0150 君たちキスでは赤ちゃんは出来ないと思ってる? ウサジはそうは思わない
「あの……貴女は何の話をしてるのですか、ここは魔王が居るかもしれない城の目の前なんですよ」
「だから言ってるの! 今言わなかったらもう言う機会が無いかもしれないもん、ね、ウサジさん!」
クレールは俺の両手を取り、顔を近づけて来て……
「御願い、キスして」
良い笑顔のまま、単刀直入にそう言った。
俺は考える。
たいした事じゃないじゃん。確かにここは戦場だし子作りを始めるのはおかしいと思うが、キスぐらいいいだろう。
俺の事情的にはどうか。クレールが言うキスとはマウストゥマウス、唇同士を接触させるキスの事だと思うが、実は俺はそれは未経験なのだ。キスってイチゴの味がするって本当? 俺は風俗店に行ってもキスは頼まない。だってキスは……好きな人同士でしないと意味が無いかなって……-ポッ。
で。
クレールがキスさせてくれるだなんて大大大大大歓迎!! 出来ればそのしわしわ化粧とソフトクリーム巻きヘアメイク無しでやってもらいたいが、まあ元の姿を想像するだけで我慢しよう。
しかし。無邪気に大喜びする感情とは裏腹に。俺の理性は脳内いっぱいに甲高いサイレンを鳴らしていた。
「待って下さい! ずるいですそんな、そんなの許されるなら私もウサジさんにキスして欲しいです!」
ラシェルも前に出て来て、クレールの手の上から俺の両手を掴む。まあ……そこまではいいんだ、だけど。
「やめなよ!!」
次の瞬間、ノエラは鋭く叫んだ! でかい、声でかいよ!
「ウサジさんは清廉潔白な人で、ヴェロニク様の為に女犯の罪を絶たれている聖者なんだよ、クレールもラシェルも解ってるでしょ! 実際に迫って断られてるんだから!」
ノエラは二人と俺の間に猛然と割り込み、二人の手を俺から離させる。
しかしクレールも簡単には折れない。困ったように眉をハの字にしながらも、だらしなく笑い、両手を合わせて、ノエラを説得しようとする。
「いいじゃないキスぐらい、唇をつけるだけだよ、一瞬で済むし子供が出来ちゃう訳じゃないんだから、少なくともそれで私は命を覚悟して戦えるから! 御願い、キスだけ、キスだけさせて!」
クレールはそう言ってノエラ相手に拝み込む。あの、ノエラにキスして貰いたいわけじゃないんだよね? だったら拝む相手が違わない?
「私もウサジさんの唇が欲しいです、私本当にウサジさんに睡眠薬を飲ませた時もそこまではしませんでした、正直後悔してます、だけどウサジさんの意志でキスして貰えるなら私死んでもいいです!」
ラシェルもそう言ってノエラの手を取る、だから頼む相手が違わないか、お前らまず俺の意思を聞け。
「ウサジさんの気持ちも考えずに何を言ってるんだよ!」
そうだノエラ良く言った、ちなみに俺の気持ちはメイクを取ったお前ら三人全員とキスしたい。カモンベイビー!
「ウザジざんば! ぞんなごど、じだくないんだ!」
ノエラは俺に背を向けて叫んでいたのだが……その声はたちまち湿り気を帯び嵐の様相を見せ始めた。このままではまずい、何の為に大きく迂回して山の裏手に回り、夜陰に乗じてここまで登って来たのか解らん。
「キズなんで簡単に言わな」
「ノエラ」
もう仕方ない。俺は後ろからノエラを抱えその口に手を当てる。ノエラはピタリと叫ぶのをやめた……あっ。掌にノエラのぷるんとした唇がちょっと触れた、うおー柔らかーい。後でこっそりペロペロしよっと。
「クレールも、ラシェルも。貴女達三人はいつも勇敢に戦っています、それ以上の勇気は要りません、必要以上に命を掛ける事も、死んでもいいなんて考える事も辞めて下さい。生きて、戦いに勝ちましょう」
俺はノエラからそっと手を離し、三人に背を向ける。ジュノンはこの騒ぎを目にしても静かに微笑んでいるだけだった。これでも以前のパーティよりは平和な方なのだろうか。
「少し声を上げ過ぎました……ここは静かですが油断は出来ない、早く離れないと」
「ごめんなさい……こんな所ではしゃいで」
歩き出した俺にクレールが並びかけて来て、肩を落としてそう言った。
「魔王を倒して平和になった時はきっと、キスして下さいね」
クレールの向こう側に並び掛けて、ラシェルはそう呟く。クレールもそれを聞いて二度頷き、また俺に笑顔を向ける。
歩き出して少し経ってから、俺は辺りを見回すふりをして一瞬だけノエラの様子を見た。
ノエラは少し離れて、への字に口を引き結びながら、涙目でじっと俺を見つめながら、黙ってついて来ていた。