0119 待てよ? 今の若い奴はルパンダイブって言われてどういう動作か解るか?
辺りが次第に暗くなり、気温がますます下がって来た。さすがにこのままではまずいと思った俺はノエラを起こす。まあ三時間くらいは眠れただろう。
「ええっ!? 僕なんでこんな所で寝てるの!? ごめんなさいウサジさん、ええっ、えっ? これ夢じゃないよね? ウサジさ……ウサジが瓢箪から出て来たのも」
跳ね起きたノエラは少し上気した顔で辺りを見回す。
「まだ寝ぼけてますね? 全然眠り足りないんでしょう、その様子では……だけど寒くなって来ましたから、少し動かないと」
俺はそう言って立ち上がり、ノエラの背中に掛けていたぬののふくを着なおす。
砦はずっと静かだった。元々はそれなりにモンスターだの何だのが居たようだが、ノエラが全部片付けたらしい。ぶっ壊れたゴーレム、泡を吹くクマーモス……何とも不気味な光景である。
「ウサジ……正直に言って。僕、この一週間ゴールドを追う事しか考えてなかったんだ。だからその……臭くなかった? さっき、その」
ノエラが俯きがちにつぶやく。さっきから妙に離れてついて来るのはそのせいか。俺はノエラに近づき、慌てて逃げようとする彼女を抱え頭に鼻を押し付ける。
「ぜんぜん。いい匂いしかしません」
「ウサジ、そんな、えええ、ええっ」
ノエラがそんな風に命懸けでゴールドを追い掛け、瓢箪を奪ってくれなかったら、俺はここに居なかったのだ。
「それで……仲間達もこの砦に向かってるはずなんですね?」
「えっ、ああっ、うん……だから僕達、ここに居た方がいいかも」
砦の下階には炊事場の跡や井戸もあった。薪も使えるようなので、ここなら暖かく過ごせそうだ。
「ここで夜明かしをしましょう。お湯ぐらい沸かしますかね、とりあえず」
俺が鍋に水を移すのを、ノエラはぼんやりと見ていた。
「いいですよ、竈の近くにそのへんの藁束でも敷いて眠りなさい、夜半には代わって貰いますから」
竈には火打石も置いてあったので、俺はそれで火をつけようとしたが。ノエラは慌てて駆け寄って来て、俺と肩を並べて言う。
「火をつける魔法は僕も使えるよ。プチファイア……!」
へえ。チャッカマンみたいな魔法ね。そういやラシェルも使ってたな……つーかクレールでも使ってたような。これ、俺も使えないの?
俺とノエラは何となく、肩を寄せ合ったまま、竈の中の薪に燃え広がって行く炎を見ていた。
「ねえ、お湯が沸いたら僕も少し貰っていい? 顔や身体を拭いて、服も洗いたいし」
「気持ちは解るけど、朝になってからでいいんじゃないんですか? 逃げたゴールドが戻って来ないとも限らないし、眠れるうちに眠っておきなさい」
「あの、ありがとうウサジ、だけど僕、全然眠くないんだ」
チッ眠くないのかよ、じゃあ悪戯出来ないじゃん。
俺はノエラから離れて立ち上がる……ノエラも立ち上がり、辺りを見回す。
「見て、お皿やお椀もあるよ、元々人間の砦だったんだろうね、これ、テーブルに並べてもいいよね? ウサジと僕の分」
「いや……煎り豆と塩パンしか無いですから、そこまでしなくても」
手持ちの食料はそんな物しかない。瓢箪に吸い込まれる直前までは、凄いご馳走があったような気がしたんだが。
「ちゃんと並べた方が美味しく見えるよ、僕にやらせて」
……
俺は鈍感系主人公などというものではない。
どちらかと言えば俺は、好意を寄せられたと勘違いしてストーカー化しヒロインにつきまとい、主人公にワンパン退治されるタイプのモブ悪役だ。
だから、ノエラがお嫁さんごっこを始めた事にはすぐに気づいたのだが。
「ウサジも今着てる服洗濯する? 僕が洗ってあげるよ、あっでも今代わりが無いんだっけ、どこかに代わりの服、ないかな」
しかし女の子からお嫁さんごっこを振られたら、お風呂にする? ご飯にする? それとも私? のおを言われた瞬間にルパンダイブで襲い掛かるだろう俺が、発射台を天に向ける事もせず、静かに苦笑いしてるのは何故なんだろう。
付き人という刺繍の入ったイモジャージ姿とはいえ、ノエラは今俺のお嫁さんのロールプレイをしながら俺に無防備な背中を向けて、小さなテーブルの上に皿とお椀を並べているのに。これ背中から抱きしめてそのまま押し倒して即ハメボンバーしてもOKって意味だよね?
「塩パン、お湯で柔らかくしますか?」
この塩パンというのは俺の世界にあったおしゃれベーカリーで売られていてOLさんが購入してインスタグラムに上げていたような瀟洒な食い物ではない。普通に噛んだら歯が砕けそうな程固い、塩分の強い焼いた小麦の塊だ。
「ウサジに御願いしてもいい?」
ノエラは可愛らしく小首を傾げながら両手を合わせる。
俺は頷いて、もう少し小さな鍋におたまでお湯を移し、一緒に火にかけて、そこに固い塩パンを投入する。ファンタジー世界のインスタント食品って感じだな、これ。
◇◇◇
「ごちそうさまでした!」
元気なノエラが元気にそう言って手を合わせる。ただの保存食なんだが、ちゃんとセッティングして一緒に食べたので、立派なディナーを食べたような気分になれた。
「終わっちゃったね、ご飯」
ノエラはもうずっと微笑んでいる……可愛いなあ。可愛い女の子は微笑んでいたらますます可愛い。でもやっぱり少し泣かせてみたい。
「ねえ、お湯まだたくさんあるよね? 今から洗濯をしてもいい?」
外はもう完全に日が暮れて真っ暗になっている。
「今洗っても干せませんよ、薪はまだたくさんありますし明日でもいいでしょう」
「そっか……」
「貴女一週間ろくに寝てなかったんでしょう? ちゃんと寝たほうがいいですよ」
「ううん、僕は十分に寝たよ、今は寝れないよ」
それにしてはさっきから欠伸ばかりしてるようにも見えるけどな……
俺がそんな事を考えながら皿を集めて井戸の辺りに置いて戻って来た時には、ノエラはテーブルに突っ伏して眠っていた。
やっぱり眠かったんじゃないか、無理しやがって。
俺はノエラを抱き上げて藁束のベッドの方へ連れて行き、そこに横たえる。
さてと……ここならもうどんな邪魔者も現れまい。
長かったなあ、ここまで。
周りのみんなもまだコロコロを読んでいると思い込んでいた、小学生時代。小学生時代!
うっかり入ってしまった男子校でブラック部活に明け暮れていた、中学生時代。中学生時代!
学校行くのやめて自転車でブラブラしてた高校生時代。高校生時代! 気が付けば年齢=彼女居ないは俺だけになってたプー太郎時代! プー太郎時代!
みんなみんな、ありがとう。僕たち、私たちは今、素人童貞を卒業しまぁす!
それじゃ早速、このイモジャージを脱がして……そうは思ったのだが。今日の所はお預けかな……ノエラは自分の臭いを気にしていた。俺は全然ノエラを臭いとは思わなかったが……やっぱり夜這いを掛けられる側だって、身綺麗にしてから夜這いされたいって思うよねー。
俺は、乙女心に理解のある変態なのだ。