02
一夜明け、目を覚ます。窓からの陽光がまぶたを刺した。混乱していたわたしは、月明かりをぼんやり眺める内にそのまま眠り込んでしまったらしい。上掛けは身体の下にあり、やや肌寒い。
―昨日のあれは、一体なんだったのだろう。
昨夜、入浴を済ませ、夜着に着替えてから部屋にベルを迎えた。最初はいつも通りの様子だったのだ。それが色々と話しているうちに、なぜかあんなことに・・・。
気付かぬうちに、唇を指でなぞっていた。もちろん、唇には何も残っていない。ただ、感触が記憶として残るだけだ。
あれは、夢だ。そうだ、あんなこと現実に起こるはずがない。最近は多忙だった。だからきっと疲れて、あんなおかしな夢を見たのだ。そうに違いない・・・。
自分に言い聞かせながら、身体を起こす。凝りに凝って重さまで感じさせる首元が、自分の考えを裏付ける証拠のようにも思える。ぐっと背を伸ばせば、背骨がきしんだ。
わたしは亡き母に代わり、侯爵家の長女として様々な事柄を取り仕切っている。社交界での情報収集、地盤固めはもちろんのこと、官吏の仕事に就く父の負担を減らすため、弟と共同で領地経営の補佐もしている。とはいえ、弟は現在寄宿学校に入っている。だから、現在はわたしが担うところが大きいのだ。いくつかの小さな事業も手がけさせてもらい、勉強になっている。
いずれは次期当主の弟の元へ嫁いで来るであろう、未来の義妹に譲る立場ではある。わたし自身が婚礼期にあることを考えれば、その日も遠くはないだろう。しかし、その日が来るまでは、わたしの役割である。弟と未来の義妹のため、さらには可愛い妹のためを考えれば、力を入れることは当然だ。
・・・そう、可愛い妹。
夢見は制御不能とはいえ、あんな内容の夢を見てしまったこと自体がなぜだか後ろめたい。いや、後ろめたいというか、なんというか。望むどころか、想像すらしていなかったにもかかわらず、妹に押し倒されるという場面が展開されてしまい、混乱している。それとも、無自覚なだけでそういう願望があったのだろうか?・・・いや、考えにくい。
わたしは自他共に認めるほど、妹を溺愛している。それは初めて会った瞬間から現在に至るまで、変わらない。きらきらと輝く青い瞳、淡い金の髪。亡くなった母様と同じ色をした、とてもきれいな女の子。わたしが守り、慈しむべき存在。何よりも愛しい、わたしの、宝物。
もしかすると、わたしの彼女への、離れがたい思いが、あんな風に形を変えて夢を見させたのかも知れない。わたしがこの家を出ることは、決まり切った未来だ。だが、そうなれば今のように毎日顔を合わせることは到底叶わない。仕方が無いことだが、考えただけでも辛い。そんな感傷が、わたしにあんな夢を見せたのだとしたら・・・。
「――甘い。」
思わず呟く。しかし、そう、甘すぎる。家のため、家族のため、家に仕える人々のため、領地のため。わたしは、当然嫁がねばならない。上手く縁を結ぶことが家のためにもなるし、そのために、これまで様々な教育を受けている。領地の経営に携わったのだって、そのノウハウが嫁ぎ先の家で役に立つ可能性があるからだ。だというのに、妹と離れがたいなどという私情に支配されるなんて――、さっさと決着をつけなければ。
瞳を固く閉じ、開く。これからすべきことを頭の中に並べ直し、もう一度伸びをする。そろそろ、メイドが起こしに来る時間だ。仕事を奪わないように、もう一度ベッドに身体を横たえる。今度は上掛けをきちんと掛けて、目をつむった。
お姉ちゃんは割りと面倒くさい性格です。