0105 俺もスマホ持ってくれば良かったわ、風呂で堂々録画してても解んねえだろうに
蓋をとった瓢箪を手に持ち、相手の名前を呼ぶ。呼ぶのは相手の本名でなくてはならない。そして呼ばれた者が返事をしたら、瓢箪はそいつを吸い込んで閉じ込めてしまう。
閉じ込めた相手を外に吸い出すのは簡単だ。今度は瓢箪の中に向かって名前を呼ぶのだ、その者が返事をすれば、瓢箪はそいつを吐き出す。
この瓢箪は、そんな代物らしい。
ラシェルを追い出し、体を拭いて服を着た俺は温泉小屋の前の道に戻る。次はノエラを呼び戻すか。
「ごめんなさああい! 僕が最初に考えもなしにクレールの名前を呼んだから!」
「しょうがないでしょう、こんなの予想出来ませんよ」
次にジュノンを。
「あの納屋の道具、どれも長年使われてませんでした……変だなと思ったのにお伝えするタイミングが無くて」
「構わないから、次からは思った瞬間に言いなさい」
最後にクレールを呼び戻す。まあ、吸われた順番の逆順にね。
「うわああん許してウサジさん、敵が私に化けて皆を騙したなんてええ」
「無事で良かったですし一つも貴女のせいじゃありません」
それから俺は瓢箪に蓋をする。
「この中には今ジュノンをこんな姿にした犯人、アスタロウも閉じ込めてあります……すぐにでも呼び戻して、ジュノンを元に戻す方法を吐かせないといけません、何なら拷問に掛けてでも。だけどこいつは空を飛ぶので、呼び戻すなら狭い屋内でないと」
しかしジュノンは言う。
「待って下さい、そんな危険な魔族の封印を性急に解く必要はありません、なんなら魔王を倒してからで結構です、それに拷問だなんて」
「拷問は言い過ぎました、手荒な事はしませんよ、よく効く自白剤がありますから」
「ぼ……僕なんかの為にそんな物騒な物まで使わないで下さい、御願いします、僕の事情は後回しでいいですから!」
女共はそんなジュノンを献身的だと褒め称えるが、俺には何か他の理由があるように思えてならない。
それから、この村の事はもう少し調査する事になった。アスタロウもシルバーも居たのだ、魔族共がここを利用していたのは間違いない、痕跡を探る必要があるだろう。しかしそこで、ラシェルが控え目に手を上げる。
「あの……私もお風呂に入らせていただく訳には行きませんか? 先程湯船に落ちた後、体が冷えて来まして……ヘクシッ」
「お風呂?」「そんなのあるの?」
「ああ。じゃあ三人で入って来たらどうですか」
「きゃー! 何これ、もしかしてここ天国なんじゃないの!?」
「綺麗なお湯がいくらでも出て来る! 三人で入れるなんて素敵ー!」
「ウサジさんも入ってたお風呂ですよ、お肌に効きますよーきっと!」
小屋には俺の世界で言うスーパー銭湯の館内着のような物まであった。ジュノンは作業着のようなその服を着て、俺を含めたパーティ全員の服を表のお湯で洗濯し始めた。
「ウサジさんもー! 一緒に入りましょうよー」
「散々入ったから結構ですよ! 外は見張っているからゆっくり温もりなさい」
「ジュノン君はいいのー?」
「僕、女の人と一緒は恥ずかしいです……」
しばらくして温泉小屋から出て来た三人は、新しいブサメイクを描き直していた。しまった……あいつら風呂の中ではイモジャージも着てないしブサメイクも落としていたのか!
久々に元の三人の顔を見るチャンスだったのに、なんという不覚……やっぱり今日の俺、寝不足なんだな。トホホ。
村の建物はほとんどが見たままの廃屋だったが、そのうちのいくつかには最近アジトとして使われたような形跡があった。だが残念ながら魔族も、魔王の居場所を示した地図を置き忘れて行く程お人好しではなかったようだ。
「たいした物は見つかりませんでしたね……このまま当てもなく荒野を彷徨うのは効率が良くない。私に一つだけ、アイデアがあります」
だけど、それを今やるのはしんどい。
「その前に少し私を休ませてはいただけませんか。怪我の治療は済んではいるのですが、今日は疲れておりまして」
「そうだよね……ウサジさん一人で変身する魔族と空飛ぶ魔族を倒したんでしょ? 休んだらいいよ」
「じゃあちょっとここで仮眠させて下さい。貴女達も可能なら交代で仮眠を取るといいと思います、今夜も少し、夜の移動になるかもしれません」
俺は上の家に置いて来た自分のリュックと、そこに置いてある毛布を取りに行こうかと思ったが、荷物はジュノンが既に温泉小屋の方に持って来ていて、急ごしらえの寝床には新しいシーツが掛けられていた。もういい。驚いたら負けだ。
今度こそ、ヴェロニクに会いに行こう。