0175 思い出した! ヒゲに鉢巻き腹巻ステテコのおっさん妖精……って何だっけ?
やがてゴールドの縄も全て外れ、姉妹は揃って、魔王城の中庭に立ち上がる。
「姉貴ッ……! どうしてこんな所に来たんだ馬鹿! 不出来な妹の事なんか放っておけばいいだろう!」
シルバーはいきなりゴールドに抱き着いた。だけどゴールドはそれを拒み、引き剥がそうとする。
「やめろシルバー! 脆弱な下等種族の真似などするな、我らは強く気高い魔王族なのだぞ!」
まあ……口ではそんな事言ってるけどね、シルバーもゴールドもさっきからずーっとボロ泣きしてんのよ、嗚咽も止まらないし、いつもの強気も形無しだ。
だけどこの二人、これからどうするんだろう。魔族の反逆者として、同族から離れて逃げ隠れして生きて行かなくてはならないのか。俺に関わっちまったばかりになあ。トカゲ兵達は、これからもこの二人に味方してくれるだろうか……おっと、奴らの事を忘れていた。
「しゅくふく! しゅくふく!」
俺はアホみたいに呪文を連呼し、それなりにダメージを受けながら戦っているトカゲ兵の回復を試みる。ヴェロニクはちゃんと力を送ってくれた。
「おおっ、忝いウサジ殿!」
「こ、これがヴェロニクの力……!」
負傷していたトカゲ兵達も元気を取り戻す。
しかし魔族兵はまだまだ大勢居て、トカゲ兵達は戦い続けている。
バルコニーの上のメーラはいつの間にか姿を消していた。きっと残りの三天王を、あるいは魔王を呼びに行ったのだ。
白波は一度戦線から離れ、ゴールドの方に戻って来る。
「我らトカゲ兵は魔王軍を解雇されてしまいました。あのメーラという女が魔王軍の幹部だと言うのなら、そういう事になるのでしょう。楼主様。今の我らの主君は貴女だけです」
「ば……馬鹿を言うな……貴様らは本当は下等種などではなかったのだろう、そして私はもう魔王軍の将軍ではない、最早私などに仕える義理はあるまい……!」
しかしそれには、周りで戦っているトカゲ兵達が答える。
「我らの主君はゴールド様のみ!」「そうだ、その通りだ!」
「我ら竜人族は、こらからもゴールド様について行く!」
共鳴するトカゲ兵共、ほんのり頬を染める白波。お前らは何だ、ただ単にゴールドちゃん大好き侍だったのか。
ゴールドちゃんも、意地張ってないで認めてやれよ。そして早く皆で逃げよう。
「解った……ならば……!」
ゴールドは俺とノエラに顔近づけて来て、小声で言う。
「ウサジにノエラ、貴様らが現魔王、オックスバーンを討つというのなら手を貸してやる!」
え?
唖然とする俺達を後目に、ゴールドは振り返ってトカゲ兵達や、周りの魔族共にも聞こえるよう大声で叫ぶ。
「奴は人間の魔女に誑かされ、魔族の名族である私やシルバーを処刑しようとした、あの男にはもう魔王族の長たる資格は無い!」
ちょっと待て、何の話? オックスバーンって誰? あの魔王の本名?
そして中庭にひしめく魔族共も一枚岩ではなかった。先程まで、ゴールド達が磔にされている間は全員が体制側についていたのだが……ゴールドが救出され四天王の一人が倒れた今、動揺している者も少なからず居るようだ。魔族は男も女も弱い者が嫌い、それはこういう事なのか。
「かつてオックスバーンが先代の魔王を弑逆し新たな魔王になったように、私はこれから奴に挑む!」
トカゲ兵達は歓声を、いや一斉に咆哮を上げる!
―― ンギャォォォオース!!
―― フゴワァァァァーア!!
―― シュゲェェェェーエ!!
火焔が! 凍気が! 雷光が! ドラゴン花火のように中庭じゅうに降り注ぐ!
「のわあああ!?」「あちぃ、あちぃ!」「ぎゃあああ!」
逃げ惑う魔族兵……中庭の趨勢は決した。数の上ではまだまだ断然多いのだが、大将格のハルコーンは討ち取られメーラは逃亡、ゴールドとシルバーは奪還され、トカゲ兵はまだ一人も倒れていない。
ゴールドはトカゲ兵の戦列の外に堂々と歩み出ると、ドラゴンブレスの競演に腰を抜かして座り込んでいた黄色魔族の手から曲刀を奪い、それを軍配のように振りかざす。
「これより登城門を制圧し城内へ向かう! 狙うは魔王の首一つ、雑魚には目をくれるな! シルバー、お前はどうする! アスタロウ殿と共に逃げてくれてもいいが」
「あ、姉貴が反逆するのにアタシだけ逃げられる訳がないだろ! アタシも何かの役に立つ!」
シルバーも倒れていた赤魔族の手から長剣をもぎ取り、突撃するトカゲ兵達に続く。
「……シルバーはあの通りだ。アスタロウ。お前はどうする」
アスタロウは俯き、何事か考え込んでいたが。
「……俺も行こう」
短くそう言って、シルバーの後を追う。
その後でゴールドは再び声を落とし、俺達に言った。
「魔王軍を侮るな。ここに居たのはハルコーンを除けば三下ばかりだ、おそらく私は魔王とその幹部に敗北する、だが決してただでは倒れん! 頼んだぞ……お前達が勝利すれば、我々にも浮かぶ瀬があるからな」
ノエラは横で、俺とゴールドの顔を何度も見比べていた。俺はため息をつく。
「何故、そんな事をしてくれると言うのです」
「前にも言った通り、私はここで責任を取るつもりだった。磔だというのならそれも仕方ないと覚悟を決めていた。そんな私の覚悟を踏みにじったのは貴様だウサジ、貴様のせいで私はまだシルバーを助けられるかもしれないと思い、ここで終わるはずの自分の命に、まだ続きがあるかもしれないと思ってしまった」
ゴールドは俺の腕を掴み、小声で早口でそう言う。ていうか、だんだんその顔が近づいて来る……あの……もうFカップのぼいんぼいんが俺の腕に当たってますけど……
「悪いのは貴様だウサジ。何故私を殺さなかった? 後悔してももう遅いぞ?」
えっ……ゴールドの唇が、目の前まで迫って来た……
「わあああああ!! ウサジに何しようとしてんだお前!!」
間一髪のタイミングで、ノエラは割り込んで来た。俺はあと0.0013秒で、ゴールドちゃんに唇を奪われるところだった。突き飛ばされたゴールドは地面に尻餅をついていたが、すぐに立ち上がって恰好を直す。
「クク、ク……私がウサジに心を奪われたのは半分は貴様のせいだ、ノエラ。貴様があまりにも毎日ウサジウサジと泣き叫びながら私を追い掛けて来るからな。これ程強い女にそこまで愛される、ウサジというのはどんな男なのかと、私は密かな興味を抱いてしまったのだ。その事に気づいたのは……つい先程の事だったが」
待て。この話待て! 俺達の周りにはもうトカゲ兵はおらず、赤と黄色の魔族兵共だけが居る。奴らは屁っぴり腰で遠巻きにだが、武器を構えてこちらを見ている。
「ウサジさんやっぱりこいつも魔族です、ぶっ倒しちゃっていいですか!?」
「フハハハ、自信が無いのかノエラ、ウサジを私に取られると思っているのか」
「行きますよ、早く! これから魔王と戦うんですよ、真面目にやりなさい!」
俺はボロ泣きしながら立ち尽くすノエラの手を引っ張り、トカゲ兵達の最後尾へと走る。
「どうして、ウサジさん、なんでゴールドなんかと協力して魔王を倒す事になってるんですか、僕意味が解りません、どうして……!」
「一番意味が解らないのは貴女ですよ! 私も、シルバーも、貴女を探しにここに来たんです、仲間達も心配しています、貴女さっき空から降って来るまで、どこで何をしてたんですか!」