0116 小さな女の子に抱き着いても許される、そんな世界線ってあるのかね
俺は溜息をつくしかなかった。それでは彼女に俺を信用しろなんて言えんわ。それから、俺は自分がまだ提灯を持っている事に気づき、慌ててそれを彼女に返す。
「なんだい。アタシから取り上げたんじゃないのかえ」
「持っていてやってるつもりだった、すまん」
この真っ暗な瓢箪の中で、この提灯の灯りはどれだけ心強いだろう。彼女の着ている服はぼろぼろの羽織りだけで、他には何も持ち物があるように見えない。
「じゃあ余計な約束は無しだ。俺はただ、こんな場所で出会った者同士、名前を名乗り合いたいんだ。頼むから名前を教えて欲しい」
しかし彼女は、静かに俯くだけだった……はぁ。まあ俺、女の子に信用された事なんか無かったよな。
「本当にそれだけでいい、教えてくれ」
「……忘れたんだよ」
「……そんな馬鹿な」
「アタシがどれだけここに居たのか、知らないだろう……自分の名前なんてね、忘れちまったよ。おそらく外の世界にももう居ないよ、アタシの名前を知る者は居ない……今の瓢箪の持ち主も、アタシの事は知らないだろう」
俺は息を飲むしかなかった。そんな……それじゃ、この女の子は……!
「もう出られないんだよ、アタシは、永遠に」
彼女がさらに俯いた、その時だった。天頂から一筋の光が差し込んで来て……
『ウサジさん! ウサジさん返事をして!』
光の中から声が降り注ぎ、瓢箪の中に木霊する! ノエラだ! ノエラがこの瓢箪を奪ったのか!
「早く! 早く名前を教えろ、出たらすぐ呼んでやるから、早く!」
俺は狐っ子の両肩を掴んで揺さぶる。
「ほ、本当なんだよ、アタシは思い出せないんだよもう、いいからアンタは返事をしておやりよ!」
『ウサジさん……ウサジー! 御願い返事をして、ウサジー!』
くそっ、ノエラの様子も何かおかしい、戦闘はまだ続いているのか!? 俺はやけくそで狐っ子に抱き着く!
「ひ、ひいっ!?」
「いいからしっかりしがみつけ、絶対に離すな!」
「む、無理だよ、そんなので出られるものか!」
「やってみなきゃわかんねーだろ! 掴まれちゃんと!」
この子は外に出たいんだ。少なくともそれは間違いない。
『ウサジー!!』
俺はしっかりと狐っ子の背中に腕を回し、その細い体を抱きしめたまま答える。
「ノエラー!!」
たちまち、俺の体は凄まじい力で天空に向かって引き寄せられる! 水から引き揚げられた俺の体は宙に浮かび、狐っ子も……やった! 少し浮かんだ、行ける、行けるぞ!
「無理だ、無理だよウサジ!」
抱きしめた狐っ子が耳元で弱々しく呻く。
「無理じゃねえ! 一緒に外に出るんだよ!」
しかし……俺の体は空へと引き揚げられようとしているのに、狐っ子の体はこの陰気な水溜りへと引き戻されようとしている、こんな小さなほっそりとした女の子なのに……! そうりょとは言えレベルは80を越えそろそろ人外の力を身に着けつつあるこの俺が、抱えていられない程重い! 冗談じゃねえ、負けてたまるか!
「お前まで出れなくなるよ! 放せ、放すんだよウサジ!」
「うるせえ抵抗すんな、ここから出るんだお前も、馬鹿、暴れんな! ちゃんとしがみつけ!」
「嫌だよ! 仲間が迎えに来たんだろう、お前は外へ行け!」
「掴まれって言ってんだろ! 手を離すんじゃねえ! おい……やめろ!」
メスガキが……俺の腕から這い出そうともがく!
「ふざけんなメスガキ、ちゃんと掴まんねえと泣かすぞ!」
「離せッ……離せ、お前は外に行けッ……!」
「嫌だ離さない! お前も俺に掴まれ、掴まれーッ!」
だけど。名前も解らなかった狐耳の女の子は、俺の腕を逃れ……あの陰気な水溜りの方へと落ちて行く……
そして次の刹那には、俺の体は渦巻きへと変化し、天頂の瓢箪の出入り口目掛け飛んで行っていた。