0181 ここで倒れる訳にはいかないんだ。悪く思うなよ
吹き抜けの六階ぐらいのバルコニーの上から、誰かが叫ぶ……
「何黙って見てるんだ、そいつら油虫のようにしつこいんだから、とっとと全力で叩き潰しちゃってよ!」
くそっ、あれはメーラだ、メーラが魔王と二天王に参戦を促していやがる、冗談じゃない、魔王がこのまま舐めプを続けてくれれば、勝機も見えて来るかもしれないのに……!
「そこかァァ裏切り者!」
「ひっ……!」
しかしメーラはノエラが襲撃の構えを見せると、バルコニーの奥に引っ込んだ。
「おっ、おめえは隠れてろ!」
魔王はバルコニーに向けてそう叫ぶ。なんだこいつ、普通にメーラに惚れてんのか。そうか。
そしてノエラも十分冷静だった、無理にメーラを追撃せず、広間の敵戦力を着実に削ぐ方を優先する。
「まあ余興はもう十分です、そろそろ私が片付けましょうか。フフフ」
「お前一人で大丈夫か? ハルコーンとピスアロでは敵わなかったようだが。ククク」
「奴らは所詮四天王の数合わせ、元々力が無かっただけの事。フフフ」
二天王が何か言ってやがる。どうやらこっちは出て来そうだ……いや、出て来たのは魔道士の方だけだ。こいつはどんな魔法を使うんだ……?
「そいつの武器は杖だ!」
ゴールドが叫ぶ。誰に? 俺にか! その瞬間、魔道士風の奴は俺めがけてすっ飛んで来た! 速い!? 俺はその重量のありそうな杖の一撃をぎりぎりで……かわしきれず、左肩を掠められる、うおお痛ぇ!? こいつはまともに喰らったらヤバい!
「ハァァ! ふん! せいや!」
続いて、掛け声の数と合っていない、凄まじい連撃が俺を襲う、俺はそれをどうにかひのきのぼうで掻き分け、掻き分け、掻き分け……くそっ、どんだけ手数が多いんだ!
「ハッ!」
そのうちにどうにか俺は奴の隙を突き、その顎にひのきのぼうの一撃を入れた。とは言え俺の打撃は軽い……だがバランスを崩された奴は、一歩半引き下がる。
「ずいぶん舐められたものですねぇ? そんな攻撃は少しも効きませんよ……フフフ」
畜生、ここに到っても俺の攻撃手段はひのきのぼうで普通に殴ったり突いたりする事だけだった。クレールのように武器に属性を宿らせる事や、ノエラやラシェルのような投射魔法と組み合わせた戦闘も出来ない。
「それじゃあ、もう少しだけ本気を出してみましょうか? 次は全力の……三割ぐらいは出しましょう。フフフ……はあああっ!!」
奴は再び凄まじい打撃の嵐を降らせて来る! 俺のひのきのぼうでは受け止められない、重く速い連続攻撃だ、俺はそれをどうにか避け、手元を打って流し、ひのきのぼうを折られるぎりぎりで受け流して、側頭部に一撃を加える!
奴は、今度は二歩下がる。
「フフフフ……私とした事が、少し手加減が過ぎました。いつも魔王様には叱られるのですよ、お前は敵に優し過ぎるとね……私としては優しくしてるつもりなど無いのですが。何故なら、私はお前達虫ケラの顔が絶望に歪むのを見るのが何よりも好きでねぇ! ふはははは!」
再び踏み込んで来た奴を俺は肩透かしに掛け、その背中にひのきのぼうを叩き込む。奴はそのまま俺の前を通り過ぎて、振り向く。
「お前は今、こう思っているのでしょう……自分の武芸は通用するのではないか? 自分はこの戦いに勝って生き延びられる、そう思っていますね? フフフフ、これだからお前達虫ケラとの戦いはやめられない……私はその、希望が絶望に代わる瞬間が大好きで」
俺は三歩の距離を縮地で縮め、奴の下っ腹にひのきのぼうの先端をめり込ませる。
「ちょ、調子に乗」
奴の打撃は重くて速くて雑だった。無防備な手先を打つのは簡単で、出来た隙を突くのも容易い、まあ本人が言うように、それも俺に希望を持たせて後で絶望を味わわせる為の作戦なのかもしれないが。
俺はダメージを与えながらもわざと奴に先手を取らせ続ける。舐めているのではない、その方が安全着実にダメージを与えられるからだ。
「ふ、ふざけ」
奴の足が止まって来た所を見計らって、俺は攻勢に出る。もしかしたら弱っているのも奴の演技かもしれないので、油断も手心もなく、顎、鳩尾、脇の下などの人体急所に精密な打突を打ち込む。
「ま、待」
奴の顔が絶望に歪む……俺はあまりそういうのは見たくないので、素早く奴の額にとどめの一突きを入れる。それで奴は悲鳴も上げずに倒れた。
「メ……メヒスト様が敗れたぞォォ!?」
周りの魔族兵共が騒ぎ、後ずさりして行く……いやこいつお前らより打たれ弱いぞ? 典型的な、自分より強い相手と戦った事のない奴だわ。