0153 旅の始まりはいつだって突然! 終わりは、もっと突然
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『……ウサジさん……ウサジさん!』
暗闇の中で、俺を呼ぶ声がする……ノエラだ、ノエラが呼んでいる。
どうやら王都についたらしい。俺はノエラの声に答える……
「ノエラさん!」
俺の体はつむじ風に変わり、外へと吸い出された。眩しくて何も見えない……仕方ない、瓢箪の中は真っ暗だからな。ここは王都のどこだ?
―― サラサラサラ……サラサラ……
ちょっと待て。この柔らかな波の音はなんだ。それにここ……潮風の香りがするんだけど……ああ……目が慣れて来たぞ。
「ウサジさん……ううん……ウサジ」
俺は後ろから声を掛けられて振り向く……
ええっ!? 誰この超絶美少女、しかもビキニ姿、まだかなり幼さを残す顔立ち、ミドルティーンのつるつるすべすべのお肌、だけどお乳はしっかりたっぷりDカップ……ってこれ素顔のノエラじゃないか!
ノエラはハイライトの消えた目で、微かに呼吸をあららげ、俺を見つめている。
「やっと……二人きりになれたね」
俺は慌ただしく辺りを見回す、どこ、ここ!? ここは海の上だ、いや正確には珊瑚礁に囲まれた島だ、白い砂、透き通る海水、その先にはエメラルドグリーンの珊瑚礁の海、そのまたずっと遠くには紺碧の外海、さらに向こうにあるのは、どこまでも何もない水平線と、真っ青な空……
「な……何ですかここは!?」
俺が立っている場所は標高の低い島だった。俺は振り返り島の中心方向へ走る、しかし島の直径はせいぜい数百メートル、その向こうには同じような珊瑚に守られた海と、抜けるような青空しかない。
「素敵な島でしょう? うふふふ、僕、見つけたんだ」
「クレール!? ラシェル! ジュノンは!?」
「あははははは」
俺は仲間達の名前を呼びながら島の中を走り回る……しかしここにあるのはまばらなヤシの木と、背の低い草の茂み、そしてどこまでも白い砂と海だけだった。
「仲間達はどうしたんですか!」
「はは、あはは、ははは……大丈夫だよ、王都に置き去りにして来ただけだよ、きっと今頃は僕の代わりのゆうしゃを探しに行ってるよ、あは、あははは」
島の中を走り回る俺を、ノエラは急ぎもせず、ゆっくりと、笑いながら追い掛けて来る。
「悪い冗談はやめて下さい! 私を、仲間を元の場所に返しなさい!」
「知ってるよ、ウサジさんは勿論そう言うんだ、ウサジさんは清廉潔白でいつも世界とヴェロニク様の事を考えてる真面目な人だから、あははは……」
ノエラは熱病を帯びた瞳で俺を見つめたまま近づいて来て、俺の手を取る……
「ねえウサジ。これからはもう、僕の事だけを見てくれたらいいんだよ。ウサジはもう何も心配しなくていいんだ、この天国みたいな島でね、僕と二人で暮らすんだ……大丈夫、生活に必要な物は僕がゆうしゃクラウドで取って来るから。世界を救うとか、皆を守るとか……もう忘れて。ウサジはずっと、ずっと僕だけを見つめていて……」
「ひッ……ひいいッ!」
俺は腰を抜かし、仰向けのまま後ろに這いずり、立ち上がって、また逃げ出す!
「誰かー!! 誰か居ませんかー!!」
俺はそう叫んでみるが、無理だ、居るわけがない、島の全体像は丸見えだし、ここに来る交通手段はゆうしゃクラウドだけのようだ、詰んでいる……完全に詰んでいるッ……!
「あははは、何処へ行こうというの」
俺は走りにくい真っ白なビーチの砂の上を必死に走っているのに、ノエラはベッドのような雲にうつ伏せに寝転び頬杖をついたまま追い掛けて来る!
「はぁ、はぁ、はぁ……うわッ!」
俺は砂に足を取られ転倒する……無駄だ……走ったって叫んだって無駄だ……
ノエラはゆっくりと雲から降りて来て、四つん這いになって慟哭する俺にしな垂れかかる。
「走ったら喉が渇くよ……ここは日差しが強いし、井戸も小川も無いからね……でも大丈夫。ウサジには僕がいつでも冷たい水を飲ませてあげる」
ノエラはそう言って、手にしていた水筒の水を自分の口に移そうとする……俺はすぐにその水筒に手を伸ばす。ノエラは……まるで抵抗もせず俺にその水筒を奪わせた。いいのか? そんな簡単に渡して。
次の瞬間俺の背筋に極冷凍レベルの冷気が走る。ノエラは薄笑いを浮かべ濁った瞳で俺を見ている。まるで俺の抵抗を嘲笑うかのように。
そうだ。この水筒だって中身を飲んでしまえば終わり、それを汲んでくる事が出来るのはノエラだけなのだ。
俺がそう考えた途端、ノエラはまるで俺の心を見透かしたかのように……悲しげに眉を曇らせる。
「そんな風に思わないで。ウサジにひもじい思いをさせるくらいなら、僕が死んだ方がマシだもの。どんなに拒まれても、僕は何度でもウサジの為に水を汲んで来る。僕はウサジの為なら何でもする」
ノエラは俺の手から、ごくゆっくりと、水筒を取り戻す。
「じゃあ、元の場所に、私を仲間の元に返して下さい」
「ごめんね、それだけは出来ないよ……たった今何でもするって言ったのにね。他の事なら何でも出来るから……死んでって言うなら、今すぐ死んでみせる!」
「待ちなさい!」
たちまち小さなナイフを取り出し自分の喉に向けるノエラを俺は止める、本気だよこの目ヤバいヤバい、そしてこの状況でノエラが死んだら俺も100%死ぬ!
「じゃあ……僕を受け入れてくれる?」
俺の腕に抱きとめられたノエラは、酷く熱の篭った瞳で俺を見上げる。
「ウサジは博愛の人なんだ。目に映る人々みんなを救わないと気が済まない。そんなウサジに僕だけを見てもらう為には、これしか方法がなかったの。ごめんね……ウサジさん。この世界にはもう僕とウサジさんしか居ません。だからウサジさんは目に映る全ての人……つまり僕だけを愛してくれますよね?」
俺はどうにかノエラからナイフを散り上げる、だけど……結局の所ノエラは自由に世界を行き来出来るし、俺はここから動けないのではキリがない……
「ねえウサジさん、僕と一つになろうよ、もう二度と離れない一つに、それから……三つになろう? 二人きりも楽しいけど、三人きりはもっと楽しいよ、僕とウサジと、僕とウサジの子供と……だから、ね? 子供作ろう? この楽園で、僕とウサジの愛の結晶を作ろうよ……!」
俺は為す術もなくノエラに押し倒され、砂浜に仰向けに横たわる。ノエラが俺の体に跨る……
「大好き、ウサジ……ずっとずっと、僕の物でいてね……僕もウサジの為だけに尽くすから、ウサジの為なら何でもするから、だから御願い、ずっと僕を、僕だけを見つめていて……!」
「ノエラさん、御願いだから正気に戻って下さい、ゆうしゃとなって魔王を倒し世界に平和を取り戻す事は貴女の悲願のはずです、思い出して下さい」
「僕のウサジ……僕だけのウサジ……うふふ……」
しかしノエラは笑って水筒の水を口に含み、俺の唇に近づいて来る……俺は観念して目を閉じる……
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「ウサジさん?」
「うわああっ!?」
不意に正気に戻った俺は、目の前に居たノエラに驚き半歩飛び退く。ここは!? ここはまだヴェロニク寺院の石垣の下だ、仲間達は怪訝そうな目で俺を見ている……ちゃんと極太カモメ眉毛を付けて付き人ジャージを着ている、当のノエラでさえも。
今のは何だったんだ……白昼夢? それとも……予知夢!? 俺は立ったまま夢を見ていたのか?
「あの、どうかしたんですか? ウサジさん」
ノエラはそう言って、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「暗いのよねー、瓢箪の中」
「あの水も何だか気持ち悪いですもんね」
クレールとラシェルは周りで瓢箪に吸い込まれる準備を始めている。ジュノンは二人に明かりと、時間つぶしの本を渡す……
「ウサジ様もこの懐中電灯を」
「待ちなさいッ! この作戦は中止です!」
「ええっ、どうして……完璧な作戦だと思うのに」
自ら瓢箪の中に入ってノエラに王都へ運んでもらい、この寺院の事を王様に報告し、十分な装備を貰ってから引き返して来て、魔王と対決する。俺のその計画には、全員が賛成していたのだが。
「よく考えたら私達はこの瓢箪の事を何も知りません、本当に何の危険もなく出入り出来る物なのか解らないんですよ! これは、ヴェロニク様も正体を知らない魔族の持ち物なんです、こんな物を信用して大事な仲間の体を預ける訳には行きません、万が一外に出られなくなったらどうするのです!」
まさか「ノエラが何をするかわからないから」とは言えない俺は、そう言ってこの計画を白紙にした。