ヴァレンタインは優しいカウンターテナーの響き
その時、校舎裏の陰で、私は三浦先輩と対峙していた。
三浦先輩は、放送部の部長。
その落ち着いた物腰と麗しいカウンターテナーの声に、入部当初から私の心は惹かれていた。
私は、チョコレートを手にしている。
それは、甘いものが結構好きらしい先輩の嗜好に合わせて一生懸命に作った濃厚なキャラメルトリュフだ。
今日は、「聖ヴァレンタイン・デー」
それで、先輩にこんな所に来てもらったけれど。
私は俯きかげんで、内心、告白なんてするんじゃなかった…と、深く後悔していた。
しかし。
次の瞬間。
くしゃり…
頭の上で音がした。
私の髪の毛に触れている先輩の掌。
びっくりして、顔を上げると先輩のいつもの優しい笑顔がそこにあった。
「これ、浅井さんが作ったの?」
「は、はい……」
あまり上手にできませんでしたが…と、小声で呟いた私の声は、先輩に届いたのかどうか。
果たして、先輩は、
「頂いてもいいかな」と包みを開け、トリュフを一粒口に放り込んだ。
先輩の品のいい口元が微かに動く。
その間、私の心臓はばくばくと大きな音を響かせ、私は固唾を飲んでその瞬間を見守っていた。
「……うん、美味い」
果たして。
先輩は私の作ったそのキャラメルトリュフを美味しそうに咀嚼し、笑んでいる。
それは、先輩の美声と同じくらい、私が一番大好きな先輩の優しい表情だった。
「有難う。嬉しいよ」
先輩が、眉にかかる柔らかな茶色い前髪を長く節太い指で弄りながら、照れたように呟いた。
先輩のよく通るカウンターテナーが、私の耳に優しく響く。
私は泣き笑いになって、再び私の頭の上に大きな掌を当ててくれた先輩のその暖かい指に、両手の細く白い指をそっと重ねた。
了
本作は、狸塚月狂さま主宰「狸バレンタイン企画」参加作品です。
狸塚月狂さま、参加させて頂きどうもありがとうございました。
お読み頂いた皆さまにも感謝申し上げます。感想など頂けましたら嬉しいです。