0122 ありがとう俺のHCS545050GLA380! さようならHCS545050GLA380!
俺は無機質な回廊に居た。武骨な銀色のアルミと黒いプラスチックの内壁、色とりどりのビニール被覆を施された銅線……何だここ? こんなAVあったっけ?
或いはエロゲーの世界かな……でも俺こんなサイバーパンクなエロゲー持ってないよ、趣味じゃないもん、俺は基本的には日常世界にある明るくライトなエッチが好きなのだ。
「ウサジ」
背後から、小さな声がした。
俺は覚悟を決めて振り返る……そこに居たのは勿論……!
「ヴェロニク様!」
ヴェロニクはごく自然な微笑みを浮かべ、少し離れて立っていた。今日のコスプレは……何だろう、神々しさを感じるような素敵なドレスだ、露出は少なく上品だが体の線はしっかり出ていて艶めかしい……だけどこんなの絶対AVに出て来ないよな? 高そうだし脱がしにくいし。
「油断して申し訳ありません。御心配をお掛けしたのではないでしょうか」
俺は頭ではそんな事を考えながら、真面目な顔をして自分からヴェロニクに駆け寄り、その両手を取る。
「ウサジ……やっぱり私には無理よ。世界を救う事は出来ない。だからどうか御願い、もうどこにも行かないで。私だけを見て。私とここで永遠に暮らして」
ヴェロニクが微笑みを浮かべたまま、俺を見上げる……しかし。ヴェロニクの瞳にはかつてのような熱を帯びた濁りはなかった。
「ええ、もちろん。今までよく頑張りましたねヴェロニク様。私のような者で良ければ、永遠にヴェロニク様の側に居ます」
俺は自分から手を伸ばしてヴェロニクの背中に回し、そのほっそりとした体を静かに抱き寄せる。
俺だってね、いつもいつも反省した事をすぐ忘れる訳じゃないの。あんな瓢箪の中に閉じ込められて真っ暗な中でずーっと生きるくらいなら、どう考えたってこっちの方がいいじゃないか。
「嘘」
ヴェロニクは俺の胸に顔を埋め、そう呟く。
「嘘よウサジ……貴方はあの世界を救いたいの。私をあの世界に戻したいの……それを成し遂げないと、私は貴方の女神になれない……」
ヴェロニクは俺の胸から離れ、顔を上げる。
「ありがとうウサジ。私の事を考えてくれて。だけど大丈夫。私、貴方が思ってるより欲張りだったの。貴方の身も心も、夢も願いも、全部欲しいの。私、貴方の女神になるまで、絶対諦めない事に決めたの」
……
良く解らないけど……
じゃあ今はもう、エッチしてくれないんですか!? 俺とエッチする気はなくなっちゃったの? ええええ!? ちょっと待って、俺が何したの、え、ウソ、何で? 何で!?
ヴェロニクは俺の手を握る……しかしその身体は俺の体から離れて行く……ええっ……あああ……胸は大きくない、胸は大きくないけど決して痩せぎすなどではない、露出の少ないドレスを着ていても解る素晴らしいプロポーションが……マジか……
いや、ヴェロニクが言ってるのはそういう事じゃないな。
あと、今はエッチしようにも場所が悪いような。ここは完全に無機質な廊下で、ベッドは勿論、学習机や体操用マットも無い。別に床の上でもいいけどさ、こんな宇宙船の廊下みたいな場所でエッチなコントをする作品なんてあったっけ?
ヴェロニクがまだ俺の顔を見上げてる。
良く考えてみれば、女にあんな事を言われたら普通は男も何か言うよな。えーと、えーと。
「ええ……ああ、ヴェロニク様、今日のドレスは一段と素敵ですね」
「えっ?」
苦し紛れに俺がそう言うと、ヴェロニクは目を丸くして、次に頬を赤らめる。
「ちょ、ちょっと、私すごく真面目な話をしてるのよ、急に茶化さないで! ちゃんと聞いてよう!」
「聞いてます、聞いてますってば」
俺は掴み掛かって来るヴェロニクから離れる。ヴェロニクは追い掛けて来る。
「ヴェロニク様、今日の夢はいつもと違うと思いませんか!? こんなの私のHDDの中にありましたか?」
「話をそらさないで! 待ってよウサジ!」
俺は急に立ち止まる。ヴェロニクは急には止まれず俺の胸に軽くぶつかる。
「ヴェロニク様、あれ……!」
俺は廊下の先を指差す。
「え……なあに?」
「来て! 一緒に!」
俺はヴェロニクの手を握り、廊下の果てに向かって駆け出す。ヴェロニクの靴はヒールが高いように見えたので、ゆっくりね。
長い長い廊下の向こうから、光が溢れる……廊下の果ては口を開けた飛行機の格納庫のように、空へと繋がっている。
俺は一度ヴェロニクの手を離し、開口部から慎重に下を覗いてみる……ヴェロニクはすぐに俺の手を再び握り、一緒について来た。
「うわああ!?」
「きゃっ……!」
それは巨大な浮島だった。輝く空と白い雲に囲まれた大地が、空中に浮かんでいるのだ。島は豊かな森で覆われていて、大きな山もある。空の光を反射してきらめく湖水もある、その畔には建物の姿も……
俺は一瞬、これは結局俺のHDDに入っていた何かのゲームではないかと思ったのだが……違う。
今、俺とヴェロニクが乗っているのは宇宙船などではない。ここは超巨大なHDDの内部なのだ。
今日の夢はHDDに記録されたコンテンツではない、俺達は今、物理的にHDDの中に居て、名前は知らないけどHDDの電源をつなぐとこの穴から外を見ているのだ。
つまりあの島は、このHDDの外にある、このHDDに記録されたコンテンツとは関係の無い世界なのだ。
「行きましょう、ヴェロニク様」
俺は彼女の手を握ったまま振り返る……しかしヴェロニクは泣きそうな顔で後ずさりを始める。
「待って、そんな急に、私まだ心の準備が出来てないもの」
「ヴェロニク様なら空ぐらい飛べますよね? 女神ですもの」
「か、簡単に言わないでそんなの、飛べるけど」
「じゃあ飛びましょう」
俺は両手でヴェロニクの両手を掴む。しかしヴェロニクは尚も抵抗する。
「待って! ほんとに! 御願いもう少し時間をちょうだい、今日の所は戻りましょう、まだ見てないその……エッチなシチュエーション、一杯あるでしょ? 戻って何か見ましょう、あっ、それともいつかの温泉旅館はどう? ウサジもあの場所は気に入ってたでしょ?」
面倒なので、俺はヴェロニクを抱え上げる。
「行きますよヴェロニク様、そーれ!」
「待ってー!」
俺は泣き笑いをしているヴェロニクをお姫様抱っこしたまま、古いHDDのたぶん電源ケーブルを挿すところから、空へと飛び出した。