0177 あの……きりたんぽご馳走するから許して……?
別館は本館より低い土地に立っていて、その屋上は本館や新館の中腹へと連なっている。
しかしその前に、別館屋上には結構な数のエリート魔族兵が待ち受けていた。
「ゴールド将軍! 私は貴女を尊敬していたのに。貴女は何故魔王様に楯突くというのか!」
隊列の先頭に居たのは黄色い肌の魔族の若い男だった。他の奴はみんな赤い魔族なのだが、こいつは黄色族でありながらエリート魔族兵となりその隊長にまで抜擢された、黄色族のヒーローという所か。ドラマを感じるね。
「オックスバーンが四年前にした事と同じだ! 私は魔王に勝ち、新たな魔王となる!」
ゴールドは不敵に笑って答える……それを合図に!
「かかれー!!」「うおおおお!!」
「機動防御開始ィイ!」「列を崩すな!」
衝突は始まった! 魔王軍のエリートはトカゲ兵に激しく打ち掛かり、トカゲ兵は盾を合わせ密集して敵の突破を防ぐ、そして!
―― バリバリバリ!! ゴォォォオオオ!!
―― ギャオアア!! シャゲヤアァァア!!
後列の敵の魔術師も一斉に攻撃呪文を唱える! 左右のトカゲ兵もドラゴンブレスで応戦する! 戦いはいきなりクライマックスを迎えた!
だがまずい、この敵の魔術の火力は、いくら自分をドラゴンだと思い込んでいるトカゲ兵でも持ち堪えられない、敵の魔術師の数が多過ぎる!
俺は最初から切り札を切る。
「ノエラ! 雲を呼んで思いきりやりなさい!」
「えっ……いいんですかウサジさん!? やったー!!」
ノエラがただちに指笛を吹くと、ゆうしゃクラウドは凄まじい速さで空から降って来てノエラの前でピタリと止まる。ノエラは小躍りしながらそれに飛び乗ると、天秤棒を頭上で高速で回転させる。
「ウサジさん、僕の活躍、見ていて下さい!! あいつらに勝ったらハグして下さい、そして今度こそ唇にキスして下さい! あはは、あは、あはは」
駄目だこいつ、雲に乗った瞬間からもうジャンプしてやがる。
「……気をつけて行きなさい」
俺がそう言った次の瞬間にはノエラの姿は消えていた。それでノエラは大丈夫なの、人間の体が耐えられる加速度には見えないんだが……ま、ゆうしゃだしなあ。
「ははは……! あーっはっはっは! あは、あは、ヒャッホー!!」
一度上空高く数百メートルまで上昇したノエラは、捻りを入れながら敵の魔術師の列めがけて急降下する……
「な、何だあれは」「あれが青い悪魔だ、気をつけろ!」
昨夜のうちにノエラと戦っていた奴も含まれているのか、敵の魔術師の中にはすぐに空に向けてシールド魔法を張る奴も居た。さすがのノエラも、あれに当たったら叩き落されて大怪我をするんじゃ……
しかしその心配は無用だった、ゆうしゃクラウドは変態機動で魔族に張られたシールドをかわし、
「ひゃあははははは!!」
「来たぞうわああ!?」「ぐわああ!」「ぎぃやあああ!」
魔術師共の頭上にノエラの天秤棒の暴風雨を降らす! 横薙ぎにぶっ飛ばされた魔族兵が他の魔族兵にぶち当たる。
「くそ、悪魔め!」「喰らええっ!」
そして他の魔術師がノエラに魔法の火の玉などを食わせようとするのだが、一撃離脱戦法を取るノエラはもう十分離れてしまっている。ノエラに向けて放たれた火の玉は、ゆうしゃクラウドに乗ったノエラより遅い。あれでは余程ノエラの運が悪くない限り当たらない。
ノエラの大暴れは頼もしいが、脅威は屋上の敵だけではなかった。
中庭にいた魔族共の一部が混乱から立ち直り、背後から追いついて来ているのだ、このままではゴールド達が挟撃されてしまう。
「奴らを食い止めないと!」
俺は後衛のトカゲ兵と共に、本隊から少し離れて敵を迎撃しに行く。
「おのれ虫けら共がああ!」
中庭に居た奴らの魔王に対する忠誠心には個体差があったようだが、ここまで上がって来たのは忠誠心の高い奴だけなのだろう。先程とは勝手が違うかもしれない……俺は覚悟を決めてひのきのぼうを構える。
「何だ、この女ぐわああ!?」
その時、階下から殺到する魔族兵共のさらに後方で、何かの騒ぎが起こる……仲間割れか? もしかしてゴールドに味方する魔族なんてのも居るのか、俺は一瞬そんな能天気な事を考えた。
しかし。ゴールドとトカゲ兵達に背後から迫る魔族兵の、そのまた背後から現れたのは、薄紫のロングヘアを一つくくりにし、腰が露出した衣装の上に胸甲や手甲を纏っている切れ長の目が印象的な推定Fカップ、スタイル抜群の超絶美少女だった! 何これ!? もしかして俺のファンタジーって今始まったの!?
「うらあああああ!!」「ぐふぁあ!?」「ぐえっ!」
だけどこの子、何で農具のような長柄の平鋤で戦ってるんだろう。周りの魔族兵共を凄まじい気合いで蹴散らしながら、こちらに向かって来る……あーっ!?
「ウサジィィ!!」
これは長い間行方不明だった女戦士クレール!? そう思った次の瞬間。
―― スパーーン!!
俺はクレールから平手打ちを喰らう。あっ……俺の頬を打った反動で、クレールのおっぱいが揺れ戻るのが見えた……なんというご褒美……
「有り得ん! 貴様という男は本当に有り得ん、何故私を置き去りにして魔王討伐に行く、私は何の為にここまでついて来たんだ!」
目元に小さな一粒の涙を浮かべ、クレールは本気で怒っていた。やべえ、こっちは号泣しそうだ、あのツンデレクールビューティが、本当のクレールが帰って来たんだ!
「これで終わりじゃないぞ、魔王討伐の後でもう一度聞くからな!」
クレールは平鋤を握りなおして俺に背を向け、階下から上がって来るもう一人の少女に道を空ける……
ああっ!? 白いブラウスにヒラヒラのワンピースを合わせ濃い目の金髪を肩口で整えたお嬢様っぽい女の子が、こちらも何故か明らかに農具である三つ刃の鍬を手に魔族兵共を払い除けながら、階段を駆け上がって来た!
「ウサジさん」
この子は平手打ちはして来ず、鍬の長い柄を小脇に抱え込むと、両手で俺の左手を優しく握って来た。そしてフレームの細い丸眼鏡越しに、俺を朗らかな笑顔で見上げる……か、可愛い……天使かこの子は……
「ぜんぶ終わった後で、少しキツめのお仕置きをさせて下さいね?」
そう言って彼女は小首を傾げる。セミロングの髪がフワリと揺れる……こちらも完全復活だ、行方不明になっていた期間はこっちの方が長かった、優しくて穏やかで清楚な賢者ラシェルが……本当のラシェルが帰って来た!
「ああああーっ!? ずるいよ何それ、クレール! 誰が付き人をやめていいって言ったの! ラシェル! なんでメイクを落としてるの!」
そこへ青ジャージのサルが戻って来て、雲の上で飛び跳ねて抗議する。
「無事だったのは結構だが、お前にも聞きたい事があるからな、ノエラ!」
「ノエラさんにも、ウサジさんと同じ飲み物を召し上がっていただきますよ」
クレールはノエラを指差してそう言い、ラシェルは静かに微笑む……俺、後で何を飲まされるんだろう。
最初から居たかのようにジュノンが傍らから差し出して来た手拭いを受け取り、俺は額の汗を拭く。