0147 もう食べちゃってもいい? 絶対だめ? そ、そう……そうですか……
聖域に着いた俺は例のHDDへと向かう。ヴェロニクとカリンも一緒である。
「ふぇふぇ、ウサジはここを見られたくなかったのではないのかえ?」
カリンがメスガキの顔で上目遣いに俺を見る。つーかそのスクール水着いい加減やめろ。
俺が抵抗してもカリンはここを好きなように徘徊出来てしまうのだ、ならばもう俺が居る時に家探しをやってしまう方がマシだ。
「何か、この先の戦いに使える物が無いか探すんです。あの寺院とその門前……城下町にはたくさんの魔族と魔物が巣食ってる可能性が高いですから」
何か使える物がないか、一緒に探して欲しい。俺はそう言ってるのに。
「ここは何だかカビ臭いね、マットや木の箱がたくさんあるけど何に使うんだい」
「そこは体育倉庫! そこはいいから!」
「勘弁してウサジ、私ここが一番恥ずかしい……」
カリンは部屋から部屋へと好き勝手に歩き回り、ここは何だ、これは何に使うと尋ねてくる。
「学校関係は見なくていいです! どうせ何も無いから!」
「こんな所で勉強をするのかえ?」
「これは学校のロッカールーム、着替えや何かをする所なんです……」
面白い事に各部屋の位置関係は俺がHDDにしまっていた場所と同じようになっていた。だけど俺、何も考えず入手順でフォルダ分けして管理してたのよね。だから生徒会室の隣が警察署だったりする。クソ、こんな事ならちゃんとジャンル別に分類しておけば良かったよ、みんなは気をつけてね。
「ウサジ、これは何に使う物だい? なんだか卑猥な雰囲気があるねぇ、ふぇふぇ」
「これは手錠! 治安を守る役人が使う物で、何ら卑猥な物ではありません!」
卑猥な事にも使えるけど。俺は念の為それをポケットに忍ばせておく。
「ウサジ、これは使えるのかしら?」
「ヴェロニク様……そうです、そういう物が欲しかったんです!」
ヴェロニクが見つけたのは拳銃だ、M36という刻印も見える……だがこれはおもちゃだった。そりゃそうね、AVの小道具に実銃が使われてたら困るわ。
「うーん残念……これは見た目だけの玩具みたいです」
俺も拳銃で戦うイケメン坊主になってみたかったのに。世の中甘くねえなあ。
オフィス、温泉旅館、病院、ファミレス……
平和な日本のエロ世界から来た物は、ファンタジー世界での戦いには役立ちそうになかった……一応目ぼしい物は集めてみたけれど。現代知識チートで無双するなんて、どうやればいいんだろう。
HDDの中を巡り巡る俺はやがて、ダーマ神殿っぽい場所に辿り着く。ここは一応ファンタジー世界だが、都合よく強力な武器とか落ちてないだろうか。
「これもウサジの世界かい? 何だかここだけちょっと変わってるね」
「色々あるんですよ(性癖というのは)、色々。ここは隅々まで探しましょう」
カリンはお許しが出たとばかりに、広い神殿の中へと駆け出して行く。俺もカリンに続こうとしたが、不意にヴェロニクに柔らかく手を握られる。
「ヴェロニク様?」
「ウサジの世界にも、こういう神殿があって、ウサジの世界の神様が居るの?」
「ああ、いえ……これは虚構です、本当は私の世界にはありません、空想上の物、ファンタジーですよ」
いや、外国に行けばあるのか? まあいいや。
「ここは私にとって大きな転機になった場所なの。それまでの私はその……ただただ、ウサジの心と身体が欲しくて……」
言う間にヴェロニクは真っ赤になり、顔を俯かせ、小さな声になって行く。
「はは、無理しないで下さいヴェロニク様、解ってますから」
「……ありがとう。私はウサジのおかげで立ち直れたの。この場所でウサジが誓ってくれた事、本当に、本当に嬉しかった」
誓った事……なんだっけ……そう考えた俺は次の瞬間に青ざめる。
いや忘れてた訳じゃない、忘れてた訳じゃないけど、何となく考えないようにしていた、それは……
―― 貴女を連れ戻してあの世界を完全に救うまで、私は女犯の罪を犯さない事を誓います。どうか私の事も信じて下さい。そしてそれ以上に、貴女自身の事を信じて下さい
そう。俺はちょうどこの場所で、成り行きに任せてその、とんでもない約束をしてしまったのだ。
だけどそれはその、ヴェロニクの暴走を止める為で……今のヴェロニクはあの頃のヴェロニクとは違うでしょ? だったらあの約束、そろそろ終わった事にしてくれないかしら……
実際、喫緊の問題もあるのだ。そうだ。いい加減この事を相談しようと思ってたんだ、今はカリンも居ないしちょうどいい。
「ところでヴェロニク様、ゆうしゃノエラの事なんですが……ご覧になりましたでしょうか……」
ヴェロニクは俺の手を柔らかく握ったまま、優しく微笑む。
「ええ。見ていたわ」
ああ……見ていたのね……あの子がまた俺に迫って来た所。
「あの……私のした事が悪かったのでしょうか、そういうつもりではなかったのですが、今のノエラはとても不安定なのだそうです、本人も自分をコントロールする自信を失っています」
俺がそう言うと、ヴェロニクはやはり、優しそうな顔で、少し困ったように眉をハの字にする。
「あの子のゆうしゃとしての資質は全く問題無いの。どうかウサジが支えてあげて……本当は私が直接導ければいいのだけれど。ごめんなさい」
そうか。ヴェロニクはそう思っているのか。だとしたら……俺は覚悟を決めて、次の言葉を絞り出す。
「正直、一番早いのは、私が彼女の想いに応えてあげる事なのですが……」
「私が立ち直れたのは、ウサジの誓いのおかげよ」
ヴェロニクはそう言って、可愛らしく小首を傾げ、俺を見上げた。
彼女はかつてのように俺の手を強く握る事も、大声を上げる事も、もちろん飛びついて来る事もなかった、ただ柔らかく俺の手を握り、静かに微笑んでいるだけだった。
しかしその微笑みの裏にある感情は断固拒否……誓いを破り、ノエラと一線を越えた戯れ事に及ぶのは許さない。
最近は初めて見た頃の面影が全く無い程清楚で優しく大人しくなったヴェロニクだが、彼女の内に秘めた本質は全く変わっていなかった。
ヴェロニクのこの性質は200年の間とじ込められている間に身に着けた物ではなく、元々の才能、素質だったのだ。
「私、ウサジを信じてる! それから、ウサジを信じる自分の事を頑張って信じる! そしてきっと世界に平和を取り戻すの! ねえウサジ! これからも二人で頑張ろうね!」