07
「緊張するわね・・・。」
あれから1週間。いよいよアベーユ卿と会う日となった。これまで、夜会などでは顔を合わせていたものの、昼間に個人的に会うのは初めてである。鏡から見返してくる顔は、いつもとは違い不安げで、心臓はすでにどきどきとしている。この調子で保つのか、自分でも不安である。
今日は、形式張った顔合わせの場ではなく、二人でお出かけでも、ということになった。叔母が決めたことなのだが、わたし達はお互いのことをそこそこ知っているため、改めて席を設けると逆に気まずいだろうということらしい。最近王都にできたばかりの植物園が行き先なのだが、これは先方の提案らしい。
「よし、と。」
姿見の前で全身をチェックする。今日の服装は、若草色のワンピースだ。それに、白い帽子を合わせている。装飾はシンプルで、胸元の濃い緑色のリボンと、裾や袖、襟にあしらわれたレースのみだ。未婚の令嬢としてはシンプルすぎるかも知れない。しかし、わたしの性分としては、フリルなどで飾り立てたものは落ち着かないので、これくらいでちょうど良い。加えて、このワンピースには大切なポイントがある。
「やっぱり、これだけでも十分ね。」
そう、これは我が領のレースをあしらったワンピースなのだ。シルクほどの繊細さはないが、繊維が太い分、模様が分かりやすい。今日のワンピースのレースは、幾何学模様の中に、大小様々な花模様があしらわれている。余計な装飾をつけなくても、これだけで可愛らしく、存在感がある。パフスリーブ部分は全面レースだが、いやらしくなく可愛らしい。落ち着いた可愛らしさなので、わたし好みでもある。襟ぐりは、下地が上手く透けており、模様がはっきり表れている。
素朴な雰囲気のワンピースは、侯爵家の令嬢には、そぐわないのかもしれない。しかし、このレースのコンセプトは「安価におしゃれを」だ。これまでの化粧品や美容品は、高くても品質のよいものを、というコンセプトのものと、安価で手に入れやすい、というコンセプトものの2層で売り出してきた。今回のレースは、貴族女性には受けが悪いかも知れないが、庶民にも手に取りやすいものを、と考えて売り出してきた。まあ、貴族のご婦人の中にも、この風合いがいいと気に入って下さり、衣裳には使わなくても小物に使って楽しんで下さる方はいる。クッションや膝掛けなど、身の周りの品に装飾としてつけるのもいいかもしれない。
様々考えれば切りが無いが、とにかく、今回はアベーユ卿に自領の製品を見てもらおうという魂胆だ。興味をもってもらえれば、なにかしら、事業提携ができるかも知れない。
また、この装いが気にくわないようであればそれまで、というのもある。相手を試すような真似はしたくないのだが、わたしは自分の性分を変えられないし、それに不満をもつような相手では、上手く立ちいかないだろう。もちろん、早く結婚相手を見つけたいのは山々であるが、これはわたしの譲れないところだった。・・・こういうところは、可愛げがないと自分でも思うが。
「お嬢様、お出かけの時間です。」
「今行くわ。」
リリーがわたしを呼んだ。彼女はわたしのレディーメイドであり、今回の『お出かけ』について来てくれることになっている。
「不安しかない・・・。」
「弱気なお嬢様なんて、珍しいですね。」
くすくすと笑うリリーにむくれて見せると、にっこりと笑みを返された。わたしが幼い頃から使えてくれる、7歳年上の彼女には、本当に適わない。姉のような、友人のような存在だ。
ふと、首筋に熱い視線を感じる。・・・振り返りそうになるのを、ぐっと堪えた。
振り返らずとも、視線の主は分かっている。振り返りたくて堪らないが、今ここで振り返れば、わたしはまた妹の側に居たくなってしまう。それでは駄目なのだ。
つい、昔のことを思い出す。身体の弱い妹は、あまり外出をすることがなかった。何かの用事で出掛けようとするわたしのことを、口をひき結んで、何も言わずに見つめている姿を何度目にしただろう。
おそらく、寂しくて引き留めたいのを口には出せなかったのだろう。そんなところがいじましく、可愛らしかった。
その視線を感じるといつも、すぐに彼女に駆け寄った。どうしても外せない用事であれば、どこに何をしに行くのかをきちんと伝えた。そうすればいい聡い妹は安心し、気持ちよく送り出してくれる。外しても構わない用事であれば、出掛けるのをやめてしまったこともしばしばある。
姉馬鹿が過ぎると思われるかもしれないが、どうにかなる事柄で外出するよりは、可愛い妹とともに過ごしたいというのは当然である。なにせベルは、本当に可愛いのだ。
見た目はもちろんだが、何よりまっすぐにわたしのことを慕ってくれる様には、胸を打たれずにはいられない。思いやり深く、わたしが外出をやめにしてしまった時など、本当に大丈夫かと心配してくれていた。加えて、わがままを言ってしまったのではないかとひどく気にしまう。そうなるとこちらも具合が悪いので、問題ないということを説明した。
我が家と特に親しくもない伯爵家令息の誕生パーティーだとか、例年春に、特に意味もなく大人数が集められる王城主催のティーパーティなどだ。前者のような場合、本当に行く義理はなかったと思う。後者については、もともと自由参加の上、とにかく出席者が多いのでわたし1人くらい行かなくても問題ない。わたしは嫡子ではないから、挨拶をするのは父と弟だけで充分なのである。そんな風に、3回に1回は外出を取りやめてしまうわたしに対して、父は仕方がないなあと言ったように笑い、弟は呆れていた。
・・・駄目だ、思考ばかりは歯止めが効かない。どうしても、ベルのことばかり考えてしまう。結局わたしはどんな風に振る舞おうと、姉馬鹿であることは変えられないのだろう。しかし、それを理由に正しい行動を取らないのは別である。
思考と視線をなんとか頭から追いやる。後ろ髪を引かれる思いのまま、外面だけは平然としつつ、玄関を出て馬車へ乗り込んだ。
デートまで書くつもりだったのですが、なんかはいりませんでした。
お姉ちゃんの愛が重い・・・。