0106 そして俺のエクスカリバーも、ようやく落ち着きを取り戻したのである まる
俺はベッドの上で目を覚ます……病室だなこれは。俺は怪我もしてないのに両手足にギブスをつけられている。AV用の小道具なので本物ではないが。
ああ、誰かが外の廊下を走って来るようだ。もしかしてミニスカナースかしら。
「ウサジ!」
残念、女医さんでした。スカートはわりと短いけどね。黒いスーツの上から白衣を羽織り、胸には聴診器を下げている。
「ウサジぃぃ!!」
うわっ、今日のヴェロニクはいきなり抱きついて来た! どど、どうした? 最近あまりこういう事は無かったんだけど……
そこでようやく俺は思い出す。そうだ俺、基本的には24時間ヴェロニクに監視されてるんだった。最近だいぶ大人しくなったんで忘れてたけど……見てたのか? ヴェロニクはちんこ丸出しでシルバーに迫る俺を見ていたのか!? よりにもよって魔族の女相手に欲情する俺を……
「ウサジ……ウサジ……」
背中をガッチリと押さえ、さらに俺の首に掴みかかるその指に、力が篭る……ああ……ああああ……これ、病んでる時のヴェロニクの雰囲気だ……!
ヴェロニクが、顔を上げた。
「危なかったわ……何ていう危ない事をしたのよ、あとちょっとで! あとちょっとでウサジまであの瓢箪の中に閉じ込められちゃう所だったじゃない!」
「えっ……?」
「私をまた独りにするつもり? 嫌……イヤ……ウサジ……ウサジ……」
良かった。ヴェロニクが言っているのは、あと少しで俺まであの瓢箪に閉じ込められる所だったという事だ。そうなったら魔族共が気まぐれを起こさない限り俺は瓢箪から出られず、ヴェロニクにも会えなくなっていたのかもしれない。良かったー。シルバーの件じゃないのか。
いや……良くない。ヴェロニクの様子は普通じゃない。
「もういい、私もうウサジが居れば何も要らない、ウサジだけでいい、お願いもうずっとここに居て、どこにも行かないで……永遠に……私、永遠に、ウサジにだけ尽くすから!」
延々じゃないよ、永遠にね。うわああ!? 俺は怪我人の真似事をさせられていて動けないのだ!
このビデオの筋書きはこうだ。ギブスのせいで自力で性欲を処理出来なくなった男は、いつも決まった看護婦さんにお願いして処理してもらっていた。しかしその看護婦さんがまとまった休みを取ってモルジブに行ってしまった。
男の相談を受けた真面目で優しい女医さんは、自分が代わりに処理をする覚悟を決める。しかし、いつもエロ本を見せながら適当に処理してた手馴れた看護婦さんと違い、世間知らずのお嬢様な女医さんは、次第に要求をエスカレートさせる男の言いなりになり……
「違います! 私は怪我なんかしてません、やめなさい! やめなさいヴェロニク先生!」
俺はギブスから手足を引き抜こうと死に物狂いでもがく! やべえよ! やべえって!
「お願いウサジ! 貴方だけでいい、他には何もいらない! わかって、お願い、もうどこにも行かないでここで私と暮らして、受け入れて! 私を受け入れて!」
ヴェロニクは俺の胴体に身体を、足を絡ませ、首に、頬に、指を這わせる! その妙に艶めかしい動きに、俺の宝刀が反応する……
やめろエクスカリバー! 鎮まれ俺のエクスカリバー!
だけどこいつは本当に俺の言う事なんか一つもきかねえ、俺の体の一部のくせに何かと言えば敵に回る、恩も恥も知らない奴なのだ。
畜生……肛門でさえ辛い時も苦しい時も、俺という仲間の為必死に戦ってくれるというのになあ。
「お願い……ずっとここに居て……永遠に……私と二人、永遠にここで暮らしましょう? いいえ、そうなるの、そうなるのよ、今から」
ヴェロニクは俺の身体に跨ったまま、白衣を、そしてスーツのジャケットを脱ぎ出す……そんな……終わりか? ここまで来たのにもう終わりなのか……? ヴェロニクは、ゆっくりと俺の胸に顔を埋め……深い溜息を吐く。
あれ? ちょっと雰囲気が変わった……?
「これが……これが私の本性なのよ……私、本当は女神なんかじゃないのよ、女神って、女神って、普通はいつも世界の平和とか、ガソリン価格の安定とか、みんなの幸せの事を考えてる存在の事を言うんでしょう? だったら……私に女神を名乗る資格なんてあるわけないじゃない……!」
ヴェロニクはそう言って嗚咽する……涙がじわじわと、俺の胸に染みて来る。
俺は柄にもなくずっと黙っていた。そろそろ何か言ってやらなきゃと思うんだが、何と言ったものか。言っても俺ね、全肯定するくらいしか能が無いのよね。頑張れとかしっかりしろとか言うの、あんま好きじゃないし。
「解りました。もうやめましょう」
俺は抵抗をやめ、力を抜いて大の字に寝そべる。
「どうぞお望み通りに。私は貴女の物です。二百年もの間頑張って来たのですからもう十分ですよ、よく頑張りましたね」
しばらく、ヴェロニクは何も言わなかった。俺も何も言わない。
病室のカーテンの隙間からは優しい光が差し込んでいる。窓を開けたら、いい風が入って来そうだな……
「体だけなんて嫌。私はウサジの全部が欲しいの。身も心も、ウサジの全てが欲しいの。私、貴方の女神になりたい……絶対になりたいの……」
「おかしいですよヴェロニク様、私の心はもう貴女の物ですし、貴女は私の女神、ヴェロニク様ですよ」
「うそつき。そんなの心を覗かなくたってわかるもん」
窓が音もなくスルスルと開く……覗いてるじゃん、心。ああ。カーテンをはためかせて、心地よい新鮮な風が入って来た。いや、これは心を覗いたのではなく、気持ちを察したのかもしれない。
ヴェロニクは俺の体にぴったりと抱きついたまま、時折鼻を鳴らしていた。俺は手足全部にギブスがついてて何も出来ません。一個でも取れたら、残りも取れるんだけどなあ。
ねえ、ちょっとこれ取ってよ、俺の女神様。今すげー鼻の頭がかゆいの。聞いてます? 取ってくれないならせめて、ちょっと掻いてくれませんかね? 鼻の頭。
おーい。女神さまぁ。女神さま? 変なところで頑固なのね。仕方ない、口に出したら負けな気がするし、俺も黙っているとしよう。