0110 本当に食べ放題ですか? ならばお嬢さんを性的な意味でいただきたいのですが
「いやあ、こんな所に立派な町があるなんて」
一度森の方に戻った俺達五人は堂々真正面から何の細工も無しに町へと近づいて行く。トカゲ兵達はこちらを向いて唖然としているが、俺は手まで振ってやる。
「こんにちは! 警備の皆さん!」
「ま……待てっ、何者だお前達ッ……」
トカゲ兵達は俺の10メートル前で槍を交差させる。まあ、警戒してんな。
「怪しい者ではありません、私は旅の僧侶でウサジと申します。これは修行中の弟子達です。この町で一休みさせていただけないかと思いまして」
名前も堂々名乗る。
「とと、とにかくここに居ろ、じ、上司に確認して来るからな!」
トカゲ兵の一人はそう言って、慌ててすっ飛んで行く。こちらは全員、満面の笑顔で見送る。
しばらくして現れたのは……ごく普通の、どこにでも居る人間の老人だった。
「ああ、あの……私がここの町長の……ボントン、と申します……」
町長を名乗る老人は、俺がひのきのぼうに提げている立派な瓢箪をジロジロ見ながらそう言った。
何か少し震えているな。それに町長と言うにはどこかみすぼらしい。上着は良い物を着てるがサイズが合ってないし、その下に着ている服はボロボロだ。
「こんな場所に人間の旅人が来るとは珍しいので、驚きました、ち、近ごろはモンスターも増えましたので、警戒しているのです。田舎町ゆえたいした物はございませんが、どうぞ、寛いで行って下さい」
ボントンはそれだけ言って背中を向けて去って行く。トカゲ兵達は槍を立てて道を開ける。
門を通る間に、俺はちらりとラシェルの顔を見る。ラシェルはすぐに策士顔で近づいて来る。
「今のも変身した魔族だと思いますか?」
「某は魔族に協力している本物の人間だと考えます」
「メーラのようにですか? しかし何故」
「勿論何か訳があるのでしょう、御用心ください我が君」
町の中には異様な空気が流れていた。歩いているのはごく普通の人間ばかりなのだが……誰もが何となく粗末な身なりをしている。そして俺達の存在に気づかないようなふりをしながら、チラチラこちらを見て来る。
お、結構可愛い娘も居るぞ、あの子だけ少しいい服を着ているな……露出も多めでグッドだ。それでは早速話し掛けてみましょう。
「こんにちは。我々は旅の者なのですが、この辺りで食べ物を買える所はありませんか」
「は、はいっ!? たた、食べ物ですか!?」
彼女は慌てて周りを見回す。何だろう。誰かに伺いを立てている感じ?
「わ、私が務めている酒場があります……よろしければ、ご案内します……」
彼女について行くと、その先には石造りの教会のような建物があった。ていうかこれ教会だろ、恐らく元の小さな村だった頃からあるやつだ。
「どうぞ……」
しかし両開きの扉の向こうは酒場のように改造されていた。長いテーブルが何本か置かれていてその周りには椅子が乱雑に並べてある。テーブルの上には肉や酒、パンに果物を乗せた皿や駕籠がある。
「ああ、これは凄いご馳走ですね。私達は今食べる分とお弁当にする分が欲しいのですが……お嬢さん、このパンはおいくらですか?」
「あ、あの……この店は食べ放題なんです、どうかお好きな物をお召し上がり下さい、お持ち帰りもご自由に」
「なんと豪勢な。しかしそれで一人おいくらなのですか」
「い、いいえっ、お代はいりません!」
「ええっ? そんな訳には行きませんよ、それでは何もいただけません」
娘さんはすっかりパニックに陥っている。俺そんな難しい事聞いた?
「他にお店の方はおられないのですか? そもそもお店の御主人はどちらに」
「ごっ、ご主人は……店の主は出掛けております!」
「厨房にどなたか居ませんか」
「誰も居ません!! 厨房には誰も居ません!」
俺が厨房へ向かおうとすると、娘さんは慌てて俺と厨房の間に駆け込んで来て、腕を広げ立ち塞がる。
外に居る人々はみんな痩せていた。少なくとも毎日こんなご馳走を食べさせて貰っているようには見えない、まあこのご馳走は鬼共が、魔族兵達が食べる為の物なのだろう。
それでこの娘さんを含め、町の人間達は何をしているのか? 魔族共に言われて何かの手伝いを強要されているのか。
「そうですか……解りました。では皆さん、遠慮なくいただく事にしましょう。ああでも修行の妨げとなりますから、お酒は控えめに」
俺はそう言って、大きな骨付きのローストチキンを一つ手に取る。
「大丈夫なのウサジさん? そんなの食べて」
クレールが近づいて来て囁く。連中も俺達がいきなり、それもこんな形で現れるとは思っていなかったはずである。そんな急に、後で自分達が食べる物に毒を盛れるとは思えない。
「まだ少し温かいですよ、美味しそうですね」
俺はこれ見よがしにローストチキンにかぶりつく。
「あーっ、これは美味い! こんな所で! こんなご馳走をいただけるなんて!」
先程から漂って来る、外壁の板窓の向こうや、調理場のカーテンの向こうからの殺気が、ますます高まる。
ノエラ達も遠慮がちに、パンや果物を取って口に運び始める。
「お弁当にする分もいただきましょうか! ジュノンさん」
「は、はい! お任せください」
ジュノンも遠慮をしていたのか、いつものように言われる前でなく、言われてからやって来て折詰を取り出し、揚げ芋や肉団子を取り箸で詰めて行く。
「ああ皆さん、私は控えめにとは言ったけど、飲むなとは言ってませんよ? お嬢さん、ワインの瓶はどれでしょう?」
俺は壁際で震えている娘さんに声を掛ける。この子はいつもここで魔族兵共の給仕をさせられているのだろうか。
「はいっ!? た、ただいまお注ぎ致します!」
娘さんは慌てて瓶を手に小走りに駆けて来る。
俺は彼女の腕をそっと掴み、囁く。
「ゴールドさんはどこですか?」
「ひっ……!?」
ああ。この質問はちょっと刺激が強過ぎただろうか。たちまち娘さんは身を強張らせ、目を閉じる。その目尻からは大粒の涙がこぼれる……
「おっ、お金はありません、本当に無いんです、だけどお金以外なら何でも差し上げます、ですからどうか殺さないで下さい!」
「そういう意味じゃありません、貴女私を何だと思ってたんですか!?」
俺は思わず、大声を上げてしまった。