0179 後の事など考えていられない。この戦いには必ず勝たなくてはならない
アスタロウは俺達の先頭に立ち、広い廊下を胸を張って堂々と進んで行く。自分がリーダーになった気分でいるのだと思うが、ブービートラップでもあると厄介なのでそのまま進んでもらう事にする。
ゴールドが俺に並びかけて来て囁く。
「その大扉の先はもう宴会場だ……この静けさの意味は解るな?」
そんな様子を、ゆうしゃクラウドに丸まって寝そべったノエラが、じと目で見ている。
「どうしてその女がウサジさんのパートナーみたいな顔をしてるんだ……僕はそいつから命懸けでウサジさんを取り戻したのに……どうして……」
「いい加減にしろノエラ、魔王と戦って勝たなくてはならないという、目的は一緒なのだろう」
「魔王を倒すチャンスで、これ以上のものはありませんよ」
クレールとラシェルには、かいつまんで事情を説明してある。一応ノエラも聞いていたはずなんだが。
「敵は扉の向こうで待ち構えています。その状況を突破するにはその……ノエラさんの力が必要なんですが」
俺は控え目にそう言ってみる。ノエラはのろのろと上体を起こし、雲のへりに腰掛ける。
「わかりました。僕は何をすればいいですか」
ノエラは視線を逸らしたままそう呟く。これが今から魔王に決戦を挑むゆうしゃの顔かよ……やっぱり俺が先頭切って飛び込んだ方がマシかな。
いや、この戦いはさすがにマジだ。魔王は強いし、他にどれだけの戦力が居るかも解らない。適当な事など何一つ出来ない。
アスタロウは先頭を進み続け、俺達は一歩一歩宴会場の大扉に近づいている。ノエラが座った雲はそのまま俺達について来る。
「真っ先に飛び込んで撹乱して欲しいんです。敵の手の内を計りたい。貴女とその雲ならきっとそれが出来ます」
宴会場の規模はゴールド達から聞いた。元々は大聖堂として使われていた部屋なのだろう、そこは建物の天井まで吹き抜けにした大空間らしい。魔族はそれをわざわざ宴会場に改装したのだ。
それだけの空間があれば、魔法や弓矢さえも振り切れるゆうしゃクラウドは、かなりの力を発揮出来るのではないか。
「はい……やります。やってみます……」
ノエラはのろのろと立ち上がり、雲の上に立つ。
「あの……僕頑張るけど、これが最後の御願いになるかもしれないから、一応言ってみてもいいですか……僕、代わりにウサジさんのキスが欲しいです」
そんな事言ったら雲から落ちるだろ……あれ。落ちないの? 邪念じゃないから?
それにしても酷い顔だ、極太カモメ眉毛に犬ヒゲをつけたまま、口をへの字にして目を赤く腫らして……
「……出来ればおでことかほっぺたじゃなくて」
俺はノエラの手を掴み、強く引いた。バランスを崩したノエラは雲から転げるように、俺の胸へと飛び込んで来た。その背中を抱え込んだ俺は、ノエラの形の良いぷるぷるの唇に、無理やり自分の唇を重ねる。
「むっ!? む、むー!」
うるせえ抵抗すんな、俺はさらに唇を重ねたまま、もがくノエラの後頭部も抑えてキツく抱き寄せ、ノエラの唇を強く密閉する。
「きゃ、きゃああああ!?」
「そんな、どうして、そんな」
「ひ、人の面前で何をしているのだ貴様!」
「ウサジ……!!」
周りで女共がうろたえているが、俺は目を瞑ったまま尚もノエラの唇を貪る……俺にとっても初めてのチュウだ。舌まで入れるのはやっぱり恥ずかしいのでやめよう。ポッ
抱えていたノエラの全身から、ぐったりと力が抜ける。あれ? これノエラ呼吸出来てんの? いや俺鼻までは塞いでないし、ああ、ちゃんと鼻呼吸してるじゃん。だけど俺はまだ唇を離さない、尚も嬲るように捻りを入れながら、ノエラの唇を俺は堪能し……そしてようやく、唇を離し、目を開ける。
あ。ちょっとやりすぎた。俺が触って大きくずれてしまったノエラの極太カモメ眉毛が、軽く汗ばんだノエラの額からポロリと落ちた。
ノエラの瞳が、ゆっくりと開く……
俺は抱えていたノエラをポイとゆうしゃクラウドの上に放り捨てる。我ながらなんて酷い男なんだろう、フヒヒヒ。
「やってくれますね?」
頬についた自分の涎を袖で拭いながら、俺はそう言った。
「……当たり前だァァ! 魔王の五、六人僕がまとめてぶっ倒してやる、どこだァァ魔王!! 天下無敵の大勇者、この蒼き雷鳴のノエラ様が相手だァァア!!」
雲の上に勢いよく立ち上がり、ノエラは発光した。誇張や比喩ではない、何かが爆発したような輝きを全身から放ったのだ、何!? 何!?
―― ドカーン!!
眩しさに一瞬目を閉じてしまった俺が再び目を開いた時、宴会場に続く大扉は煙を上げて木っ端微塵になり向こう側へ倒れていた。
さらに、次の瞬間……!!
―― ピシャ ド カ ァ ァ ァ ァ ァ ン !!
周りの全てが真っ白に輝いた!? 続いて何かが崩壊する音が!!
―― ガラガラガラガラドシャァァン!!
阿鼻叫喚の悲鳴が!!
―― ぎゃあああ! ぐわあああ! ぐえっ、ひぃぃいい!
宴会場で何かが爆発した!? 粉塵はたちまち廊下の方にも流れて来て周囲の視界を覆い隠す、一体何が起きた!? これもノエラがやったのか!?
違う……
それは俺の脳裏に直接流れて来た。向こうはそんな感情を漏らしているつもりはなく、必死に隠そうとしているようなのだが……その感情はどうしても隠し切れず、使徒である俺に、物言わぬ寒気となって襲い掛かって来た。
たった今、宴会場の天井を突き破り地上を撃ったのは……
たぶん、ヴェロニクの雷である。