0169 待て、今薄着の女が客引きをしてなかったか!? あれは風俗店か、おい待て
―― ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……
魔王城の城下町。トカゲ兵は俺を幾何学模様の見事な隊列で取り囲み、一糸乱れず進んで行く。ゴールドの奴、普段どういう鍛え方をしてるんだ。
住人達は皆唖然としていた。下町には武装した下級魔族の兵士も居るのだが、50人のトカゲ兵の威容を恐れ、遠巻きに見ているだけだった。
いくつかの坂を登ると前方に門が見えて来た。例の、サイ型魔族の門番が四人ばかり居るのだが……
「と、止まれっ、何事だ、それは」
「全体、止まれ―ッ」
門番の呼び掛けに応え白波がそう号令すると、
―― ザッ、ザッ!
ぴったり二歩進んだ所で、トカゲ兵達は止まった。
「お、お前達は」
「我らはゴールド将軍麾下の精鋭、トカゲ兵部隊。魔王様の御命令通り、ヴェロニクの使徒ウサジを連れて来たのだ」
白波は門番の言葉を途中で遮り堂々とそう言い放つ。門番は手錠を掛けられ背中を丸めている俺を見て、目を白黒させていたが。
「出発! 全体進め!」
―― ザッ、ザッ。ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、
トカゲ兵達はきっちり二歩その場で足踏みしてから前進を始める。全員が一歩目からフルスピードで歩き始めているのに誰も前後の者にぶつからない。輪の中央に居る俺だけが、足元を乱れさせながらも何とかついて行く。
為す術もなく見送る門番達の前を通過すると、町の様子が変わる。ここから先は上流魔族が住む上町だ。
赤い肌に四本ないし二本の角、魔王族の姿もある……いや、角の形が微妙に違うな。赤い肌の連中の中にも上下関係がありそうだ。
「何だ、何だ……?」
「何故下等なトカゲ族がここに……」
うん? 誰かがこちらに走って来る……あいつ、どこかで見た事あるな。ああ、【食べられるきのこ博士】だ、近くの森にきのこ狩りに行って来た帰りなのか、様々なきのこが入った篭を抱えている。
「そ……そいつはヴェロニクの使徒ウサジ!? これは一体どうしたのだ!?」
白波が合図をすると、トカゲ兵達は前進をやめ、その場で足踏みをする。
「ゴールド様の命令で我らが捕えたのだ、この報告はどんな命令より優先される。全体、進めーっ」
―― ザッ、ザッ。ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、
トカゲ兵達はやはりきっちり二歩だけ足踏みしてから全速前進を始める。
やがて上町をも通り抜けた俺達は、長い魔王城への参道の麓の門に辿り着く。この門は超可愛いスナネコ型魔族に警護されていた。ヤバい、すりすりしたい。だけどこれはイエネコではないのですりすりしてはいけないのだ。
「何ニャーおまえら! この先は魔王族の方と、特別な許可のある者以外入ってはいけないのニャー!」
「我らはヴェロニクの使徒ウサジを連れて来たのだ、これは魔王様の最優先任務である! そこを開けろ猫共!」
スナネコ魔族はたちまちたじたじになり、門前を開けてしまう。あざといけど役に立たない門番だな……トカゲ兵一行は難なく門を通り過ぎ、長い石段へと向かう。
「二列縦隊、始めーッ!」
白波がそう命じると、トカゲ兵達は長い石段を登るのに適した二列縦隊へと隊列を組み替える。俺はただ、その真ん中に居て遅れないようについて行くだけだ。
何百段と続く石段を登るのも、この世界の俺の体力なら何て事はなかったが。
「何の冗談だお前達!? ここを魔王城に続く参道と知っての狼藉か!?」
「冗談でも狼藉でもない! 我らは魔王様の御命令通りヴェロニクの使徒ウサジを捕らえて来た、ゴールド将軍麾下の精鋭トカゲ兵部隊である!」
途中にはまだ山狩りをしている魔族兵や、作業に駆り出された人間の奴隷が居た。みんな俺の手に手錠が掛かっているのを見るとそれ以上の追求はして来ないのだが、さすがにドキドキする。
次第に魔王城の姿が大きくなって来る。昨夜は裏手からあの城に忍び込み、魔王の部屋まで行った上、尻尾を巻いて逃げ出して来たのだが……まさかあれから半日で正面から再訪する事になるとは思わなかった。
俺がそんな事を考えた、その時。
―― ジャーン! ジャーン! ジャーン……
ぬおっ、伏兵か!? いや違う、旧寺院のどこかで銅鑼のような物が打ち鳴らされた……あれは一体何の合図だ?
「『白波』の、あれは」
「別館の中庭の方だ、嫌な予感がする。ウサジ殿、お急ぎいただいていいだろうか。全体ーッ! 駆け足、始めーッ!」
50人のトカゲ兵達と俺は、それを合図に石段をダッシュで駆け上がる……くそっ、手錠が邪魔で走りにくいぜ。