0188 姉妹まとめてやらせてくれるなら! 俺は悪魔にだって魂を売る!
ノエラならばアスタロウを追う事も出来るかもしれないが、もしそれで戦闘になってノエラが勝ったらどうなるのか? まだ何も解らないのに、そんなリスクは負えない。
そして……これが魔王を倒しての勝利なのか? 何という後味の悪さだろう。
「ゴールド、この場合魔族の王の座はどうなるんだ」
「アスタロウが戻って来て、王位を請求してみないと解らない。恐らくほとんどの者は魔王に従うだろう」
「……お前も、魔王になりたかったのか」
「……そうだ。オックスバーンの権勢は目の当たりにしただろう?」
魔王になれば、多くの魔族を従える事が出来る。そうすればシルバーを守る事も出来るし、そもそも自分だって誰かに指図されたり屈服したりする事もなくなる。
「自分を失うのが、怖くないのか」
そう言ったのは俺ではなくクレールだった。お前こそそのクールビューティを簡単に捨てないで欲しいんだけど。
「私は私だ、魔王になろうが何も変わらない」
ゴールドはそう言うが……このお姉ちゃんはシルバーを守る為にはもう自分が魔王になるしかないと思い、そうしようとしたのだろう。シルバーも解っている。
「俺達人間が魔王を倒していたら、どうなっていたんだ」
「解らない。オックスバーンの前の魔王も、その前の魔王も魔族だった」
俺達がそんな話をしている間も黄色の魔族の若い男は、亡骸となったオックスバーンの前に跪き、嗚咽を上げていた。
「お前は四天王より強かった。名前を聞いておこうか」
「私は、ただの雑兵だ……魔王様も私の名前など知らなかった。貴方も知る必要は無い……」
謙虚なのか卑屈なのか、あるいは瓢箪を持つ俺に対する用心なのか。黄色の勇者は俺に名を明かさなかった。とりあえず今はもう戦意は無いようだが。
黄色の勇者だけじゃない。広間にはまだたくさんの魔族兵が居る。しかしこちらはもう誰も武器を上げてはいなかった。いつもの強気もどこへやら、皆、魔王が倒れた時から、ただ呆然としている……魔王に近づいてその死を悼もうという者も居ない。
結局メーラはどこへ行ったんだろう。俺達が去ったらここに現れて魔王の死を悼むのだろうか? 出来ればそうあって欲しいものだが。
ゴールドは黄色の勇者の元に近づき、声を掛ける。
「先刻のお前の問い掛けに対する答えがまだだったな。私が魔王オックスバーンに立ち向かったのは、単に生き延びる為だった。オックスバーンにはもう、私を生かしておくつもりがなかった」
「それは……そもそも貴女が魔王様に逆らったからではなかったのですか」
「それは違う」
俺は思わず口を挟む。
「ゴールドはずっと俺を始末する為に戦っていたし、この城に戻ったのも俺を倒す為だった。ゴールドが先に離反したのではない、魔王が部下であるゴールドを裏切ったのだ」
「そうだ!」
シルバーも口を挟む。
「魔王はずっと姉貴の体を狙ってたんだ、だけど姉貴は自分は武人であり妾ではないと、魔王の要求を突っぱねてた、そこにメーラが、あの人間の魔女が取り入って」
「やめろシルバー! 私が恥ずかしいからやめろ!」
「あ……ごめ……だめだ最後まで言わせろ! 魔王はあの魔女に骨抜きにされてたんだ、姉貴を殺そうとしたのは魔女だが魔王はそれを止めもしなかった!」
黄色の勇者は俯いた。
「正直に言って、私は見ての通りの下等種だ、魔王様の近くに仕える事は許されないし、城の中で起きている事を知らない」
こいつらの身分制度は、どうにも納得が行かん。
「オックスバーンが貴方の加勢を拒否したのは、貴方には生きて欲しかったからじゃないんですか」
俺は適当にそう言ってみる。実際にはオックスバーン本人に聞いてみないと解らない。
黄色の勇者は、黙って首を振る。
「ヴェロニクの使徒よ……貴方が私に情けを掛けてくれるというのなら、魔王様……オックスバーン様の亡骸をいただけませんか。身分は違いますが、私はオックスバーン様とは同郷の出なのです」
◇◇◇
黄色の勇者はただ一人、身長3メートルを超えるオックスバーンの巨体を担ぎ上げる。そのままではあんまりだと思った俺はしゅくふくで奴自身の怪我だけは治してやった。奴は普通に礼を言って、聖堂を出て行った。
「新しい魔王が居なくなってしまったから、この場の収拾がつきませんね」
ラシェルは辺りを見回してそう言った。俺はゴールド姉妹や白波とその部下を含めた仲間達にもしゅくふくを掛け終えていた。
「ゴールド将軍。貴女にはこの城に住む魔族や、貴女に保護を求める魔族達の守護者になるつもりはないのですか」
俺が口調を変えてそう問い掛けると、ゴールドは微かに俯き、目を逸らして答える。
「魔王になれなかった私が号令した所で、魔族の男共が従うかどうか……」
そこへ、白波がすかさず前に出る。
「我ら一党は粉骨砕身、ゴールド様にお仕えする事を誓います!」
「ま、待ってくれ『白波に立つ男』よ、私は魔族の名門の出とはいえ四天王にも入れなかった女に過ぎん、だがお前達は竜人……長年一緒に居た私も全く気づかなかったのだが……本当はトカゲなどではない、強く気高い種族だったのだろう」
白波は上気した顔を斜め上に向け、ゴールドから目を逸らしたまま答える。
「いいえ! 皆は知りませんが俺はこれからもゴールド様に蔑まれ平手打ちを頂戴しながらお仕えしたいのです! 名前などで呼ぶのはよそよそしい、いつも通り貴様とお呼び下さい!」
それを聞いた他のトカゲ共も、わらわらとゴールドの周りに集まって来る。
「ずるいぞ白波!」「自分ばかり」「俺もゴールド様の手下がいいです!」「平手打ちを下さい」「ブーツで踏まれたい」
「ええいやめろ! 変態か貴様らは!」
ようやくこの場に、小さな笑いが起こる。ラシェルは口元を押さえてくすくす笑い、ジュノンも苦笑いをこぼす。しかしクレールは真顔のままだった。
「魔族同士の争いが、始まるかもしれないな」
クレールの言葉に、ゴールドはしばらく目を閉じていたが。
「このような事を言って、信じて貰えるとは思わないが……ヴェロニク信仰の復活を察知したと言い出したのはオックスバーンだった。それは何としても止めなくてはならないと。ヴェロニクは恐るべき偽善の神で、この世のあらゆる魔族と魔物を殺し、あらゆる動物を人間の奴隷にするのだと」
オックスバーンがそう言ったのか。あれは古の話に詳しい賢者のようなものにはとても見えなかったが……
「故にその使徒たるウサジも、我らを騙し、奪い、殺す事しか考えていないのだと思っていた」
いや俺どんな獣なんだよ……まあ俺は獣だけど、そういう種類の獣ではないというか、可愛い女の子を気持ち良くしてあげて、子供を授けてあげたいだけの獣であってだな、
「だがそれは思い違いだった。ウサジは我ら姉妹を処刑人の槍から救ってくれた。命懸けでな……私は、この男は妹の気持ちを弄ぶだけ弄んで最後には捨てる、最低の男なのだろうと思っていたのに」
上げて落とすな! なんて事考えてやがるんだ、まあだいたい合ってるけど! 別にシルバーに悪意がある訳じゃないけどな、俺は明るく無責任なエッチがしたいだけの男なので、エッチした後の責任は取りたくないとは思ってる。
「人間の男はどうせ、我ら魔族の女など牙と角の生えた醜い赤肌の女としか思っていないのだろうと……しかしウサジが妹を見る目は、決してそんなものではなかった」
ななな、何を言い出すんだ皆の前で、そりゃ俺はシルバーちゃんをエロい目で見てたよ、だってこの子ホットパンツに短いトップス着てめっちゃ健康的で爽やかにエロいじゃん、うっすら割れた腹筋も引き締まった太腿もたまらん、ペロペロしたいって思って何が悪い!
「私を見る目でさえもな……私などはウサジを騙して蒼瓢に閉じ込めさえしたのに、ウサジはただの一度も私に憎しみの目を向けて来ない……いつも慈愛を込めたような瞳を向けてくれるのだ」
あ。あー、それは、エッチな目です。憎しみの目なんか向けるわけないじゃん、だって俺やりたいもん、ボンキュッボンのナイスバディをエッチなワンピース型ボディスーツに包んだその体、知的でどこか憂いを帯びた風貌も本当にたまらん、マジ土下座するからやらせて。
ゴールドは俺たちから少し離れて、振り返ってこちらに正対し、居住まいを正す。白波は何かに気づいたかのように、ゴールドの後ろへ走って行って同じようにこちらを向く。
「ウサジ、そしてノエラ……私と協定を結んではくれないか。幸か不幸か私は魔王になれず、魔王魂を得たアスタロウはどこかへ行ってしまった。この状況がどれだけ続くか解らんが、私は魔族が人間と争わない世を模索したい。少なくとも私にはオックスバーンのようにヴェロニクを憎む理由がない。そして混乱する魔族をまとめるのに、お前の力を借りられないかと考えている。どうだろうか」