0178 ハッ……俺は今一体何を……?
屋上の敵は数も多く、今まで相手にして来た連中より勤勉に殺し合いを実行する厄介な奴らだった。
「ずるい、インチキ、何で僕だけ、こんな! 恰好なの ! ひどい、あんまりだ、どうして!!」
ノエラは二人が元の姿で現れたショックで正気を取り戻していた。派手だがDPSの上がらない一撃離脱戦法をやめ空中格闘戦に切り替え、宙返りや反転を組み合わせたより執拗で恐ろしい変態機動で、一列の魔族兵に大打撃を浴びせて行く。
「私の前に立つなァァ!!」
装いを変えたクレールだが戦闘スタイルは付き人時代のままだった。作法無視、少しでも早く敵を無力化する事に特化した暴風のような鋤捌きだ。怒ってるなー。怒りをエネルギーに変えたような戦いぶりだ。
「八つ当たり失礼しますよ!」
しかしこれだけ敵が多いと戦果が目立つのはラシェルの魔法だ、直線放射しか出来ないドラゴンブレスと比べオプションが多く、多数の敵を巻き添えにして電撃の嵐を喰わせて行く。そして不用意に接近戦を挑む奴は鍬の餌食だ。
「今日は出し惜しみは無しです!」
ジュノンは相変わらずだけど、いつもより回復薬を差し出すのが速い。メンバーの魔力をなるべく満タンに保つ戦術だ。
俺の役割は回復タンクしかない。ぼくウサジン。エッチな男優さんになるのが夢なんだ。
「しゅくふく! しゅくふく!」
「おおっ! 怪我が治った!」「かたじけないウサジ殿!」
戦いは次第に乱戦に突入して行く。数の上では圧倒的に不利なトカゲ兵だが、俺の永遠ヒールの甲斐もあり、いまだ十分な戦力を維持している。
しかし本館の入り口はもう近くまで迫っている……俺達がここに突入してしまったら、あとはトカゲ兵だけで戦ってもらうしかない。
「ジュノン……申し訳ないんですが」
「……はい! 僕はここで回復役として白波さん達を支えます、ウサジ様、どうか御無事で!」
気まずそうに切り出した俺が全てを言う前に、ジュノンは俺を真っ直ぐに見つめ明るい声でそう答えた。畜生、何ていう物解りの良さだ、こいつやっぱり男だ……そうだ、アスタロウからこいつを元に戻す方法を何としても聞きださねえと! まあ、今すぐというのは難しいかもしれないが。
魔法のように両手に四つのポーションを取り出したジュノンはそのまま、振り向きもせず白波の元へ向かう。
ジュノンと入れ替わりに、ゴールドとシルバーがこちらにやって来る。
「覚悟はいいかウサジ。おそらくオックスバーンは本館中央の宴会場で手勢を率いて待ち構えている、魔王軍四天王もあと二人残っているし、あの人間の魔女も居るだろう。ここから先は引き返せないぞ?」
ここから先は引き返せないか……不倫中の人妻みたいな台詞だな。やべえ、興奮して来た。
シルバーは姉の後ろに隠れるようにして佇んでいる。そうだ、これを言うのを忘れていた。俺はゴールドを追い越し、シルバーに近づく。
「俺の友達を探しに行ってくれてありがとう、シルバー。極太カモメ眉毛のおかしな奴だが、俺達にとっては大事な仲間なんだ」
シルバーはそのノエラ達を紅瓢で捕らえた事もあるんだけどね……だけど今回は俺の為に地下牢を探しに行って、逆に魔王軍に捕らえられてしまったのだ。
俺がそう言っても、シルバーは視線をこちらに向けてくれなかった。ただ唇を噛み締めて俯くだけだ。ま、俺が言うべき事は言った。
「それであの青い悪魔は、結局別の所に居たのか」
俺はそのゴールドの質問には答えず、アスタロウの姿を探す……奴は既に制圧した本館の入り口にもたれかかり、腕組みをして俺を見ていた。
「……ヴェロニクの使徒よ。あの日俺が最重要任務に抜擢され、あの場所で出会ったのは、運命の大いなる導き、全ての始まりだったようだな……」
俺には魔族の中でも飛びぬけて間抜けな奴が、たまたま何度か俺に絡んで来ただけのような気もするが。
「その運命とやらが俺達に何をさせようとしているのかは解らないが、深遠なる者よ、何が起きてもお互い恨みっこなしだ」
「ククク……望む所よ」
こいつからはジュノンを元に戻す方法を聞き出すというミッションが残っている。それが済めば用済みだが、今は念の為こいつの中二病に話を合わせ、機嫌を取っておく。
本館の入り口から覗く廊下は、不自然な程静まり返っていた。魔族兵は勿論、掃除をする奴隷の姿一つない。
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ウサジ
レベル96
そうりょ
HP871/907
MP241/241
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クレール
レベル88
せんし
HP674/932
MP91/96
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ラシェル
レベル76
けんじゃ
HP264/407
MP651/684
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ジュノン
レベル50
こどうぐ
HP213/271
MP60/62
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ノエラ
レベル94
つきびと
HP905/912
MP266/271
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ノエラは雲の上で丸くなってふて寝をしている。雲は勝手に動いてこちらにやって来る。
「魔王との最終決戦に僕だけ……僕だけこの恰好……どうして……どうして……」
この状態は正直鬱陶しいが、ハイになって勝手に行動されるよりはマシだな。
クレールとラシェルも、戦闘に区切りをつけてやって来る。二人はそれなりにダメージも受けていたので、俺はしゅくふくを掛ける。
「敵は魔王、恐ろしく強いというのは昨日見ましたが、奴の攻撃パターンは割と単純です、メーラも居るでしょう、攻撃魔法を使いますが火力はそれ程でもありません、だけど魔王に防御呪文を掛けるのが厄介です。そして今日は他にも幹部を連れているはず。こちらの増強分は覚醒したゆうしゃノエラです! 基本的に魔王はノエラに任せ、我々は周りの敵を先に片付け、最後に孤立した魔王を集中攻撃しましょう!」
俺はそう熱弁し、拳を振りかざす。
ノエラは雲に寝そべったまま、こちらに背中を向けていたが。
「かしこまりました……私などがどこまで御期待に沿えるか解りませんが、精一杯務めさせていただきます……」
そう言って雲の上に正座し、こちらに御辞儀する。大丈夫かコイツ……ああもう、面倒くせえ。
もう後戻りは出来ない。だけど昨夜の戦いでは倒せる気がしなかった魔王に、俺はもう一度挑む。こちらにはゴールド姉妹とアスタロウ、それにゆうしゃクラウドが加わったが、向こうも昨夜とは違い、万全の準備をして待っているのだろう。
やるしかねえな。やり残した事は色々あるけどな。