0162 こんばんは。ちんこで5kgのダンベルを持ち上げられる紳士です(白い歯
俺は山際に沿いひたひたと、恐らく魔族が住んでいるだろう町に近づいて行く。
俺が魔族を初めて見たのは、後にヴェロニカと名前を変えるあの町の教会だったかな……あそこで遭ったのがアスタロウだ。
今、俺はあいつと同じように、敵の町に一人で潜入しようとしているわけか。ドキドキするなあ。
幸い町には城壁も門も無く、見張り塔のようなものすら見えない。魔王には城下町の住人を守ってやる気はないのか。
俺はこれと言って変装する事もなく、ただぬののふくの上からフード付きの外套を被っただけの姿で歩いていた。
山の上ではまだ山狩りが行われているようだが、城下には明かりもろくにない……思えばこの城下町には誰が住んでるんだろう? 魔族兵の多くは城に住んでいるのだ。
町には夜警の姿も無い。その姿は一見不用心だと思えたが……ああ。見張りなんか要らないのか。町のあちこちに無造作に置かれた大小様々な檻の中で、何かが蠢いている……暗くてはっきり見えないが、きっと中にモンスターが居るのだ、奴らに騒がれたらこの偵察は終わりだぞ。
俺はとにかく檻の中に居る、モンスターに気づかれない事だけを優先して進む。
城下町の外縁はゴーストタウンのようだった。壊れてボロボロの家屋が立ち並び、モンスターの檻ばかりが目立つ。
檻の中には得体の知れないモンスターがずっと唸り声を上げている物もある……人間だってこんな環境で寝起きしたくはないけれど、それは魔族も一緒なのか。
俺は檻の外に居るモンスターに気づき、静かに物陰に身を隠す。半魚人とでも言うべきか? 鮒のような頭を持ち二足で歩く体長1メートルぐらいの生き物が、傍らにランプを置いて、檻の中の飼育用の水桶に、外から水を差している。モンスターの面倒を見ているのか、こんな時間に。
上級魔族共は城で宴会をしていたというのになあ。この鮒魔人も、トカゲ兵のような下級魔族と呼ばれる連中なのだろうか。
だけどトカゲ兵もそうだが、こいつらは赤ら顔の鬼共に下級魔族と蔑まれ、泥臭い仕事を押し付けられながら、それでも魔王が世界を支配する事に期待しているのだろうか。
ん? 鮒っぽい下級魔族が誰かと話しているようだが、あれは……!
「おはようございますシルバー様、今朝は早いですね」
「お前の方が早いじゃないか。いつもこんなに早く起きるのか」
うわっ、シルバーじゃん、シルバーが崩れかけの廃屋みたいな家から出て来た! それで鮒魔族みたいなやつに挨拶されて、笑顔で挨拶を返してる、えっ、何その笑顔、可愛い……!
「私らはこんな仕事しか出来ませんから……だけどシルバー様はこんなに早起きしなくてもいいんじゃないですか」
「そうも行かないんだ、アタシにはもう後が無いからね」
「……あまり根をつめられませんよう」
鮒魔族とシルバーは協力して井戸水を汲み上げる。そしてそれぞれの桶に入れ、挨拶をして別れて行く。シルバーは自分が出て来た廃屋の中に戻って行き、鮒魔族は別のモンスターの檻に水をやりに行った。
ここは毒食らわば皿までという所かな。シルバーは一人で居るように見える。
女の子の住まいにアポも取らずに押し掛けるのは紳士の俺としては気が引けるが、ノエラが行方不明という異常事態だ、許してもらいたい。
俺は素早くシルバーの後を追い、彼女が入ったボロ屋に飛び込む。シルバーは不審者が後から一緒に入って来た事に気づかず、汲んで来た水を甕に移し変えていた。駄目だなあ、若い女の子が不用心じゃないか。
「シルバー」
俺は堂々と彼女の名を呼ぶ。こっちだってシルバーには何度も奇襲されてるのだ、そのお返しをする事ぐらい許してくれ。
「なッ……貴様ウサジ!?」
シルバーは振り向き、俺が誰なのか気づいて後ずさりをする。
ボロ屋は中もボロ屋だった。崩れかけた壁、穴だらけの屋根と雨漏りの痕、床は全て土間で……とにかく魔族とはいえシルバーのようなキラキラした女の子が住むのには、あまりにも粗末な住居だと思えた。
「これが貴女のお住まいですか。少々修理が必要みたいですね」
「う、うるさい、会う度に態度を変えるな、何のつもりだ……貴様は何故、何故ここに居る!」
シルバーは慌てて、俺に向かい戦闘態勢を取る。