0163 そのあだ名、幼稚園の時も同じクラスの女の子に言われてたわ
「昨夜は上の建物では宴会が開かれていたようですが……貴女は行かなかったんですか?」
俺が何とはなしにそう切り出すと、何かが苦痛だったのか、シルバーは眉を歪めて憤慨する。
「貴様の知った事ではない! アタシの質問に答えろ!」
「友人が一人、迷子になってるんですよ。貴女は彼女の行方を知らないかと思いまして」
俺は素直にそう答える。
「適当な事を言うな! 貴様は一体、何を企んでいる!」
「あの、出来れば声を控えてはいただけませんか」
夜明け前に女の子の家に侵入した不審者の言う事ではないが、俺は一応そう言ってみる。驚いた事に、シルバーは本当に声を落としてくれた。
「ほ、本当の事を言え、い、命が惜しければ」
「上の連中は夜半からずっと山狩りをしている、奴らは誰を探してるんだ、そして誰が捕まっている?」
俺はまた態度を変え、シルバーに大股に歩み寄る。シルバーは壁際まで後ずさりする。
「俺の仲間が一人、帰って来ないんだ。適当でもウソでもない、じゃなきゃ何故俺がここに居ると思う……! さあ、知ってる事を話せ。さもないと……」
俺はそう言ってシルバーの肩に手を伸ばす。うわあ。これ完全に俺の方が悪じゃん……我ながらドン引きだけど仲間のノエラの為なんだ、許してくれ。
「さもないと……さもないとどうするんだ?」
シルバーは俯き、そう呟いた。えっ……えー。さもないと、はすはすくんかくんかぺろぺろしちゃうぞ……?
「そうか。魔族の男がお前のお気に入りの女を誘拐したのか。白いスカートを穿いた小娘か? まさか珍妙な化粧をした三人組の誰かではあるまい?」
シルバーは引きつった笑みを浮かべ、俺を見上げる……
「魔族の男がお前の女を誘拐したから、お前は魔族の女には何をしても良くなった、それでどうする、アタシを殺すのか、殺して食うのか、」
いやいやいやいやどんなサイコだよそれ! 俺はシルバーの肩から手を離して一歩引き下がる、しかし今度はシルバーが俺の腕を掴む……
「違うのか? またアタシの首を絞めるのか? それとも……姉貴を捕まえて縛り上げて、その目の前でアタシを犯すのか!?」
シルバーはさらに俺の胸倉を掴んで迫って来る、だけど何故、何でこの子泣いてるの? シルバーの顔は怒りに歪んでいるのだが……その目尻からはぽろぽろと涙がこぼれ続けている。
「ウソだ……」
俺の胸倉を掴んだまま、シルバーはまた俯く。
「お前ら人間は魔族は悪だと言う、結構だ! 我らは貴様らのような脆弱な種族ではない、欲しい物は奪い、気に入らない物は壊し、弱い者に情けなど掛けはしない……だが……」
シルバーは再び顔を上げる。
「貴様はどうなんだ……! 貴様の言う事はウソばかりだ、ウソをつくのは悪徳ではないのか!? 貴様には……」
俺はシルバーの謎の迫力に押され壁際に追い詰められていた。
笑ったら意外な程に可愛らしかったシルバーの顔は今、激しい憎しみに歪み、黒白反転の瞳は真っ直ぐに俺の目を見つめ、その目尻からは、大粒の涙がこぼれ続けていて……
「貴様には端から、醜い魔族女を抱く気など無かったんだ……!」
……
ええええー!?
「そうだろうウサジ! この姿が汚らしくて嫌だというのなら、貴様のお気に入りの美姫にでも変身してやろうか!? 貴様はどんな女が好みだ!?」
待て待て待てそんな事俺は一言も言ってないシルバーはシルバーのままが一番いいし、いやいくら俺が最低エロ人間でも、お前変身出来るだろ? もっと美人に化けてくれない? なんて事口が裂けても言わんわ、俺にだって最低限のえっちなジェントルマンシップはあるんだ!
「ハッ! それでも嫌なんだろう、アタシがいくらあのジュノンって小娘に化けたって、貴様はアタシを抱こうとしなかった、毎度毎度……アタシを言葉で嬲るだけ嬲って……今日もそうなんだろう!? アタシを生娘だと蔑んで、言う事を聞かねば犯すと言うのだろう、そんなつもりは毛頭無いくせに!」
ちょっと待ってよ、これは食べちゃうとか食べないとかそういう問題じゃないよね? 紳士として、食べなきゃ許されないやつだろ!?
ここはずいぶん粗末だが一応シルバーの棲家、いやいや、シルバーちゃんのお部屋らしい、暗くて気づかなかったが良く見れば窓辺には一輪差しなんか飾ってあるじゃないか、何これ可愛い!
壁際にはベッドもある……木の板に何かの毛皮を敷いただけのワイルドな物だがシルバーちゃんと一緒なら一流ホテルのダブルベッドにも負けない寝心地が味わえるだろう。
仲間達も居ない、お膳立ては全部揃ってる! バーニー、そっちはどうだ!? エネルギー充填120%、今にも先走りそうだって? オーケー、ヒウィゴー!!
俺がそう紳士的な覚悟を決めて、シルバーの手を優しく掴もうとした瞬間。
―― ヒラリ
俺の手の甲に何かが、雪のように舞い降りた……なにこれ……紙切れ? 1センチ角くらいの小さな紙切れに、赤鉛筆で……
『×』
ひっ……ひいいいっ!?
シルバーはその時、俺の胸倉を両手で掴み、その自分の手に顔を埋めていた。だからこの超絶怪奇現象には気づいていなかった。
屋根の隙間、壁の隙間から、小さな紙切れが舞い込んで来るのだ! 俺はそれを一瞬桜吹雪かと思ってしまった、しかしそれは違う、降って来るのは全て、赤鉛筆で×印をつけられた小さな白い紙なのだ!
シルバーの体が、俺から離れた。彼女はまだ、憎しみを篭めた眼差しで俺を見つめていた。
「貴様が聖者ウサジだと? 笑わせるな……貴様の名は嘘吐きウサジだ! アタシは決して貴様の思うようにはならない、貴様にとってアタシは殺す以外に価値の無い女だ、次に会う時には覚悟を決めておけ、アタシを殺すか、アタシに殺されるか、どちらかのな!」
足元に降り積もった紙切れにも気づかず、シルバーは外へと駆け出して行った。