0133 お前は俺に死ねと言うのか!? お前のしている事はそういう事だぞ!
緩やかな上り坂を登り、雲の中を突っ切って行くと、遊園地の入場ゲートのような門が見えて来る。これがヴェロニクの聖域の入り口だ。
「おおウサジ、今日も無事だったかい、何よりだよ」
ゲートをくぐるとカリンがどこからともなく現れて、俺の腕に絡みつく。
「今夜はどうするんだい? 食事をして行くかい? お風呂に入って行くかい? それともアタシを抱いて行くのかい? ふぇふぇ」
俺は諸々無視して用件だけ切り出す。
「ヴェロニク様は神殿ですか?」
「ああ。今日も大忙しさね」
◇◇◇
俺が下界でした事が、意外な成果を挙げていたらしい。
ヴェロニク信仰はヴェロニカだけでなく、王都から周辺の都市へ、大変な勢いで広がっているという。
そしてヴェロニクは連日連夜、その対応に追われている……最近は俺の冒険の方はほとんど見てないんじゃないかね。
「大丈夫です! 相手を思う貴方の気持ちは必ず通じます、信じて続けて下さい、継続が最大の力です、私も貴方を応援します!」
俺が聖域の山の中腹にある、石造りの神殿に歩きついた時も、ヴェロニクはあの世界とこの聖域を繋ぐ神秘の泉に向かって、一生懸命話し込んでいた。
HDDの世界に居た時も思ったけど、この世界と人間世界って、はっきりとじゃないけど微妙に繋がってるみたいね。ヴェロニクの声も直接的なメッセージではなく、何かの力となって信者に届くようだ。
「ウサジ! 今日も来てくれたのね、嬉しい!」
「今参ります」
ヴェロニクはまだ何かのささやき声を発している泉を離れ、こちらに小走りに走って来る。俺も急いでそちらに向かい、彼女の片手にそっと触れる。
「本当に今日も無事でよかった……みんなを救うのはとても素晴らしい事だけど、ウサジもどうか自分の身を大切にしてね、お願いだから無茶はしないでね」
荒野を旅する仲間達には申し訳ないが、俺は夢の中では毎晩楽園で癒されていた。
ていうかここやべーわ、本当は生きている人間が来てはいけない所なんだと思う。だってここに居たら何もしなくていいんだよ、食べる必要も眠る必要もない、仕事も勉強もしなくていい、もうね、わざわざ下界に帰って苦労する意味が解らなくなるじゃん。
聖域に居た子供達も、ヴェロニクが戻ってからは少しずつ現世に転生させて行っている。みんな仲間達に無邪気に手を振って旅立って行くが、俺にはなんだか気の毒に思えてしまう。現世はまだ平和じゃないし、平和だったとしても大変な所だからなあ、ここと比べたら……王女様のマドレーヌですら、あんなに悩みを抱えて生きてたんだもの。
神殿の裏手には見事な庭園が広がっていた。例の沐浴場もその一角にある。
この件ではさんざん照れ倒していたヴェロニクだが、俺が所望すると普通に水浴びにも付き合ってくれた。
例の沐浴着も着てくれた……胸が小さめなのが何だと言うのか。女神ヴェロニクの水着姿は涎が出る程美しかった。
そんなヴェロニクが腰だけを浴布で隠した俺の背中に、柄杓でそっと水を掛けてくれる……何この神様プレイ!? 妙にくすぐったくて気持ちいいんですけど!?
まあ、そんな神々しい雰囲気もすぐにカリンが台無しにしてくれるのだが。
「アタシも手伝うよォ、ふぇふぇ、そーら」
ジュノンも使っていたような昔懐かしい竹筒の水鉄砲で、カリンは俺もヴェロニクも撃ちまくって来る。
「きゃっ、やだカリン、やめて、あはは」
「俺の分はないのかそれ、ずるいぞカリン」
仕方ないので、俺は近くにあった桶でカリンに水を掛け返す……いや、当てるつもりは無かったのだが。
―― ザバーッ!
「ギャッ!?」
たまたまカリンが避けた先に水の塊は飛んで行って、彼女の半纏をずぶ濡れにしてしまった。
「すまん、当てるつもりは」
「ぬふー! やってくれたねウサジ、こうなりゃアタシも本気だよ!」
そう言ってカリンは半纏を脱ぎ出す……
次の瞬間。俺の顔面は多分、蒼白になった。
「カッ……カリン!? その服は一体どうした!?」
「どうって、あの空飛ぶ船の中にあったぞえ。とても良い品物ではないか、沐浴にはぴったりだよ、ふぇふぇ」
カリンは半纏の下に濃紺のスクール水着を着ていた。それも現代では絶滅したと言われている昭和平成期のモデルだ、そして当然のように大きな布ネームが縫い付けてあって、太いマジックでカリンと書かれている。
「お前あの箱に入ったのか!? 待て、待ってくれ、あの箱の事は放っておいてくれ、掃除とか要らないから!」
「そうは行かないよ、あれがここにある以上、掃除をするのはアタシの役目であり趣味なんだ。まだ少ししか出来てないけど追い追いやって行くからね、隅から隅まで、綺麗に掃除してあげるからねぇ。ふぇふぇ」
俺はカリンを捕まえようと手を伸ばすが、カリンはヒョイと避けてしまう。
「話を聞いてくれカリン! あの箱は違うんだ、あれはヴェロニク様の聖域のものじゃない、そしてお前のような子供が中を覗いてはいけないものなんだ、待てカリン!」
「ふぇふぇ、アタシが何年生きていると思ってるんだい、子供扱いするんじゃないよ、ほれほれ、鬼さんこちら」
腰に巻いた布が落ちないよう、手で抑えながら走らなくてはならない俺は、すばしっこいカリンを全く捕まえる事が出来なかった。
「ヴェロニク様! ヴェロニク様からも何かおっしゃって下さい!」
「うふふ、あは、あはは、ごめんなさい、私なんだかおかしくて」
俺が振り返ってそう言っても、ヴェロニクはただ両手で口元を隠して笑うばかりだった。