03
身支度をし、2人分の食器が用意された朝食の席に着く。どうやら妹はまだ支度が済んでいないらしく、まだ食堂には来ていなかった。
我が家に現在暮らすのは、使用人を除けば父、妹、わたしの3人だ。弟は寄宿学校にいるため、長期休暇の時しか帰宅しない。また、父は王宮に詰めている時も多い。今朝は父が不在のようだ。わたしはすでに女性向けの寄宿学校を修了しており、妹は身体が弱いため、寄宿学校には入らず、家庭教師に教えを受けている。
あくまで周囲の人々に聞いた話だが、母を亡くしてから、父は以前よりもさらに仕事にのめり込むようになった、らしい。わたし自身、母が亡くなった時にはまだ幼かったため、それ以前の父の様子はあまりよく分からず、比較のしようがないのたが。
家族に対しては愛情深く接してくれる人であるが、それ故、母を亡くしたことが堪えたらしい。後添いをもらうこともなく、仕事に打ち込んでいる。もちろん家族との時間を設けてくれることもあるが、何か大きな仕事に取り組んでいる時などは、何日も帰宅もしない。そのため、我が家ではわたしと妹、2人で食事を摂ることも多いのだ。
昨夜のあれが夢だったとしても、これから顔を合わせるのはやや気まずい。しかし、ここで逃げるのでは、自覚したばかりの自分の甘さと向き合うことはできない。自分に言い聞かせて、背筋をぴんと伸ばす。メイドが運んできた紅茶に口をつけると、いつもの香りに少しほっとする。1杯をゆっくりと飲み終える頃に、ベルは食堂へ現れた。
「おはよう、ベル。」
いつも通り、にっこりと微笑んで言う。するとベルは、なぜか驚いたような表情をした後、硬い表情になった。あまり見慣れない表情だな、と思いつつも、彼女を見た途端心臓が嫌な感じに軋んだのを表に出さないよう、いつもの調子を崩さず話しかけた。
「今日はいつもよりゆっくりだったのね。また体調を崩したりはしていないわよね?」
「・・・おはよう、姉様。体調は崩していません、大丈夫。」
どこかぎこちないながらも笑みを浮かべるベルを見て、やっぱりあれは夢だったのだと思った。あんなことが現実だったとしたら、何もなかったかのように微笑みかけてはこないはずだ、と。
ベルが席に着くと、メイドたちが給仕を始める。朝なので、パンとスープといったとても軽い食事だ。珍しく、ベルは何も話しかけてこない。普段だったら、最近読んだ本の内容や家庭教師から学んでいる内容を話してくれたり、わたしが出席した夜会や携わる事業の話を聞きたがったりするのに。
こちらから話しかけようかと迷いつつ、何となく声を掛けづらい雰囲気のまま、静かに食事をする。終わりに差し掛かったところで、ようやく妹は口を開いた。
「――お姉様。」
「・・・なあに?ベル。」
硬い声音を不思議に思いつつ、顔を上げて目に映ったのは――、
「昨日のこと・・・、なかったことになんて、させないからね。」
「っ・・・!」
昨晩夢で見た、鋭い視線だった。
「・・・昨日の、こと?ベル、あなた、なんのことを言って、」
「分からないだろうね、お姉様には。」
ベルが、わたしの言葉を遮って、皮肉気に笑う。いつもは穏やかな表情で、ゆったりとした話し方をする子なのに。いつもとのあまりの違いに、衝撃が隠しきれない。
「わたしの想いなんて、知っているはずがないということは、もちろん分かってる。ベルはお姉様の、可愛い妹、ですものね?」
こてり、と首を傾げるベルは、いつも通りの可愛らしい微笑を浮かべた。しかし、わたしへ向ける瞳は、見たことがない苛烈さをたたえている。豹変振りに気圧され、思わず言葉が口から漏れた。
「昨日のあれは、夢じゃ――、」
「そんなわけない!」
大きな声に、びくりと肩がはねた。そんなわたしに構わず、椅子から立ち上がったベルは、何かを吐き出すように言葉を重ねる。
「わたしはっ、あなたの可愛い妹のはずなのに!それなのに・・・、それなのに!あなたはわたしを置いていこうとする!そんなことだけは、絶対に許さないっ!だから・・・、わたしにも、考えがありますから!」
きっ、と睨むようにして言い切ると、呆然とするわたしを残し、足早に食堂を去って行った。
「置いてって・・・、なんのこと・・・?」
こぼれたわたしの言葉は妹には届かず、そのため、返事が返ってくることもなかった。
舞台はなんちゃって中世です。
朝ごはん制度は筆者が食いしん坊だから外せませんでした・・・。