち込む事も可能って事か。
俺は背中を向けたヴェロニクを追い越して向こうに向かう。しかしヴェロニクはまたくるりと背を向けてしまう。だいぶ頬を赤らめているな
「話を聞いて下さいよ」
俺はさらにヴェロニクの向こうに回るが、ヴェロニクはまたすぐ背中を向けてしまいキリがない。俺は根気よく何度でもヴェロニクの前に回り込む。
「もう……知らないっ」
7回か8回ほど繰り返した所で、ヴェロニクは諦めて、しおらしく俯く。
俺はヴェロニクに正対し、畏まった調子で告げる。
「魔王オックスバーンを倒しました。彼は貴女の復活が近づいている事を知り、それを阻止しようと目論んでいました。彼が住処として使っていたのは、かつての貴女の寺院でした。その事にもきっと、何かの意味があるのだと思いますが」
ヴェロニクはまだ少し困ったように頬を染め、俯いていたが、どうにか視線だけは俺の方に向けてくれた。
「ところで、貴女は先ほど何とおっしゃいましたか」
ヴェロニクはまた視線を背ける。
「キ、キスしてって……」
「ち、違います! そうじゃなくて、貴女は魔族の宴会場を転移門の間とおっしゃいましたね!? それはどういう意味だったのですか!」
「いじわる……」
「あの、すみません、お願いします、教えて下さい」
ヴェロニクはそこで、ゆっくりと深呼吸をして、一度瞳を閉じる。そして再び瞼を開き、真っすぐに俺を見る。
「思い出したの。ウサジがあの場所に辿り着いた事で、私もあの場所をはっきり見る事が出来たから」
◇◇◇
それは聖域にある山の中腹にあった。目につきにくい洞窟の中には立派な大理石で造られた建物があり、その中央にはまるでどこでもドアのように、片開きの扉がポツンと立っている。
カリンもここに居た。スクール水着にパーカーを羽織った姿で、長年放置されて汚れていた内部の床にモップ掛けをしている。
「やれやれ、色男が来たようだねぇ。ヴェロニク様がずっと見てるのは知ってるんだろうに、よくもあんな事が出来たもんだよ」
カリンはモップ掛けを続けながらあきれ顔でそう言う。相変わらずのロリババァだな。
「お前には迷惑を掛けていないだろう?」
「おや、どこのどの口がそんな事を言えるんだい? ワンワン泣きじゃくるヴェロニク様をなだめたのは誰だと思ってるのさ、あんたね、二度とアタシの方に足を向けて眠るんじゃないよ?」
「やめてカリン、本当にごめんなさい、でもやめてお願い」
カリンは背中にすがりつくヴェロニクに構わず、モップを掛け続ける。
「この扉が、あの宴会場に直接繋がっているのか!?」
俺は思わずその扉を開けてみようとした。冷静に考えれば、こんなのは気軽に開けていい物ではないだろう。しかし幸い、扉は開かなかった。
「これは、両方から開けようとしないと開かないの」
ヴェロニクが俺の横に来て言う。
俺は胸の高鳴りを覚える。
「この扉を開けられれば、ヴェロニク様は私以外の信者達の前にも姿を現す事が出来るようになるのですね!? 表の世界に、完全復活する事が出来るのですね!」
「う……うん……そういう事に……なるのかな……?」
見えた……これがゴールか!
魔王がヴェロニク寺院を押さえていたのは、それがヴェロニクにとって大事な場所だったからだ。ヴェロニクはあの場所を通して表の世界に顕れ、人々に直接、知識や力、恵みを与えていた。
次はどうすれば良いか? あの寺院を、転生門の間をヴェロニクを待ちわびる人で満たせばいいのだ。そうすれば扉は開き、ヴェロニクは完全復活する。
そうしたら……そうしたら晴れて俺の女犯断ちも終わりだ、待ってろよ……待ってろよ女共!! 一人残らず!! 足腰立たなくなるまで!! ぶち込んでぶち込んで、ぶち込み倒してやるからなぁぁぁあ!?