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01

見切り発車。ゆるゆる更新予定。

 

「お姉様!」


 なあに、わたしの可愛い可愛いお姫様。

 甘い声で呼ばれれば、振り返らずにはいられない。悲しい顔をされれば、何でも叶えてあげたくなる。笑顔さえ見せてくれれば、もう他には何も望めなくなる。ああ、なんて愛おしい―。


「あのね、お姉様―、」


 淡い金色にきらきら輝く、錦糸のような柔らかな髪。透き通った白磁の肌に、薄紅を落とし込んだかのような頬。青空色の瞳はぱちりと大きい。妖精か、はたまた女神のように麗しい容姿。

 小さな頃は本当に妖精のようで、下手に力を入れれば壊してしまいそうな見た目だったのに、いつの間にやらあなたも大きくなって、今ではわたしの背丈も超してしまった。ふわふわと甘やかで砂糖菓子のようだったあなたも、今では凛とした雰囲気をまとう立派な淑女になった。


「お姉様・・・」


 わたしの、くすんだ金色の髪、緑の瞳とは、全く違う色を持つ妹。お母様の色を持つあなたと、お父様の色を持つわたし。見た目だって、わたしはどんなに頑張ってもせいぜい中の上、上の下程度だけれど、妹は上の上なんて言葉じゃ足りないくらいの麗しさだ。

 そんな風に、わたしたちはあまり似た姉妹じゃない。しかし、とても仲良くやってきた。三つ年下のあなたはいつもわたしの側にいたがって、後ろを追いかけてきた。わたしはいつも笑顔でそれを受け止めてきた。大人しくて優しくて、引っ込み思案なところもあったけれど、聡明で。可愛くて愛しくて、わたしの自慢の妹だった。


「お姉様、お姉様――!」


 いつかは別々の所に嫁いで離ればなれになる。わたしの年齢を考えると、それも近いうちの事だろう。家のためにと考えれば当然のことだ。それでも、できる限りはあなたに会いに来たい。わたしに抱きついて甘えてくるあなたを見る度、わたしの旦那様になる方がそれを許してくれる寛容な方だと良いのだけれど、と考えてしまう。

 可愛い可愛いわたしの妹。見た目だって可愛くて、性格だってわたしよりずっと可愛らしい。甘え上手で、小さな我が儘を叶えてあげれば、あなたは花のような笑顔を浮かべた。そのくせ優しいから、その後はほんの少し申し訳なさそうな顔をする。少し身体が弱くて社交の場には出られないでいるけれど、勉強もダンスもマナーもよく頑張っていて、わたしの自慢の子。わたしとはあまり似ていないけれど、それでも愛しくて仕方がない。

 それなのに、なぜ――


「・・・ねぇ、アマーリエお姉様?」

「・・・っ、」


 可愛い可愛いベル――わたしの妹、ベルンハルティの顔が、すぐ目の前にある。そして、彼女越しに見えるのはわたしの部屋の天井だ。・・・そう、わたしは今、自分の実の妹に、押し倒されている。・・・訳が分からない、どうしてこうなったのだろう。

 今までも一緒に眠ることはあったし、こうして同じベッドにいること自体は初めてでもない。しかし今のこの状況はといえば、妹と枕を並べて、なんてものじゃない。

 仰向けになったわたしのことを、ベルは完全に組み伏せている。両手は頭の上でひとまとめにされ、体重を掛けられているために逃れることはできない。背丈では負けるとはいえ、自分と同じ性別で、年下であるベルにこのように押さえつけられてしまうとは。

 呆然としているわたしの頬を、ベルの指がなぞる。触れる指先は柔らかいが、わたしのものよりすらりとして長い指。少し冷たい感触にびくりと反応すると、ベルはとても嬉しそうに、艶然とした笑みを浮かべた。


「うふふ、お姉様ったら・・・可愛い。」

「なにを、しているの?ベルったら・・・」


 どうにか出した声が震えている。妹相手になにを、とも思うが、目の前にある妹の瞳が、明らかにいつもとは違う、見たことのない色を宿しているのを目にしてしまえば、どうにも緊張感が増す。柔らかく明るく微笑み、甘い声を出すのが通常である彼女のものだとは思えない、暗くて重苦しい雰囲気。「可愛らしい」などと言っていられないほどの凄みを感じさせる表情だ。

 わたしと彼女の間に、通常の姉妹を逸脱するような関係性はない。なかったはずだ。もちろんわたしは妹を愛しているし、彼女もそんなわたしに大いに愛情を返してくれている。周囲の人物から言わせれば、わたしの妹に対する状態の度合いは「溺愛」と言っても過言ではないものだそうだが、それだって異常と言われてしまう程ではない。現に今まで、わたしたち姉妹を微笑ましそうな目で見る者はいても、おかしなものを見る目を向けてきた者はいなかった。


「ベルったら、あんまりわたしをからかわないで。そんな顔をしてると、可愛らしいのが台無しだわ・・・。」


 いつもとは違う様子の妹をどうにか落ち着かせようと、こわばった表情筋をなんとか動かして笑みをつくる。これでもわたしは侯爵家の長女、内面を押し込め表情を取り繕うのは得意だ。声音もどうにか落ち着け、「いつも通り」を見せたはずだった。

 しかし、そんなわたしを見たベルは、一気に表情を歪ませた。眉間には皺が寄り、瞳にはありありと怒りが浮かんでいる。上品で穏やかな「いつも通り」の妹からは考えられないような表情である。


「ど、どうしたの?わたし、なにか怒らせてしまうようなことを・・・、」

「ええ、お姉様。ベルはね、とっても怒っているのですよ?」


 わたしの言葉は、ベルの早口な言葉に遮られた。それは、普段は穏やかでゆったりと話す彼女がいつも通りではないのだと、わたしに理解させるには十分なものだった。

 そのことがあまりに衝撃的で、顔に貼り付けた表情が落ちてしまった。


「・・・そ、それは、なにに対して?」

「うふふ・・・・」


 わたしの問いには答えず、ベルは更にわたしへと顔を近づける。思わずぎゅっと目をつむった。瞬間、唇に柔らかな感触を感じた。


「んっ、ふぅっ!?」


 体験したことがない感触に、閉じた目を開く。目に入るのは、嗜虐的な色を載せた青い瞳。見慣れない色に、咄嗟に身を捩る。しかし、押さえつけられた身体はびくともしない。

 どれほど経った頃だろうか。長かったかも知れないし、短かったかも知れない。あまりに衝撃的で、感覚が狂う。触れるだけのキスだったが、唇が離れていった時には、すっかり息が乱れていた。

 現実感がなく、頭がくらくらする。ぼんやりと目の前の人物を見つめると、にやりと、笑みを向けられた。

 ・・・獲物を見る、捕食者のような目。そんな表現が、ぱっと頭に浮かぶ。それほどまでに凶悪な視線だった。


 ―目の前のこれは、誰なのだろう?


 思って、自分に驚く。

 何を考えているんだ。目の前にいるのは、紛れもない、わたしの可愛い妹のベルだ。それを疑うのは、姉にあるまじきことだろう

 。そんなわたしの考えをを裏切るかのように聞こえたのは、聞いたこともないような低い声。


「ふふっ、可愛い・・・・。可愛い、わたしの、お姉様。」

「・・・・っ!」


 確かにベルの声だ。わたしが聞き間違えるはずもない。しかし、明らかにいつもよりも低い声。

・・・ベルが、怒っている。顔を見れば、表情だけはいつもの笑顔だ。しかし、目が笑っていない。にらみつけるような鋭い視線に、思わず身体がびくついた。ベルは、歌うように言葉を紡ぐ。


「お姉様は、わたしの、お姉様なのにね?なあんにも知らないで、わたしから離れていこうとする。」

「な、なんの、こと・・・、」

「――絶対に、絶対に許さない。」


 言われた言葉の意味が分からず、混乱する。視界がぼやけ、自分が涙を流していることに知った。目尻を指先でなぞられ、一瞬視界が晴れるが、すぐにまた曇った。いつのまにか拘束が解かれていたことに気付くも、身体が思い通り動かず、力が入らない。


「―必ず、最後は手に入れる。それだけは、覚えておいてね。」


 衣擦れの音がして、身体の上から重さが消える。扉が開いて、閉まった。

 一人取り残されたわたしは、ただただ呆然とするしかない。涙を拭うと、窓から入る月明かりが目に入る。可愛い妹の美しい髪のような色を見つめ、ただただ、途方に暮れた。



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