0144 明るく楽しく無責任に体を動かす、えっちはボクらのフィットネスだ!
ノエラはなかなか見つからなかった。どこまで行ったんだあいつ、遠くへ連れ出す手間が省けるじゃないか。
なんかね、そろそろ俺達の冒険も終わりが近づいて来たような気がするじゃん? そろそろね、心残りがないようやりたい事はやっておきたいと思うんだ。
しかし、このくらい離れたらちょっとくらい悲鳴を上げられても仲間達には聞こえないんじゃないか? もう十分だよ、どこだノエラは……ああ、居た居た、おあつらえ向きに、柔らかそうな草の生えた岩陰に居るね。ドキドキするなあ。
「ノエラさん!」
「え……ええっ! ウサジさん、どうして……」
俺はノエラが居る岩陰に駆け寄る……周りにはもちろん誰も居ない。
「ラシェルとクレールが、追い掛けるように言ったからです」
「そんな……酷い事を言ったのは僕なのに、なんでそんな、僕、ウサジさんに優しくされる資格なんてありません!」
たちまち涙を溢れさせ、向こうを向いて逃げ出すノエラ、そうは行かないぞ。俺はガッチリとノエラの手首を掴んでいた。
「二人の気持ちを無下にしないで下さい」
「そんなの……無理です……」
「大丈夫。二人には解っています、ノエラさんはいつも二人の事を思っていると」
「……違う!」
ノエラはいきなりこちらに振り返り、俺の空いている方の腕を取った! まずい、これからエッチないたずらをしようとしていたのがバレてたのか!?
「僕はもうウサジさんの事しか考えてない!!」
ノエラはそう叫んで飛び掛って来た! ぐおっ!? ノエラの本気のタックルで俺は5メートルばかり吹き飛びそのまま草の上に押し倒された!
「もう駄目だ、僕のものになってウサジさん!」
ノエラの極太カモメ眉毛が迫る!? 俺は即座に例の呪文を唱える!
「しきそくぜーくうくーそくぜーしき!」
「ひっ……ぐっ……うあっ……うあああ!」
ノエラは身悶え、地面に転げ……回らない!? 呪文が効いてないのではない。効いているけど耐えているのだ!
それでもかなりもがき苦しみながら、ノエラは自分の額に親指を当てると……
―― ベリッ
顔のメイクをシールのように剥がした! ノエラはカモメ眉毛も頬の犬ヒゲも、一瞬のうちに貼ったり剥がしたり出来るよう改良していたのだ!
素顔に戻ったノエラが尚も襲い掛かって来る、まずい、唇で呪文を封じられたら終わりだ!
「御願いウサジさん僕を抱いて、嫌なら僕に抱かれて!!」
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色」
「ひっ、ぐ、あああっ!? ああああ!!」
俺はフルパワーでおはらいを掛ける! ノエラはのたうち回りながらも、尚も俺の首に、襟に手を伸ばし、足を俺の胴に回そうとする、俺はノエラの寝技に抵抗しながらさらに大声で呪文を唱える!
「受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意!」
「うあっ、あっ……くああああ!!」
ノエラの体の下から逃れた俺は、どうにか立ち上がる。ノエラは砂塗れになったまま、転がって嗚咽していたが。
「ふふっ……あは、あははは! ヒッ……ウエッ……ヒあはははは!!」
今度は甲高い声で笑い出した……さすがの俺も恐怖に震える。一体どうしてしまったんだノエラは……ノエラは地面に顔を伏せ、恨めしげにそのあたりの地面に指を立て、握り締める。
「不様だ、不様過ぎる……グスッ……好きな人に無理やり関係を迫って、あはは、何度も断られてるのに懲りずに迫って、ヒヒ、それでも僕はくすぐりの魔法にだって絶対に耐え抜いて、今度こそ想いを遂げるつもりだった! だけどそれにさえ敗れて……笑って下さいウサジさん……惨めで最低な僕を嘲笑い、軽蔑して下さい!!」
「やめなさいノエラさん、貴女はきっと、その、疲れてるだけなんです」
「こんな僕が、こんな僕がゆうしゃになんかなれる訳がないじゃないか……神様の力を借りて、世界の災厄を封印する事なんか出来ない……!」
「ノエラさん貴女はいつも皆の事、いや世界の事を」
「買いかぶるのはもうやめてぐだざい!!」
ノエラは涙と砂でぼろぼろの顔を上げて、普段のキラキラした瞳とは違う、恨めしげな闇の思念に輝く眼で俺を見た。
「ウザジざんは、ごんな女にやざしぐしてはいげなかっだんだ!!」
ノエラは再び俯き、顔をジャージの袖でぐりぐりと拭う。
「……ウサジさんが僕を抱き寄せて額にキスしてくれた時から、僕もう四六時中ウサジさんの事しか考えられないんです、それまでは少しは他の事を考える余裕もあったのに、もう駄目なんです、昔の僕には戻れない……ウサジさんと二人きりで過ごしたあの夜と朝……あの場所に戻りたい……ずっとずっと、あの時間を繰り返したい……永遠に……!」
ようやく顔を上げたノエラはしかし、そのまま砂の上に寝転んでしまう。虚空を見上げるその濁った瞳からは、先程の妖しい輝きは消えていた。
「滑稽でしょう? 僕は口癖のように自分は都合のいい子です、好きな人を束縛しません、そう言っていたけど……それはきっと、深い意識の中では自分の本性を知っていたから、そういう自分を好きな人に知られたくなかったから、そんな風に言ってたんだ……今の僕は……! ウサジが小さなカリンちゃんと並んで寝ている所を想像するだけで、嫉妬の炎に焼かれて絶叫しそうになる……!」
寝返りを打ち、うつ伏せになり頭を抱えて悶絶するノエラ。
正直俺、かなり早い段階で気づいてたんだよね、ノエラのこの重さ。
この子には決して、軽い気持ちで手を出してはいけないと。
ノエラは上半身を起こし、膝を抱えて俯く。
「僕……これからどうしよう」
どうしようと言われても……何とか続けてくれないと困るんだよなあ。
代わりのゆうしゃなんて知らないし。それともどっかにズラかった金髪キザ野郎を探して仲間にするか? ご冗談でしょう。
「貴女はクレールとラシェルにとって、勿論私やジュノンにとって、大切な仲間なんです。貴女がゆうしゃでもゆうしゃでなくてもいい。これからも世界を救う為に一緒に戦いたいという気持ちは変わりません」
「だけど……僕がゆうしゃじゃなかったら、魔王を倒して災厄を封印する事が出来ません」
「ゆうしゃに必要な物は一族の血筋と、優れた能力、それに強い想いだけですよ。ノエラさんは自分に何が足りないとおっしゃるんですか」
ノエラは深く、溜息をつく。
「ごめんなさい。もう一度、僕を仲間に入れてください。もうちょっとだけ頑張ってみます。みんなが期待する僕でいられるように」
とりあえず、ノエラはそう言って立ち上がり、落としたカモメ眉毛と犬ヒゲを拾い上げ、汚れを拭き取って顔に貼り直す。
「良かった。ノエラさんは元気が一番ですよ、どうかこれからも宜しく……」
「だけど僕……本当に自信がないです、いつまで、自分を保てるか……だからさっきも、早く魔王を倒してしまいたいって思ったんです」
俺の背中を、冷や汗が伝う。えっ何この冒険タイムリミットがあったの?