0165 なんかそういう動物居るよな、タスマニアデビルだっけ、交尾イコール暴力なの
俺はともかく被っている外套のフードで顔を隠す。前を歩いていたアナグマは道の端に避けようとして俺の存在に気づいたが、別段騒ぎ出したりする事もなく、黙ってゴールド達が前を通り過ぎるのを見ていた。
早足で歩いて来たゴールドは俺には気づかず、立ち止まってトカゲ兵達に指示する。
「貴様らはこの辺りで待て!」
「いいえ、魔王様への御報告には俺が行きます、楼主様はシルバー様の所へ」
そこへすぐにトカゲ兵の一人が進み出る、あいつは『白波に立つ男』だな……ああっ!? しかしゴールドは白波の横っ面に強烈な平手打ちを食わす!
「侮るな下郎が! 貴様は黙って私の言葉に従えばいいのだ、別命があればいつでも動けるよう、分散せずに待機しろ、いいな!」
……
まあ白波は相当頑丈な奴なので、あの平手打ちでもダメージはほぼ受けてないようだが……これは、見たまんまの光景じゃなさそうだな。
ゴールドちゃんがしなきゃならない報告は、ヴェロニクの使徒殺害の失敗なのだろう。待ち伏せしていた廃墟で仕留められず、逃げられたと。
あるいは彼女達は俺らが昨夜魔王城を強襲したと聞いて、慌ててやって来たのかもしれない。
……
ゴールドは一人で城下町の坂を足早に登って行く。
町には高台に行く程立派な建物が立っている。城下町は中腹より下までで、その先には石段が連なる参道が、山頂の寺院まで続いている……山の上の方では、まだ山狩りをしているような雰囲気もある。あいら何を探してるんだろう。
トカゲ兵達は、顔を見合わせていたが。
「楼主様は我らの失態を一人で被るおつもりだ……本当にこれでいいのか? 『白波に立つ男』よ」
「しかし楼主様の御命令をはっきりと受けてしまった以上、それを破るのはますます楼主様に恥をかかせてしまう事になる。残念だが我らはこの場所で出来る限りの事をするしかない」
それからトカゲ兵達は何事か小声で相談した後、町外れの方へ引き返して行く。待機するにしても往来の真ん中では邪魔になる、そんな話をしていたようだ。
俺はどうしよう。もう仲間の所に戻ろうか。
「あ、あの……君、だあれ?」
ふと後ろから声を掛けられた俺が振り向くと、アナグマ魔族が小首を傾げて俺を見ている。だから顔可愛いのやめろ。
「ああっ、すみません、お使いの途中の奴隷です、主人に怒られるのでこれで失礼します」
俺は背中を丸め回れ右をして、その場を立ち去る。
◇◇◇
俺は急ぎ足で路地裏から路地裏へと駆け抜け、シルバーの住まいに戻り、部屋に入って扉を閉め、タンスの陰に軽く身を隠す。そこへ。
「……シルバー! 居るのか?」
誰かが小さく扉をノックする……正解だ。ゴールドは真っ直ぐ魔王城に向かうふりをして、シルバーの家の方に来たのだ。
―― ガラッ……!
「開いているのに居ないのかシルバー、無用心な」
俺はそう言って部屋に入って来た無用心なゴールドの後ろに忍び寄り、
―― ピシャッ……!
扉を閉めた。ゴールドは驚き、飛び退きながら振り向く。俺は一気に間合いを詰める。
「き、貴様が何故ここに!」
「お前、俺に話があるんだろう? ここなら俺の仲間もお前の部下も居ない。何でも話せるんじゃないのか」
ゴールドは腰に剣を提げている。シルバーと同じような、ぎざぎざの刃のついた曲刀だ、彼女はその柄に手を掛けるが……すぐには抜かない。
「無いのか? 俺に聞きたい事は」
「聞いているだろう、貴様が何故ここに居る!」
「俺と仲間が魔王城を強襲したのは知ってるんだろ? お前はそれで戻って来たんじゃないのか」
「そうじゃない! なぜこの家に居るのか聞いているのだ!」
「待て、ここにシルバーが居るのを見つけたのは本当に偶然だ、魔王に追い返されて逃げる途中でたまたま見たんだよ」
嘘吐きウサジは息をするようにウソをつく。まああながち、全部が全部ウソではないけどね。
「意外と慎ましい暮らしをしてるんだな、お前達は」
「ふざけるな……シルバーが家を追い出されたのは貴様のせいだ」
それは違うだろ。ボディスーツの似合うFカップ美魔族だからって、適当な事言うとエッチなお仕置きしちゃうぞ。
「お前が紅瓢を奪われて戻って来たシルバーを、偽者呼ばわりまでして追い払ったんだろ。俺のせいにするなよ」
俺はそう抗議しながらも、ちょっとだけ心当たりを感じていた。
「ああ、そうだ……貴様の言う通りだ。私が言いたいのは、貴様がシルバーに何をしたのかと言う事だ……!」
「知りたい事、聞きたい事があれば答えるよ、答えられる範囲でな」
「知りたくも聞きたくもない! 私は、言いたいだけだ!」
派手なメイク、いや戦化粧をしたゴールドの目尻から小さな涙の粒がこぼれる。
「シルバーの心はすっかり貴様に奪われてしまったのだ! そうでなければ……奴は私に泣きついてなど来ない」
ゴールドは鞘からぎざぎざの曲刀を引き抜く。
俺は身動ぎもせずに答える。
「俺には解らなかった。彼女は俺の命を狙っているとしか」
「当たり前だっ! 貴様らのような脆弱で下等な種族とは違うのだ、我ら魔族の女は貴様らの種族の女のように男に自ら身を預けたりはしない、魔族の女は、力ずくで物にされなければならないのだ!」
ひええ……そらまたなんっつー文化だよ、あれはシルバーちゃん個人の性格とかじゃないのね。ひでえなあ、どうしてそうなったんだ。
ゴールドは空いている方の手で俺の胸倉を掴む。
「そして魔族の男は、同属の女が人間の男を恋するなど絶対に許さない……そんな事が知れたら、男共はその女を捕らえ嬲りものにした挙句、四肢を引き裂いて殺す……!」
そんな事まで……じゃあゴールドは妹が人間の男を好きになってしまった事が魔族の男共にばれないよう、わざと彼女を突き放したと言うのか。
「貴様のせいだ、貴様のせいで妹は何もかも失ったのだ、慎ましい暮らしだと……! 魔族の名家に生まれた者を侮辱する言葉でそれ以上酷い物は無い……!」
これ以上ないぐらいに、ゴールドは憎しみに顔を歪める。
「そして何より、貴様には妹の気持ちに答えるつもりは無いのだろう……! 貴様らのような脆弱な種族の男は、満足に斧も持てない非力で色白の女が好きなのだ、あのジュノンとかいう女のような……そうなのだろう!?」
しかし俺の目には、ゴールドは憎しみに支配されているのではなく、何とか自分を憎しみで支配しようと努力しているように見えた。
「貴様さえ殺せば、貴様さえ殺せば全てが収まる、妹は正気を取り戻し魔王は喜ぶ、我が一族も、トカゲ共も……皆が名誉を取り戻せるのだ!」
ゴールドが刀を振り上げても、俺はまだえっちな目でゴールドのボディスーツの乳の辺りを見ていた。
「じゃあ、斬れよ。妹の為なんだろ」
まあしかし、ずっと乳ばかり見ていたら変態と思われてしまうかもしれないので、俺はゴールドの目を見てそう言った。
ゴールドは、何度か瞬きをし、唇を歪める。
「斬れん……」
ゴールドは、だらりと刀を下げて俯く。その眼に貯めていた涙が大粒の雫となって、頬を伝う。
「ノエラとかいう女は本当に有り得ない、あんな悪魔には出会った事が無い、二言目にはウサジウサジと言って、地獄の獄卒のように付きまとうのだ、昼も夜も、どこへ逃げても……それが、私の妹をも惑わした男の魅力なのか。何と言う、迷惑な話だ……」