0102 実際の混浴露天風呂に若い女なんか居ないよな。それが現実……真理……
辺りはまた静かになる。山からは小鳥の声も聞こえて来る……平和だな。
「魔族兵は、ここを通ったんですよね?」
「でもお婆さんは見てないって言ってるよ、ラシェル」
「ノエラさんは見た物を見たまま信じ過ぎですよ」
「あっ、また僕の事バカだと思ってるでしょ」
ジュノンは小道具係の血が騒ぐのだろうか、ずっと周りの道具を調べている。
俺は座っていた縁側から立ち上がり、庭に出てみる。
嫌に静かだ、本当に。ちょっと周りの様子を見に行こうか?
しかしクレールはそのタイミングで裏山から戻って来た。山菜の入った駕籠を両手で抱えている……駕籠には立派な瓢箪も一つ載っている。
「あれ? お婆さんは?」
「下に温泉があるから、この山菜を先に洗っておいて欲しいんだって」
俺達はクレールに続いて村の道を降りて行く。すると確かに、婆さんの家から50メートル程下った所に小屋があり、その前に設置された古い大きな水桶には、豊富に湧き出すお湯が掛け流しになっている……これはしかし、野菜や皿を洗う用の温泉だな。
「雑用はお任せ下さい」
ジュノンは素早くクレールが持つ山菜の駕籠を取る。クレールは駕籠から瓢箪を取る。
「ありがとう、でもこれは洗わないでね」
「何です? それは」
「あっ、えーと、解らないけどお婆さんの薬草入れだって」
一方、ノエラは慌ててジュノンに近づく。
「待ってジュノン、そういうのは僕がやるから、付き人の仕事だから」
「御願いしますノエラさん、僕はこういう事しか出来ませんから」
この世界の連中は露天風呂とか興味無いのかな……俺がそう思った瞬間、ラシェルが俺の手を捕んで囁く。
「ちょっと向こうに行ってみませんか? ウサジさん」
ラシェルはそのまま静かに俺の手を引き、小屋の脇の方へと回って行く……こんな時普段の俺ならすぐ手を振り払っていたかもしれないが、今の俺はこの村の静けさと睡眠不足のせいで眠過ぎて朦朧としていた。
小屋の戸口には錆びた南京錠のような物がついていて開かない。しかし小屋の向こうには、ちゃんと野性味あふれる岩風呂があるではないか。
「へえ……こんな物が都合よくあるとは」
俺は近づいて湯に触れてみる……少し熱いかな。ああ、源泉の注ぎ口がすぐ近くにあるから、ここから離れた所は適温になってるかも。
策士顔のラシェルが顔を近づけ、小声で囁く。
「ウサジさん先日お風呂入りそびれてましたよね、ここで頂いてはどうですか」
そうだなあ。普段の俺ならこんな事は思いつかないが、今日の俺は少し疲れている。それに俺の心は日本人のままなのだ。たまには手拭いで体を拭くだけではなく、こんな湯船に思い切り浸かってみたい。
「ラシェルさん、御願いしたい事が」
「勿論です! ただ今お召し物を頂戴致します、その後は湯船に御一緒させて頂きまして御体を隅々まで清め」
俺はたちまち頬を染め眼鏡を曇らせて迫り来るラシェルをひのきのぼうで押し退ける。
「違いますッ……私は一人で入りたいので、誰もここに近づかないよう見張っていて下さい、ジュノンも駄目ですよ? あの地元民のお婆さんが来たら、仕方ないですが」
酷く勝手な話だが、俺は一人で露天風呂に浸かる。こんな人里離れた魔族の支配地のような場所で、大胆不敵な話だ……だけどこの魅力には俺の股間の32ポンド砲も贖えないわ……いや、今はこいつの事は思い出したくない。
あんまり考えた事なかったけど、この世界にも四季はあるんだろうか。夜は焚き火が恋しい程寒い事もあるし、昼は扇いで欲しい程暑い時もあるが、毎日の気温は概ね快適で過ごしやすい。
俺はあまり自然に興味が無いので、山を見てもこれが春なのか秋なのかもよく解らん。食べ物の旬とかも考えた事ないしな。
少し熱いくらいの湯が、不健康な体に染みわたる……これなら一晩の睡眠の代わりになるかもしれない。やれやれ。
……
どうもさっきから何か、腑に落ちない事があるんだよな。
―― ガシャシャ。ギチギチ
ん? 小屋の扉の方で妙な音がする。誰かがあの錆びた錠前を開けている?
「駄目です、そっちは! ああっ、ササジさん! ササジさん逃げてくだ」
そしてラシェルの叫び声? ササジ? 何だそれは。
「どうしたんですかラシェルさん? どこへ行かれるんですか、あの」
それからジュノンの声が……だんだん近づいて来る。
「あの、ササジさん……キャッ!? ごめんなさい! 裸になられてるとは知らなくて!」
小屋の中から現れたジュノンはそう言って手で目を覆う。
俺は湯船から立ち上がり、ジュノンの方へ歩いて行く。当然だが俺は腰に手拭いを巻いたりしないし、股間を隠したりしない。
「だけどあの、今ラシェルさんが急に何かに驚いて、向こうに走って行ってしまったんです、どうしましょう、ササジさん」
俺のちんちんから目を逸らしながら、ジュノンは何か言っている。俺は手を伸ばし、その肩を掴む。
「本物のジュノンを何処へやった? 答えろババァ」