0015 この状況では俺のビッグファットスティックも何の役にも立たねえ
ここは森の中の「砦」とは言うが、要は、周囲を崖や丸太組の城壁で守られた村だ。各所には櫓も配置され、血肉に飢えたクマーモスなどが接近してくれば、衛兵が矢を浴びせる。
だから城壁の内側では人々が安心して暮らせる……大きな町程ではないが。
「この辺りの森は豊かで収穫出来る資源も多いんだ。商人も時々通るし……だけど、豊かな森だけに怪物も多く、犠牲になる人も多くて」
ノエラがそう教えてくれた。
砦には小さな市の立つ場所もあり、様々な交易品や道具類、そして武器や防具も売られていた。
「ウサジにも鎧を着て貰わなきゃね」
「そろそろ、敵と戦って貰わないとな」
「レベルも上がって、HPも増えましたものね」
そうか……そろそろヒモ生活はおしまいか……中々快適な部分もあったんだけどな。
まあ女の子に守られっぱなしというのも、俺のビッグファットスティックがすたるというものだ。これからは昼は魔物を、夜は女達をヒイヒイ言わせてやろうと……
――カーン! カーン! カーン! カーン!
な……なんだ?
「ワイバーンだ! 隠れろ! 隠れろ!」
櫓で鐘を鳴らしながら、衛兵が叫ぶ……ワイバーン? 空を飛ぶモンスターか……?
「くそっ……! 皆は建物の中に入れ!」
クレールはそう叫びながら空を睨み、剣を抜く。
「ウサジは建物の中に入って!」
「ウサジさんは避難して下さい!
ノエラもラシェルも……ちょっと待てよ、俺もパーティの一員だぞ!
だけど俺には空を飛ぶ巨大な怪物を攻撃する手段も、そんな奴から身を守る防御手段も無い……悔しいが何も出来ない。
「早く! 早く逃げろ……グワッ!!」
櫓の上で鐘を鳴らしながら叫ぶ衛兵の上へ、急降下して来た巨大な影が多い被さり……
――ガラガラ!! ドゴォォン!! ズシャアアア……
巨大な影にのしかかられ、粉砕された櫓の屋根材が、丸太が降り注ぐ! そんな瓦礫が降り注いで来る空を舞う巨体……空飛ぶ巨大なトカゲ……あれがワイバーン!
クレールは、ノエラは、ラシェルは、砦の外まで駆け出して行った。
空から……何かがヒラヒラと……落ちて来た……俺の目の前に。
俺はそれを拾い上げた。それは……人間の毛皮……つまり髪の毛のついた皮のように見えた。俺は一瞬震え上がったが……よく考えたらこれはあれか。カツラか。
大変な騒ぎだったのに。起きた事といえば、これだけだった。
三人の仲間は結局すぐ戻って来た。空を飛ぶワイバーンになど、走って追いつける訳がない。ラシェルは魔法で攻撃したが、相手にもされず振り切られてしまったそうだ。
鐘を鳴らしていた衛兵は戻らなかった。どこにも居なかった。
ワイバーンはただ、餌となる人間を一人、獲りに来ただけだったのだ。
「間違いない……奴の……かつらです……ありがとう……見つけてくれて……」
必死で鐘を鳴らして危険を仲間に知らせた男……恐らくはそうする事で自分の存在をワイバーンに知らせ、自分の命と引き換えに他の人間を救った男。このかつらは、そんな男がこの世に残したたった一つの生きた証となってしまった。
「で、でも、教会で復活とか……」
ノエラは黙って頭を振る。蘇生魔法は失われた身体まで再生出来る魔法ではないのだろう。そうだよな……そんな事が出来るなら、高級和牛食べ放題とか簡単に出来るもんな……