0185 おれは しょうきに もどった!
魔王との直接対決が始まった。
周囲の魔族兵は一部が消極的な干渉を試みて来たが、ほとんどの者はトカゲ兵のドラゴンブレスを恐れ宴会場から逃げ出すか、隅の方で震えていた。
そして昨夜は夫オックスバーンを防御魔法で援護していたメーラは、姿を現さなかった。あの女に隠れていろと言ったのもオックスバーンだが、本当にこの状況でも現れないとはな。
つまり、もはや魔王の味方は居なかった。
「そら! どうした! 喰らえェエ!」
ノエラは吹き抜けの中を自在に飛び回り、魔王にあらゆる方向から攻撃を仕掛けた。魔王が引けば距離を詰めて打撃し、魔王が押し寄せればたちまち距離を取って投射魔法を喰わせる。
魔王はすぐにノエラを相手にする不利を悟り、ゴールドを先に潰そうとしたが。
「重連夢幻闘舞!!」
余裕を持って魔王の動きを読んでいたクレールの属性魔法を最大に篭めた魔法鋤の多段連続攻撃を、まともに喰らう。
「なァめんなァァァア!!」
しかしその巨体で踏み止まった魔王は、暴風のように巨大な斧を振り回す! 少しでも触れたら真っ二つにされてしまいそうな勢いだ、だが。
「雷神奥義グランドクロス!!」
その魔王の頭上から、ラシェルが放った十字状に連なる極大の雷魔法が炸裂する! 頭の真上、角と角の間をその中央に捉えられ、魔王の体が一瞬真っ白に光り輝く……! だが奴は倒れない!
―― アンギャオアアアア!!
―― シュゲヤァァアアア!!
トカゲ兵達もドラゴンブレスを浴びせる。それでも。
俺は震えていた。魔王は今や哀れなマンモスのようだった。
最強の腕力と持久力を持ちながら、一人一人は小さくて弱い人間共に囲まれ、満足に自分の力を見せる事も許されないまま、狩られようとしているのだ。
「グ、ググウ、オ前ガ……!」
激しい衝撃で朦朧としているのか。魔王は異様にギラギラした目つきを俺の方に向ける。
「ウサジ!」
「構うな!」
俺はひのきのぼうをピタリと魔王の方に向ける。
―― ドガァァァン!!
魔王は次の瞬間には一瞬で突っ込んで来て、巨大な斧をたった今まで俺が居た場所に振り下ろしていた。だが俺はそこには居ない。
魔王の一撃をかわした俺は、次の瞬間その巨大な顎を真下から蹴り上げていた。
蹴り上げられた魔王の口元から何かが飛んだ……折れた歯だろうか。蹴り上げた勢いそのままに飛躍していた俺は、それを見下ろして……
―― ガァァァン!!
ひのきのぼうではこれ以上無理と思われる、最大級の一撃をその眉間に見舞う。
俺はさらに、魔王の顔面を蹴って飛び退く。
攻撃の手は止まなかった。ノエラが、クレールが、手を休めずに攻め続ける、ラシェルは二人の呼吸の間に魔法攻撃を加える。
しかし魔王は倒れなかった。
「ウワアアアアアア!!」
咆哮を上げ、魔王はやみくもに走り回る。奴は俺達を振り切って体勢を立て直したいのかもしれないが、ノエラのスピードの前ではほとんど意味がなかった。
そんなノエラでも一対一であればこんなにも優勢に魔王と戦う事は出来なかっただろう。この相手には一度でも捕まれば終わりなのだ。
畜生、意味のわからない涙が出る。
俺は多分この魔王が個人的には嫌いじゃないんだ。単純にして豪快、酒と女が大好き、そして自分の欲望に忠実で……こいつ、敵だという事を除けば俺自身そうありたいと思う理想の男の姿なんだよなあ。
「勝つぞ! 魔王に! 私達が、それを成し遂げる!」
クレールが、魔王を追撃しながら叫ぶ。
「僕達が魔王を倒す!」
「私達が魔王を倒します!」
ノエラが、ラシェルが叫ぶ……
希望はもう、はっきり見えていた。俺達はこの魔王に勝つだろう。
ノエラが大幅に強化されている。俺達はもう魔王の単純さを知っている。
メーラの防御魔法が無い。魔族兵もほぼ無力化されている。
あとはただ、魔王の膨大な体力を削る単純作業だ。
だけどそれは、嫌な戦いだった。この魔王が、俺が守りたいと思う物全ての敵だというのは、解っているのだが。
「下郎共がァァ! 貴様ら、なんぞが! この、俺に、敵う、訳が……!」
「うらああああ!!」
尚も強がる魔王に、打ち掛かるクレール。
勇者ノエラとその仲間達の波状攻撃に晒され、反撃もままならない魔王。
「貴様姉貴に何をした! 許せない、誰が下郎だこの害虫野郎!」
シルバーも、そう泣き叫んで魔王に斬撃を浴びせる。
「泣くな脆弱な……! 我らは誇り高き魔族なのだぞ!」
ゴールドも、魔王を手心なく攻撃する……ゴールドちゃん、実際の所魔王と何があったんだろうなあ、俺の妄想は妄想でしかないし。本当は何があったか教えてくれないかなあ……夜のおかずにするから。
「くそっ、このクソ使徒がぁ! はぁ、はぁ、ヴェロニクの使徒ウサジ!」
クレールの、ノエラの猛攻に晒されながら、魔王が叫ぶ。
「貴様もキンタマ提げてんなら、正々堂々、俺とサシで勝負しやがれこの野郎!」
たちまち、ノエラが、クレールが叫ぶ。
「だめだウサジさん、挑発に乗るな!」
「無視しろウサジ! 私達に任せろ!」
あ……天井の穴から降り注いでいた雨が……止んだ。
「やめて下さいウサジさん、魔王はもう倒せます、ウサジさんはどうか下がって下さい……!」
ラシェルも涙声でそう叫ぶ……
俺は、ひのきのぼうを構え、前に出る。