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はじめの部分が丸々抜けていたため、加筆しました…
あれから数日。執務や社交で忙しい日々の中、妹と顔を合わせるのは食事の時のみ。妹と過ごせる貴重な時間だったはずなのに、以前とは違い、今では食事の時間をずらされたり、時間が合っても会話がなかったりという状況だ。
可愛い妹にそういった態度を取られるのは正直、とても堪える。しかし、こうなることは薄々分かっていた上で叔母に依頼をしたのだ、仕方がない。
忙しくしていると、妹と直接会わず、自分のことを考える時間も自ずと限られてくる。それで逆に、妹とのことを客観的に捉えることができるようになってきた。
体の弱い妹の世界は、とても狭い。普段は家族や家庭教師、使用人としか関わりがない。他の若い令嬢とは違い、友人と手紙のやりとりをしたり、茶会で恋の話を咲かせたりということはもちろんないし、夜会で運命の相手に心をときめかせることもないのだ。
そうなると、やはり家族に依存的になってしまうのも頷ける。さらに、妹のことが可愛くて仕方ないわたしが甘やかした。そう、わたしも盲目的だったのだ。
妹のことを考えれば、もっと他のことに目を向ける機会を作るべきだった。わたしが寄宿学校に行っていた時期が好機だったのだろうが、妹可愛さに、3日に一度は手紙を書き、体調を崩したと聞けば申請をして、週末には実家に戻ってきていた。このあたりは、侯爵家の特権を濫用したと言われても仕方がないかもしれない。
こんなことでは、妹にあのような態度を取らせても仕方がない。おそらく、変化に慣れていない妹は、わたしが離れていくことを思って不安定になってしまったのだ。そこをフォローし切れなかったのはわたしの落ち度であり、様々準備不足であったことは否めない。姉として、至らなすぎる。
こう整理してみると、荒療治かもしれないが、とにかくわたしが早く結婚でもなんでもして、妹離れをするしかない。そうでないと妹が外に目をやる機会が訪れないだろう。それに、ベルが将来のことを考えるにも、姉が嫁いでいないのに妹の輿入れ先を、というのは順番が違う。
ベルの幸せを思えばこそ、離れがたい気持ちには蓋をしなければならないのだ。・・・距離ができたからこそ思い至れたことを考えれば、気は重いが、来るべきして来た機会なのだろう。
わたしは今、呼び出しを受け再度叔母の元を訪れている。おそらく、先日依頼した件だろう。安心半分、不安半分で門をくぐる。案内されて叔母の待つ応接室に入った時には、緊張で身体が硬くなってしまって、叔母に笑われた。
「アミー、とって食われる、みたいな顔してるわよ。傷つくわ。」
「す、すみません。あの、わたし、じゃなくて、私、何か、緊張してしまって。」
叔母を前に、恐縮するばかりである。なんとなく視線を合わせづらく、ソファに浅く座り、目の前においてあるティーカップから立ち上る湯気ばかり見てしまう。
「リラックスするまで待っていたら話が進まなそうだから、早速本題に入らせてもらいます。・・・お願いされていた件についてよ。はい。」
叔母が釣書を差し出す。硬くなった手で受け取ると、悪戯気に笑った叔母が、冗談めかして囁いた。
「アミーに合う人、と思っていろいろ探したのだけど、なかなか難しかったわ。あなた、自分がなんて噂されているか、知ってる?」
「なんとなく、友人に聞いたことはありますが・・・、『商売人』やら『変わり者の令嬢』やらでしたか。」
「そんな程度じゃないわよ。『やり手実業家』とか、『婿にしたい令嬢』とか。」
「・・・・・。」
・・・わたしが知っているより、噂が悪化しているのはなぜだろう。
「『やり手実業家』はまあ嬉しいのですが、『婿にしたい』とは一体?」
「あら、だってあなた、実業家としてなかなかの有望株でしょう?加えて態度は真面目だし、女性たちの気持ちを掴むのも上手じゃない。婿入りして欲しいって人は多いんじゃないかしら。」
わたしは実家の事業を手伝っているし、社交の場でもその拡大のために動くことが多い。また、今力を入れているレース製品の他に、天然素材を生かした女性向けの化粧品、美容品も展開しているため、女性相手に自ら売り込みをすることもある。
女性というのは、殿方が思っているよりも市場に対して影響力がある。自分が気に入ればお茶会で広めてくれることも多く、一度ネットワークに情報を乗せさえできれば、かなりの宣伝になるのだ。広告代わりにサンプルを渡すこともあるのだが、使ってもらうにはまず信用だ。レース製品ならば問題ないのだが、化粧品などは身体に使うものである分、抵抗を示される場合もある。そのため、まずは社交の場で仲良くなることが重要なのだ。品質には手を抜かない、というのがモットーであるため、使ってさえもらえれば気に入ってもらえることが多い。また、試作品に対して改善点を指摘してもらえることもある。願ったり叶ったりだ。
縁をつなぐために叔母の力を借りることもあるが、わたしが自分で販路を広げたことも多々ある。自分でも、そこそこ上手くネットワークづくりができているのではないかとは思っていた。女性は噂話が好きなので、顔が売れれば売れるほど、わたしについても様々な話が飛ぶのはわかる。だが、しかし。
「私は女なのですが・・・?」
「知ってるわよ。その上で、男だったらと惜しむ声が多いって言うことでしょう。」
確かに自分の評判はそっちのけで行動してきた自覚はある。何せ、侯爵家だから領地は辺境である。自ずと辺境守備に男手が割かれるため、農業だけではなく、女性でもできる仕事を増やしていかねばならないのだ。
領地の運営に余裕がないわけではないが、戦や飢饉を考えれば、蓄えは多いに越したことはない。また、辺境であればこそ、いざ他領からの輸入、といっても、輸送費がかかるため、貨幣の獲得に越したことはない。
父は王宮に勤めており多忙で、弟はまだ学生。もちろん父は有能な人であるから、領地の運営にも問題は無い。だが、領地のためにわたしは、わたしのできることをしたかった。父も文句はなさそうだったし、叔母は面白がって協力してくれた。だからこそ、評判は悪いことを承知の上で好き勝手やって来たのだが、まさか男であればと惜しまれるとは。
「それでは、わたしのような変わり者を欲しがる殿方はあまりいなかったでしょう。わたしの貰い手を探すのは、わたしが思っていたよりも骨が折れたでしょうね・・・。」
叔母に余計な手間をかけさせてしまったと、ほんの少し気持ちが落ちる。しかし、そんなわたしの不安を、叔母は笑い飛ばしてくれた。
「いいえ?ただ、能力に釣り合いがとれないと、後々問題でしょう。妻の能力に嫉妬とか、妻に事業を任せっぱなしで浮気とか・・・そんな理由で夫婦仲が破綻したら、笑えないわ。」
「な、なるほど・・・?」
首を捻るわたしを楽しげに眺めながら叔母はわたしの手元を指さした。
「まあいいから、それ、開いてみなさいよ。一石二鳥の良い人材だから。」
促されて、手元の釣書を見やる。あくまでも候補とはいえ、緊張するのに変わりは無い。それに、一石二鳥とは?疑問は残るが、とりあえず開く、と。
「・・・・アベーユ卿、ではないですか。」
「あなた、友人だったわよね?」
「友人というか、まあ、知り合いなのですが・・・。」
見知った顔が出てきて驚く。アベーユ卿は、近頃父君より爵位を引き継いだ青年貴族だ。アベーユ家は大きな紡績工場をいくつも持っており、それで財をなして地位を獲得してきた。新興貴族であるため、成金、などと陰口をたたかれることはあるものの、実力は確かな家である。事業の采配は、爵位を継ぐ数年前から現アベーユ子爵、エドワルドが取り仕切っていたという。業績もしっかりいたのだから、アベーユ卿の実力も確かということだ。
見た目もなかなかのもので、背が高くすらりとしており、黒髪に緑の瞳、という組み合わせは涼やかである。切れ長の瞳は、見る人によっては冷たく映るらしいが、人当たりが良いため、あまり気にならない。これまでに夜会で何度も顔を合わせているが、理知的で人当たりも良い印象だ。
なるほど、現在のお互いの事業を考えれば、一石二鳥というのも頷ける。例え婚約がまとまらなくとも、良い関係を作ることに超したことはない相手だからだ。色々と情報交換をしたり、融通を利かせあったりしたいものである。また、もし上手くまとまれば、向こうの家にとっては我が家のようにある程度歴史のある家と縁づくことで箔が付き、我が家にとっては様々な事業のパートナーを得られるという、互いに利の多い話になるだろう。だが。
「私、あの方に嫌われているのかもしれなくて。」
「あら、そうなの?」
「顔を合わせれば挨拶はしますし、互いの事業のことや流行のこともよく話します。でも、私が彼を見つけて近づくと身体や表情を強ばらせることがあるんです。あと、夜会でお会いした時に、私を見つけた途端に真顔になったことも・・・。」
「・・・ふうん。」
わたしの話を聞く叔母は、なにやら楽しそうだ。いくら評判を気にしないとはいえ、わたしとて年頃の令嬢だ。人に嫌われているかもしれないとなると、あまり気分はよくない。
少々むっとしたわたしを、叔母は、笑顔で見やった。
「とにかく、彼ならあなたとの釣り合いもとれていると思うのよ。爵位こそ子爵だけど、実力がしっかりしている分、爵位とプライドばかり高い殿方より、よっぽどいいでしょう。」
「それは確かに。」
思わず、深く頷く。わたしの陰口を言う殿方は多く、それはまあ、女がしゃしゃり出てきて、という思いもあるだろうから仕方無いのかもしれないが、嫌味を言ってくるほとんどが、爵位は高いがうだつが上がらない、といった殿方ばかりだった。わたしのところの製品が女性に人気があるのと、女性の派閥争いや恋愛絡みのいざこざにはあまり絡まないのとで、ご婦人方にはそれほど悪く言われることはない。だからわたしを貶すのは、大体がプライドばかりが高い殿方なのだ。
「近々、場を設定するから。上手くやりなさいね。」
「・・・はい。」
緊張はするものの、全く知らない相手ではなく、知り合いのアベーユ卿だと分かれば、幾分かましである。嫌われているかもしれない、というのも、わたしの憶測にすぎない。話題についても、いざとなれば仕事の話をすればよいのだから、困ることはないだろう。そう考えれば、叔母の見立ては完璧である。
深呼吸を一つして、気持ちを落ち着ける。ベルのためにも、わたしが動かなければ。
「私、がんばります。ありがとうございます、叔母様。」
にっこりと笑って、満足そうに叔母は頷いた。