0101 ハンカチならまだいいけど、ティッシュ差し出されたらマジ死ぬわ、俺
「ウサジさんよく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで」
翌朝、俺達は魔族兵達の仮野営の跡から、森の奥の廃村の方へと歩き出して行く。ここからはラガーリン達の先導はないし、心して掛からないと。
しかし。俺の体調は最悪だった。
寝不足は勿論辛いがそれ以上に大きいのは精神的ショックである。俺は生まれて初めて、自分のちんこに裏切られたのだ。
本当じゃないよね、ジョー?
ごめんよ坊や、残念だけどそうなんだ。
ああっ!? 頭を抱えて蹲りたい、人目も憚らず泣き喚きたい、だけどそんな事は絶対に出来ない。それどころか、俺にはどんな感情も表に出す事が許されていない。
問題の原因の根源の大元である、ジュノンがずっと俺の様子を伺っているのだ。このエッチなド○えもんは何かあればいつでも道具を、ひみつ道具を取り出そうとずっと様子を見てるのだ。俺が涙の一粒でもこぼそうもんなら、その瞬間ハンカチを手に忍び寄って来るだろう。
「見えて来たよ、あれがラガーリン達が言ってた放棄された村だよきっと」
それは山間に位置する小さな村だった。森が拓けた場所にあり、中央を小川が流れていて……見た目はなかなか平和そうに見える。
しかし村の周りにあったであろう畑や牧草地などは、全て鬱蒼と繁る背の高い草むらに変わっていた。
見た感じ、人の気配は無い……ノエラが俺の横に進み出て来て言う。
「どうしますウサジさん? 一度僕が一人で見て来てもいいですか?」
「いや、もう全員で行きましょう、ここまで来たらやる事は一緒です。ラシェルさん、一応防御魔法の準備をしておいて下さい、まだ掛けなくてもいいですから」
村の中心通りも、ほとんどが草に覆われつつある。木造の建物は壁や屋根の多くが倒壊していて、近づくのも危険そうだ。
しかしその中に一軒だけ、どこかが壊れた様子もなく、周りの雑草も刈り取られている家がある。
「誰か住んでるのかしら?」
「ちょっと、危ないよクレール!」
平らな鋤を担いだクレールはノエラが止めるのも聞かず、建物の入り口の方に向かう。そこへ。
「ヒエッ!?」
「きゃ……ごめんなさい!」
腰の曲がった老婆と思われる人物が中から現れ、クレールと鉢合わせてしまい、驚いて後ろに転びそうになる。
「ひゃー、驚いた、こんな所にお客さんかい」
間一髪、転倒しそうな所をクレールに支えられた老婆は、俺達を見回してそう言った。
「10年も前かねえ……ここは人が少なくなり過ぎたと言ってね。残りの村人は皆引っ越して行ってしまって」
老婆は俺達を家の中に招待してくれた。中は色々な道具が雑然と置かれた納屋のような場所だったが、婆さんが一人で住むなら十分な広さと言える。
「あたしゃ、今さら新しい場所で暮らしたいとは思わなくてね」
「そうなんだ……でも、この辺りにもモンスターは居るでしょう? 危ないよ」
「この辺りにゃモンスターなんかほとんど居ないさ、たまに居たって婆さん一人、わざわざ襲ってなんか来ないんだよ」
老婆はそう言って笑う……確かに川のこちら側ではまだ怪物には会ってないんだよな……俺はそれをジュノンが撒いている虫除けのせいかと思っていたのだが……この世界のモンスターが魔族が作ってどこからか運んで来る物だとしたら、人間の居ない所には、わざわざモンスターを放したりしないというのも辻褄は合う。
「お婆さん、最近ここで魔族兵の集団を見ませんでしたか?」
「魔族兵? なんだいそれは」
「ええと……赤い肌で角を生やした、鬼みたいな人達です」
「アハハハ、そんなもの見た事もないよ」
それから、ノエラやラシェルが婆さんと話をして何か情報を得ようとするのだが……まるで手応えが無い。ここは本当にただの過疎化でパンクした廃村で、この人はただの変わり者の婆さんなのか?
「そうだ、せっかく来て下さったんだ、この村自慢の山菜汁を食べて行かんかね。昔は毎年この時期に作ってたんだが、一人暮らしじゃ食べきれなくてねぇ」
「わあ! いいんですかお婆さん!」
「勿論だよ、あんた達はここで待っていておくれ、今人数分の山菜を採って来るから」
婆さんはそう言って、小さな鎌を手に庭に出て行く。
「えっ、今から採るの? じゃあ私が手伝ってあげるよ!」
「そうかい? 悪いねえ、でも、すぐそこだよ」
クレールは平鋤を手に老婆について行く。
「ところで、何であんた年寄りみたいな化粧をしてるんだい?」
「おかしい? 都で流行ってるのよ」
流行ってるわけねえだろ都はどんな地獄だよ、全く。




