0168 今までついたウソで一番なのは俺にはセクシー女優の姉ちゃんが居るってやつ
気を取り直して、俺は話を続ける。
「ああ。正直俺にはよく解らない。何故お前らのような強く誇り高い種族が、魔王族に忍従しているのか。だがもしかしたら、お前らはゴールドの人柄、将としての器に惚れて臣従しているのかと思ったんだ。どうやら違うみたいだが」
「待てウサジ殿、それは間違いではない、我等はまさに楼主様、ゴールド様ならばと心に決めて配下になったのだ。それと……お前程の男に評価して貰えるのは嬉しいが、我らは強く誇り高い種族などではない。岩陰に隠れて生き、自分よりずっと小さな虫だけを襲って食べる、トカゲという生き物……その姿を受け継ぐ下級魔族なのだ」
俺は少し鎌をかけてみたが、白波はそんな事を言って俯く。何だかなあ、こいつら……ラシェルの強力な雷魔法にも耐え、クレールでも苦戦する豪傑共のくせに、何かってえと目を伏せやがる。
まあ、俺はこいつらには義理も責任もないし、利用出来そうにないなら、適当な事を言って煙に巻いて、何とかここを脱出するしかない。
「トカゲ種の魔族? 誰がそんな事を?」
「だ……誰がって……魔王族の博士が、我らにそう教えてくれたのだ」
ふーん。じゃ、ちょっと中二っぽく行ってみるか。
「冗談だろう。お前達は伝説の種族、ドラゴニアンではないのか」
俺は真顔でそう言って、トカゲ共の反応を見る。うーん……無反応……
「魔王族に勝るとも劣らない強靭な肉体を持ちながら、謙虚な心と深い知恵を併せ持つ聡明で尊敬すべき一族……違うのか? 俺は一目見た時からそうに違いないと思っていたのだが」
やけくその俺はそう続ける……あ。トカゲ共の口が少しだけ開いた。
「お前達の耳の後ろにある硬い鱗は、竜の名残り、角の跡なのだろう?」
トカゲ共全員が慌しく自分の耳の後ろの突起を触り出す。
白波も自分の耳の後ろを触っていたが。
「ま、待ってくれウサジ殿! お前は一体何の話をしているのだ!?」
「まさか本当に知らなかったのか……? ヴェロニクが封印されて二百年、その間にこの世界からは様々な知恵が奪われ、失われた。そうか。お前達ドラゴニアンの知恵も、すっかり失われていたと言うのか……」
今やトカゲ共は全員が小さな目を限界まで見開き、大口を開けていた。やべえどうしよう。いまさらウソぴょんとは言えない雰囲気になって来た。
「二百年以上の昔、世界にヴェロニクの力が遍く行き届いていた頃。竜人族はその深い知恵と謙虚さを以って人々から大いに尊敬されていた……ヴェロニクの若い僧侶達はその哲学を学ぶ為、長い旅をして竜人族の里を訪れたそうだ」
トカゲ共はとうとう顔の大きさの割りに小さな目から、ぽろぽろ涙をこぼし出した。マジかこいつら、どんだけ素直なんだよ。俺は奴らに背を向け魔王城の方を見る。
「まあ今は魔王の住処にされてしまったこの城も、二百年前は志に燃える若者達の為の学び舎だったのだ。全ては遠い昔の話という事だな……残念だ」
俺はさりげなく歩き出す。静かに、距離を取るように。面白い作り話だったろ? だから黙って行かせてくれ、頼む。嘘つきウサジからの御願いです。
三歩、四歩……俺は歩を進めるが、トカゲ共は追って来ない。よしよし。
だけどこの後はどうしよう? クレールやラシェルを何と言って説得すればいいんだ。シルバーを助けたいから手を貸して? いやどの面下げて言えるんだそんな事、うーん。
―― ドドドドドド!
次の瞬間、背後から地響きが迫る! 考え事をしていた俺の反応は一歩遅れてしまった。
「待ってくれウサジ殿!」「今の話、もう少し聞かせてくれ!」
「竜人族、それが我らの真の名前なのか!?」
「わ、我らはトカゲではなかったのか!?」
俺はたちまち涙目のトカゲ兵に囲まれてしまった! まずい、これでは100%逃げられない!
「ああ、あの……」
哺乳類系の魔族も困るけど、爬虫類系の魔族も意外と困る。妙に目が円らでキラキラしているのだ。つーかこいつら、泣くんだな。
「しょ……諸説あります……」
罪の意識に背中を押された俺は、うんと小さい声でそう言ってみたが。
「何、今なんとおっしゃったのだウサジ殿!?」「もう一度、もう一度頼む!」
「皆騒ぐな、騒ぐとウサジ殿の声が聞こえない!」「押すな! 押すな!」
余計に興奮したトカゲ共に囲まれ、ますます行き場を無くす。うおっ、何て純真な瞳で俺を見やがるんだ、頼むからやめてくれぇ……嘘吐きウサジの、小さな小さな良心が痛む。
「私は……貴方達の強さと謙虚さを見て、そうに違いないと思いました……ヴェロニク様もきっとそうだとおっしゃるに違いありません」
俺は可能な限りトカゲ共から目を逸らし、そう絞り出した。どこかで俺を見ているヴェロニクが、慌てふためいているような気がする。