0180 ここは多くの人々が、家族の健康とささやかな幸せを祈った場所なんだ
俺達は宴会場、いや旧ヴェロニク寺院の大聖堂へと突入する。天井に大穴が空いていて、光が降り注いでいる。
周囲には粉塵が舞っている。床に落ちて来た瓦礫の量はそこまで多くは無いようだが、天雷が直撃した地点は半径10メートルに渡り真っ黒に焦げ付いている。
宴会場には結構な数の魔族兵が居た。俺達の予想よりはるかに多い。そして俺達が入って来るなり集中攻撃を浴びせるつもりで、万全の準備をしていたようだ。それももう、万全ではなくなっているようだが。
「きっ、来たぞ、ヴェロニクの使徒だあ!」
それでも隊長と思われる一本角のついた兜を被った奴が、吹き抜けを取り囲むバルコニーに向けて合図をすると、三階辺りの手摺りの陰から一斉に黄色魔族の弓兵共が顔を出す……まずい!
―― ゴォォォオ!!
「ヒャッハー!!」
しかし弓兵共は列ごとノエラに薙ぎ払われる! 良かった、ノエラは元気に飛び回っていた。
「これが完全体の僕だァァア!! 何でもやってみろ魔族共ォ、ウサジには指一本触れさせないぞ!!」
そしてノエラの士気はかつてない程に高まっていた。それでいて集中力、注意力も研ぎ澄まされているようだ、周りもしっかり見えているし、ちゃんと頭も働いている。まあ、ノエラはそれで良かったのだが。
「ずるい、ノエラだけずるいウサジさん、あたしにもあんなキスして、あたしだって最後かもしれないじゃん!」
クレールはせっかくのクールビューティを台無しにして、俺にすがりつき泣きながら抗議する。
「どうしてあたし魔王討伐に置き去りにされた上、ウサジとノエラのキス見せつけられなきゃならないの、ずるいずるいノエラずるいウサジ、聞いてよウサジ!」
「魔王軍は目の前だ、敵と戦えよ!」
ラシェルは真面目にやってるじゃないか、次々と補助魔法を唱えている。それから……シルバーはずっと俺の事を凄い目で睨みつけている……あいつ、魔王に寝返ったりしないよな?
それでその魔王はどこだ! 居た、大聖堂の奥には巨大なステージのような三段構えの祭壇があり、魔王はその一番上で俺達を見下ろしていた。なんだか紅白の大トリを勤める大御所歌手のようだ。二段目には幹部らしい武人っぽい奴と魔道士っぽい奴も居る。あれが残り二天王か。メーラの姿は見えない。
「行くぞ! 狙うは魔王の首一つだ!」
ゴールドがそう叫ぶ。しかしこれはブラフだ、俺達は魔王は後回しにして、まずは二天王とメーラを倒すつもりで居た。
「凝りねえ奴らがァァ!! その蝿も含めて今度こそ叩き潰してやらァァ!」
魔王が吹き抜けを飛び回るノエラを指差して叫ぶ……体はでかいがあまり頭が良さそうじゃない上、かなり遠くに居る為、現時点では魔王そのものはあんまり怖くない。
ていうかこの魔王、どうにも言動が安っぽいよなあ。中ボスどころか山賊の親玉だぐらいの風情だよ……いかん、実力は本物なんだ、気を引き締めないと。
そして……
―― ゴロゴロゴロゴロ……ピシャッ!! ゴロゴロゴロ!
外ではまだ時々、雷鳴が鳴っている……ヒエッ!? さっきまであんなに天気が良かったのに、いつの間にか空が真っ暗になっている、そう思った次の瞬間には。
―― バラバラ……バラバラバラバラ! ザァァァァァァァ!
凄まじい雨まで降り出した! 天井に開いた穴から、雨水が結構な勢いで降って来る! 大丈夫か、この辺りは乾燥地帯だぞ、こんな熱帯雨林みたいな雨を降らせたら大洪水が起きないか? いやそんな事を考えている場合じゃない。
殺到する魔族兵達。その個々の力は正直、別館の屋上に居たエリート兵より劣っていた。劣ってはいたが、数が多い、そして今度はトカゲ兵の防壁は無い!
「くらえぇぇ!」「ハーッ!!」
そして前列の奴は武器で、後ろの奴は魔法で攻撃して来る程度には統制が取れている、威力は大した事がないが、如何せん手数が多い……!
次々と飛来する魔法の火の玉、迫る剣戟……ラシェルの防御魔法もかなりの効果を発揮してはいるが、全部を避けきるのは無理だ。いてっ、今火の玉がかすった、
「ウサジに触るな、」
その瞬間ノエラが超高速で飛来する! 危ねぇ目と鼻の前を通り過ぎたぞ、そう思った次の瞬間には、
「ぎゃあああ!」「ぐわあああ!」
「って言ってんだよー!!」
魔族兵の一団がボーリングのピンのように吹っ飛んで行く!
「ちょっとノエラ!! アンタは魔王の相手をする約束でしょう!? アタシはそんな雲持ってないんだから、ウサジの護衛は私に任せなさいよ!!」
クレールは文句を言いながらも魔力を篭めた平鋤を揮い、手当たり次第に魔族兵を薙ぎ倒して行く。
「チェインライトニング!」
「ぐおおお!?」「あばばばばば!」
補助魔法を展開し終えたラシェルも攻撃に移る、魔力の出し惜しみも無しだ、こっちは真面目な優等生らしく、文句も言わず一生懸命戦ってくれている。
ゴールドは少し前のノエラとある程度互角に戦えた腕だが、過剰な期待は出来ない。シルバーとアスタロウに到っては、それぞれ普通の魔族兵一人分の戦力でしかなさそうだ……ていうか、シルバーはどこへ行った? 姿が見えないぞ!?
「プワハハハ……多勢に無勢とはこの事のようだな! ヴェロニクの使徒とやら、貴様の子分はたったそれだけか、フワーッハッハッハ!」
そしてこれだけ暴れ回る俺達を見ても、ひな壇の上の魔王と二天王は動かなかった。
相手の頭が悪いのは助かるが、実際俺達は先の見えない消耗戦に入ってしまった……ノエラは地上とバルコニーの敵を両方牽制しているが、ノエラに何か起きたらバルコニーの敵を攻撃出来るのはラシェルだけになる。
くそっ……俺に出来る事は目の前の敵をひのきのぼうで殴る事と、回復魔法を使う事ぐらいだ……ああ、魔法で少しダメージを受けているクレールにしゅくふくを掛けよう。
「しゅくふく!」
―― ぽう
俺の指先に小さな光が浮かぶ……はああ!? これだけ!? しかし俺がそう思った途端、
―― ゴォォォ!! シュババババババ!!
今度は俺の右腕全体が凄まじい数の光の輪に包まれた!! やり過ぎ! やり過ぎ! とにかく俺はそれをクレールに放つ!
「ええっ!?」
過剰な威力の治療魔法を掛けられ、クレールも一瞬驚いてこちらを見た。
どうしたヴェロニク、力加減が不安定過ぎるぞ!?
……
ああ……ヴェロニクの感情が怒りから悲しみ、そして後悔へと変化して行くのを感じる……あの雷はヴェロニクの怒り、降りしきるこの雨はヴェロニクの涙か。
次に眠った時が怖い。ヴェロニクはどんな顔をして俺を迎えて来るのだろう……いや、今は自分に数分後の命があるかどうかも解らないのだ、そんな心配をしている場合じゃない。