0184 がびょーん!? あっ、あれっ、ここはどこ? 俺は何をしていたの?
「みんな大丈夫!? ラシェル……!」
ノエラはその間に周囲のバルコニーに居る弓兵の始末を終えていた。残りは雑兵と魔王だけだ、白波の部下達も次々と駆けつけて来るし、大勢は決した!
そして魔王は吹き抜けを六階まで登りきり、正体はシルバーだというメーラの元に辿りついていたが。
「なな、何だァ? 敵はどこに居るんだァ?」
「あ、あんたが来てくれたから逃げたみたいだ」
「いや待て、どうしてお前がぎざぎざの刀を持っている?」
二人が何を話しているのかはここからでは聞こえないが、何か様子がおかしい……まさかシルバーの変身がバレたのか? あいつの変身は詰めが甘いんだよなあ……まずい、魔王があのでかい手でメーラ? の首を鷲づかみにした!
「ぐっ……ああっ!」
「おっ、お前は……この俺を騙したな!」
しまった、メーラの、いやシルバーの変身が解けた! 魔王の手で肩ごと首を締め上げられるシルバー、あんなの数秒だってもたない!
「ノエラ……!」
頼むノエラ、お前以外間に合わない! シルバーはかつてお前を瓢箪に閉じ込めた奴だけど、今は味方に違いないんだ!
「どりゃあああ!!」
ノエラが行ってくれた! 真っ直ぐに魔王に向かって突撃し、バルコニーの影に隠れて見えなくなる……
―― ドォン! ガン! ガシャアアン!
「このガキャアア!」
「喰らえええ!!」
ドタバタとした騒音の後で再び現れたノエラは魔王の首に後ろから天秤棒を掛けてしがみつき、締め上げようとしていた。苦し紛れにバルコニーの淵に戻った魔王は、天秤棒を力ずくで外しながら、バランスを崩し……階下へと落下して来る!?
「シルバー!!」
魔族兵と戦っていたゴールドは完全にその様子に気を取られていた、馬鹿、お前も背中から斬られるぞ! しかしそれは白波がそれをカバーした!
シルバーは? 魔王の手を離れて宙を舞っていたが、意識があるように見えない……くそ、受け止められるか!? 俺はシルバーの落下点へと走る……! アスタロウは? 奴も飛んで来る……
「そら!」
しかしシルバーを墜落から救ったのはノエラとゆうしゃクラウドだった。チッ、どさくさに紛れてシルバーちゃんに触りたかったのに。
―― ドガシャアアアン!!
そして魔王の方は誰にも受け止められる事なく、下に居た二、三人の魔族兵と長テーブルを巻き添えにして、宴会場に落ちて来た。
「な、何故助けた……アタシが死んだ方が都合がいいんだろう……」
「……ウサジを好きになっちゃったんでしょ、お前も」
何か言葉を交わしながら、ノエラはシルバーをそっと地面に降ろす。シルバーはその場に膝を突く……魔王に締められたダメージが残っているな。
「しゅくふく」
「よっ、よせ触るな、情けを受ける事は魔族にとっては恥なんだ!」
「俺にとっては当たり前なんだよ、力を貸してくれた奴に感謝するのは!」
嫌がる素振りをみせるシルバーに、俺はしゅくふくを掛ける。ヴェロニクの力は……どうにか安定して来た。雨はまだ降り止まないようだが。
「ぬおおお……お、お前らぁぁあ!」
魔王は激しい憤怒に顔を歪め、壊れた天井や長いテーブルの残骸が散らばる、宴会場の一階の床に立ち上がる。
周りにはいまだ少なくない数の魔族兵が居るが、二天王は敗れ、トカゲ兵達も続々と到着して来る今、まともに戦意の残っている者はほとんど居ない。
「改めてお聞きしますよ。お前が世界に厄を為し男達の髪を奪う、魔王ですか」
「てめぇのようななァ、虫ケラが俺に口をきくんじゃねえ。てめぇみたいな奴は俺の前では、必ず地面に這いつくばってなきゃならねえんだ……」
俺達は昨夜よりずっと多くの戦力で魔王を囲っているし、魔王以外の魔王軍の戦力はほとんど排除してある。
それでも、この魔王を倒せるのかどうか、まだ解らない。
冒険序盤に出て来そうな山賊の親玉くらいの、軽薄で頭の悪そうな台詞回しとは裏腹に、こいつは本当に強い。
「ウサジ……この方……この男が四年前に先代の魔王を倒し新たな魔王として我らを導いて来た、オックスバーンだ……それは間違いない」
ゴールドはどうにかオックスバーンに剣を向けたままそう言った。しかしその声の調子は普段のゴールドとは全く違う……恐いのか、魔王が。
「ゴールド……てめえ、この俺に剣を向けるのか。馬鹿な女め……俺がせっかくお前と妹、二人揃ってこの俺の女にしてやろうって言ってやったのによォ」
あー、それは考えるよな真っ先に、俺も自分が魔王だったらそうしたわ。
「黙れ!! お……男の約束も守らぬ、恥知らずめ……!」
恐怖心を振り払い、ゴールドは叫ぶ。そのゴールドを、魔王は嘲笑う……
「おいおい、願い事なら叶えてやっただろうが、フヒヒヒ、無様な失敗をした妹は許して欲しい、そして自分は妾にして欲しい、お前がそう言ったんだろう?」
何……? 何ィィイ!? あいにく俺は純情鈍感系主人公ではないしむしろそういうエロ小説系のえっちな妄想大好きマンだ、魔王のその言葉だけで、俺の頭の中には大人の妄想ワンダーランドが広がった!
任務に失敗したシルバーちゃんを隠す為、ゴールドは敢えて妹を突き離し、他の魔族共から遠ざけようとした、しかしそれを知った魔王はシルバーにエッチなお仕置きをすると言い出した!
妹を何より大事にしているゴールドは、かねてから自分の体も狙っていた魔王に言った、自分が身代わりになるから妹を許せと! そして哀れゴールドは魔王の手籠めに……
「私はそんな事を言った覚えはない! だがお前は間違いなく言った、シルバーの事は不問にすると!」
「ああ、俺はシルバーの失敗の事は不問にしたとも? だがその後で女房が教えてくれたんだ、あのシルバーって女はきっと人間のスパイだってなあ。そうしたら案の定、そいつは牢獄に忍び込んで何かゴソゴソやってやがった! だから俺は、シルバーを始末するよう女房に言っておいた、それだけだ。俺は約束を破ってなんかいねえ」
ゴールドをものにした魔王はシルバーもものにする機会を狙っていたが、そこへ出来たばかりの女房、メーラが噛みついた。メーラは魔王が自分以外の女の体を狙ってるのが気に入らず、讒言を繰り返していた。そこにちょうど、シルバーが入り込んでしまった。
そして既にメーラにメロメロにされていた魔王はその処置をメーラに一任した。メーラにとって姉妹は邪魔でしかなかったので、抗議に来たゴールド共々、早々に処刑する事にした。そういう事だよワトソン君。
待てよホームズ、何故魔王はそんなに簡単に姉妹を諦めてメーラを選んだんだ? 正直僕ならGカップだけど性格の悪いメーラより、Fカップでプライドが高くてえちえちなゴールドとEカップで意地っ張りだけど純情なシルバーの姉妹を取るよ、君だってそうだろう?
人の好みは千差万別さ。ダークエルフとエッチをするのが夢の僕なら間違いなく姉妹を取るけどね、オックスバーン君は胸さえでかければ何でもいい奴なんじゃないかな。僕にも多少そういう傾向があるから、全くの他人事とも思えないね。
ゴールドは悔し涙を浮かべ、奥歯を噛み締めて魔王を睨みつけていた。恐怖心を、憎しみが凌駕したようだ……仕方ないな、これは。
シルバーはヤバい。そんな姉の想い、境遇に今まで気付かなかったのか。驚愕に目を見開き、震えている。
「勝ちましょう、ゴールド様。オックスバーンを倒して、貴女が新たな魔王となるのです」
白波は盾を構え、満足に剣を構えられなくなっているシルバーの前に出る。こいつだってゴールドにベタ惚れしてるんだ、心中穏やかじゃねえだろうに。
落ち着いたらいつか一杯飲ろうぜ、白波の。