0149 仕方ないな、時間も無いので手短に済ませてもらうぞ、痛くても我慢しろ
深夜には三人娘も起きて来た。俺とジュノンはすぐにテントを片付ける。
この先にはもうキャッキャウフフしてる余裕はない。あの寺院には魔王が居るかもしれないし、魔王が居なくてもたくさんの魔族共が居るだろう。
賢者ラシェルが知る限り、人類側でここまで到達したパーティの記録は無い。
それはどういう事か。本当にこの寺院まで人類側冒険者が来た事が無いのか。それともここまで来てしまった冒険者は全て魔族に討ち取られ、記録を残す事が出来なかったのか。
「それでは、引き締めて掛かりましょう……ジュノン、灯かりを」
「はい、ウサジ様」
ジュノンは俺が渡した指向性の強いLED懐中電灯を点灯させる。これは松明のような全方位に光を拡散させてしまう明かりと比べ、とても都合がいい。
「何それ、凄いじゃないジュノン君、そんな物持ってたの?」
「ウサジ様が用意して下さったんです、クレールさん」
「ええっ、ウサジさんそんな事まで出来るんですか!? 凄いですよこの道具、こんなに明るいのに全く魔力を感じません!」
「ラシェルさんお静かに。ではジュノンさん、宜しく」
ジュノンはLEDの光で行き先を示す。俺達は足元に注意しつつ、明かりの先へ向かう。
◇◇◇
ヴェロニクの寺院跡は独立峰の山頂に建っていた。そして山の向こう側のなだらかな山肌には建物が点在し、山麓は門前町というか城下町になっていたが、その背後のこちら側はかなりの急勾配や崖になっていた。
ジュノンは一旦、物陰で提灯を取り出す。
「カリン様の提灯は、崖を斜めに横切って登る道を示してます」
山頂までの標高差は250メートルぐらいだろうか……俺の居た世界の城郭で言えば、岐阜城と同じくらいだ。
昔の学生はこの高低差を乗り越え、娯楽を求め麓の町に遊びに行ったのね。偉大なる風俗好きの先人達に感謝して、この道を進もう。
俺達は崖を横切る斜めの道を進む……道とは言うが、これは時には斜面に貼りついて進まなくてはならない道なき道だ。
「僕が先に行きます、皆さんは少し待って下さい」
途中、崖沿いの道が完全に崩れている所で、ジュノンはそう言って先に岩肌を伝って向こうに渡りながら、杭とロープを張る……俺達はその後でそこを通る。
「ありがとうジュノンさん」
「布ガムテープで仮止め出来るからやりやすかったです」
時間を掛けて、俺達は山の八合目まで辿り着く。崖のような急斜面はここまでだった……この先は足元の危険は少ない代わりに、発見され攻撃される危険がある。
ここは周辺の他の場所と同様に草木は少ないが、岩肌が複雑奇怪な形に侵食されていて、身を隠す場所は無くもない。
ジュノンはもうカリンの提灯をしまい、懐中電灯だけを持っている。それも常時点灯にはせず、本当に必要な時だけ点けるようにしている。
「焦れるわねぇ……魔王が居るならさっさと出て来てくれないかしら」
「まだ魔王と戦いに来た訳じゃないですよ、クレールさん」
「てへっそうだった、魔王と戦うのはノエラにアイスをおごってもらってからよ」
クレールとラシェルはのんきな話をしているが、二人共本当はよく解っているのだろう。俺達は敵陣に相当深入りしている。
紅瓢は今、俺が持っている。これは俺が奪った瓢箪なので俺が持つのは自然な事だろう。アスタロウを捕らえているのはこちらだ。
俺やカリンが捕えられていた、青い瓢箪を持っているのはノエラだ。それはまあ、ノエラが奪った瓢箪なのでノエラが持つのは自然な事だ。
俺達は事前に相談していた。最悪の事態の時は、仲間を瓢箪に入れて運ぶ事も有り得ると。
「皆さん、もう一度気を引き締めて」
俺が珍しく、エロ抜きで真っ当な覚悟を決めて、魔王の棲家かもしれない旧ヴェロニク寺院のシルエットを指差した瞬間。
「待って、ウサジさん」
クレールが片手を小さく挙げる。
「どうなさいました?」
「ウサジさん、今回は私達偵察だけして帰るつもりだけど、この先が魔王の棲家かもしれない以上、何が起こるかは解らないんだよね?」
「勿論、そうですね」
「それはつまり、もしかしたら私達の冒険も、そろそろ終わりかもしれないって事だよね?」
「それはまだ解りません、先はもっとずっと長いかもしれませんよ」
「でも5分後に魔王に出会う可能性もあるよね、勝つか負けるかは別として」
それはまあ、無いとは言えない。魔王がここに居て、俺達の存在を察知していて、余裕で俺達を倒す力を持っているなら、今すぐ現れてもおかしくない。
「一理ありますけど、わざわざここまで登って来て、今すぐ引き返すというのももったいないと思いますが」
「そうじゃなくて……あの!」
クレールは、まるでごく普通のちょっといたずらだけど屈託のない天真爛漫な女子高生のような明るい笑みを浮かべた。
「最後かもしれない冒険に突入する前に! 私、ウサジさんとの素敵な想い出が欲しいでーす!」