04
長くなりました。
「――ということで、私は自分の甘さに気付かされたのです。」
「それで、わたしの所へ来たって訳ね。」
「・・・はい。」
いたずらめいた微笑みは、相変わらず年齢不詳だ。近しい血が流れているとは言え、わたしはこの人のようにはなれないな、と何度目になるか分からないことを考える。
現在わたしは、父方の叔母のもとを訪れている。叔母は伯爵家に嫁いでおり、そちらの邸宅にお邪魔させていただいているのだ。というのも、この人の力を借りようと考えたからである。
父の妹であるこの人は、どう計算してもわたしの倍以上の年齢のはずだが、体型も顔立ちも20年以上ほとんど変わらないと噂されるだけあり、とても美しい。少女らしい瞳の輝きと、年を重ねたことによる穏やかさとが混ざり合い、年を経てこその魅力も感じられる。わたしや父の髪色よりも若干暗い金茶の髪と、エメラルドに例えられるほど鮮やかで大きな瞳。顔は小作りで肩も細く、庇護欲を掻き立てられる見た目をしている。
しかし。見た目もさることながら、実はこの人の一番魅力的な部分は中身の方だとわたしは思っている。頭の回転が速く、淑女としての振るまいが完璧で、わたしがお手本としたい人である。楽しいことが大好きで、なにかこうしたい、と思うことがあると、それに向かってまっしぐらに進んでいく。そんな様をよく思う人と悪く思う人とがいるようだが、一旦心をつかまれると離れられない、とは叔父伯爵の言葉だ。よく言えば人づきあいが上手、悪く言えば人たらし、ということらしい。
叔母が婚礼期のころは、その可愛らしい見た目と、活発な内面や気の強さとの落差にやられた男性が、求婚のために列をなしたという。ライバルを蹴落とすために策略を巡らせ、あくどいことも色々して苦労の末にようやく婚約者の座を手に入れた、というのが叔父の話で、これまで何度も聞かされてきた。
求婚者が列をなす、というのは、叔母を見ているとあながち嘘ではないように思えるが、見るからに穏やかそうで、実際人の良い叔父が叔母を手にするためにあくどいことをするとは思えない。・・・ただ、叔母は「私はあの人の、見た目に反してとても面白いところが大好きなの。」と言っており、もしかすると、わたしにはまだまだ知らない叔父の面があるのかしら、と思わされる。
「このままでは、いけないのです。いずれ確実にその日が来るにもかかわらず、日に日に実家を離れづらくなってしまいます。私が先に嫁がねば、ベルにいい人ができても順番を気にしてしまうかも知れませんし、弟や、いずれできる義妹の手前、小姑として居座るのも気が引けます。」
叔母は、伯爵家に嫁いでからも人脈づくりに積極的で、様々な情報にも通じている。そんな叔母にかかれば、ちょうど良い相手を見繕ってもらうことなど容易なはず。そう踏んだのである。
ベルの態度によって、自分でも判断がつきにくくなってしまったのだが、叔母には、昨夜のことは掻い摘んで話し、自分の見た夢だということにしている。
「別に夢くらいで大げさな、って言いたいところだけど・・・、婚約者捜し自体は賛成よ。あなた、家のことばかりで自分のこと見向きもしないんだもの。」
「そんなことはありませんが・・・。」
「あるわよ。あなた、せっかく夜会に出かけても、好みの紳士を探すんじゃなくって、事業の売り込みや役立ちそうな人脈を繋ぐことばかりにかまけているじゃないの。婚礼期なんだから、もっと自分から動いていかないと。」
「・・・・。」
大きな目でキッと見つめられながら言われてしまえば、確かにそうだと言わざるを得ない。口ごもったわたしを見て、叔母は優しい笑みを浮かべる。
「・・・あなたが、お兄様やお義姉様の分まで侯爵家を支えようと頑張ってくれていることは分かっているわ。十二分に頑張ってくれているとも思う。結婚することに焦らなくても良いとも。でもね、これは老婆心なのかもしれないけれど、若いあなたに自分の幸せを見つけて欲しいって、思っちゃうのよね。」
「・・・ありがとう、ございます。」
叔母の言葉ににじむ慈愛に、胸がきゅっとする。叔母がわたしを大切にしてくれていると、分かっているつもりでも、改めて言葉にしてもらえると、また違うものである。
叔母は、母が亡くなってから私たちきょうだいのことを何かと気に掛けてくれた。時には母の代わりに様々気を遣ってくれ、わたしたち兄弟にとっては第二の母、と言ってもよい存在である。叔父も優しい人なので、かなり甘えさせてもらっている自覚はある。叔母夫婦に言わせれば、それでも全然、従兄弟たちに比べたら手がかからない、ということらしいが。
そんな叔母とわたし達きょうだいは、みんなとても仲がよく、と言いたいところだが、例外が一人いる。・・・なぜか、妹のベルだけが叔母と馬が合わないのである。
顔を合わせると、最初はにこにこと愛らしい笑みを浮かべながら穏やかに話しているのだが、段々ベルは不機嫌になり、叔母は皮肉気に口元を歪ませていく。互いに大変珍しい様子なので、わたしには不思議でならない。
父が言うには、「同族嫌悪」ということらしい。確かにベルも叔母も可愛らしく、人に対して優しいところは似ているが、なぜそういった良い部分が似ていて同族嫌悪に繋がるのか、わたしには父の考えが分からない。そう話した時、弟のフリッツには「・・・姉様は、ずっとそのままでいてくださいね。」と生ぬるい目で見られた。解せない。
「私が見繕うことは可能だけど・・・。」
「そうであれば、できるだけ早く進めて参りたいと思います。」
「・・・真面目ねえ。」
苦笑しながら言う叔母に、そんなことはない、と心の中だけで反論する。本当に真面目であれば、こんなことを叔母に頼みに来なくてもよかったはずなのだ。
「まあ、別に良いのよ。そろそろかなと思って準備は進めていたし。」
「ほ、本当ですか!」
「でも、本当にいいの?あなた、立ち上げた事業がようやく軌道に乗せられたって喜んでいたじゃない。」
「・・・それは、そうですが。」
最近始めたのは、農閑期に行える婦人たち向けの副業である。我が領で繊維作物を栽培し、それでレース編みを応用して細かな模様の入った製品を作る、というものだ。時間がある時にでき、慣れれば慣れるほどたくさん作れる。
我が領の悩みの一つとして、農閑期の副業になるような名産品、工芸品の少なさが挙げられる。農閑期の農村では、男性は出稼ぎ、女性はその留守を守る、ということも多い。しかし、わざわざ移動したり、世帯を分けたりすることによって、余計なコストがかかる。移動せず安定した収入が得られるようになれば、領民にとってもよりよいだろう。不作の年でもなるべく現金収入を得られるようにすることで、税収を乱高下しないよう調整したいということもある。更に、現金があれば、不作の年に他領から作物を輸入する際の資金源にもなり得る。
今回の事業はこの方針を進めるための試策であり、まだ始めたばかりなのだ。ようやく材料確保、生産、流通の流れができたばかりだが、そこそこ話題にはなっているようだ。絹のレースは高くて手が出せないという層にも、レース編みの模様の美しさを味わってもらいたい。植物繊維の風合いを楽しんで欲しい。そういったコンセプトで進めている。使用している植物繊維は様々で、食用として育てている作物の繊維を使った製品もあり、そこが面白さだ。
侯爵家から出資をすると共に、短期契約でスカウトしたレース編みの職人を数人、指導役として派遣している。基礎的技術が伝われば、そこから発展させたり、受け継いだりすることは現地の人々の仕事である。流通経路の確保もこちらが負担しており、もちろんマージンを取る。
小さいものながらこういった事業に携わるのはとても面白い。様々な人とかかわることも、色々な知識を得ることも。実地で学ばせてもらえていると思えば、貴重な経験である。とはいえ。
「フリッツが当主となるわけですから、今の事業も私のものとは言えません。いずれ、離れるわけですから。」
「・・・フリッツも、あなたみたいな姉をもって幸せなんだか不幸なんだか。」
はあ、と叔母はため息を吐く。・・・まあ、わたしもいずれ嫁ぐ身と知りながら実家の事業に携わるのは、出しゃばりすぎているとは思う。そう言うと、叔母は「違う、違う。」と苦笑した。では、なんのことだろう。
問おうかどうか悩んでいるわたしに、叔母は言葉を続けた
「まあ、ベルにとってはあなたが姉でとっても幸せなんでしょうけどね。いつまで経ってもべったりだし。」
叔母の表情が皮肉気なものになる。あんなに可愛いベルのことを話すのに、なぜそんな風になるのか理解しがたいが、いつものことなので何も言わないでおく。
「あなた、いいかげん重荷じゃないの?」
「まさか!ベルはとても良い子ですし、可愛いですし、重荷になんて感じませんよ。」
「そうは言っても、ちょっと重すぎじゃない?あの子。」
「いえいえ、私はベルを心の底から愛していますよ。素直で優しくて、天使みたいな――。」
「あなた、聡いはずなのに人を見る目はないわよねえ。」
呆れたように言う叔母に、思わずむっとする。
「そんな、ひどいです。私、事業の相手を見誤ったことはありませんよ。」
「知ってるわよ。私の教育のおかげ、でしょう?」
「その通りです。」
「そうじゃなくて、ベルに対しては妄信的だってことよ。」
「・・・・・。」
それは若干、自覚している。なにせあんなに可愛い妹だ。可愛くて可愛くて、可愛すぎて、溺愛している。妹の頼みであれば何でも叶えたいし、妹のためならば、できる限りのことはする。しかし、いつまでもこのままではまずい。そろそろ妹離れをし、来るべき時に備えねばならない。
「あなたはねえ、ベルと少し距離をとった方が良いわよ。」
「はい、自覚は、しています・・・・。」
「そのためにも、婚約者捜しって訳ね。うん、いいわ。協力する。なるべく早く候補者を見繕って場を設定するから。」
「あ、ありがとうございます!」
この叔母の助けが借りられればかなり心強い。思わずお礼の声も大きくなる。うふふ、と笑う叔母が、その小柄さに反してとても頼もしく見えた。
「・・・これで、あの性悪も思い知れば良いけど。」
叔母がぽつりと呟いた言葉は、喜ぶ私には届かなかった。
事業云々の内容は全てわたしの妄想です。
変な部分があったらツッコミして下さるとありがたいです。