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『もしもし、武蔵ちゃん?もしかして、そっちに澪が居たりしない?』


 そんな電話が掛かって来たのは、23時を過ぎようとした頃だった。相手は澪のお母さんだ。


「いませんけど……、もしかしてまだ帰ってきてないんですか?」


 自室で漫画を読んで怠けていたのだが、急に不安を覚えて携帯電話を持つ手が自然と強くなる。


『ええ、そうなのよ。1度も帰ってきて無いわ。何か聞いてない?』

「用事があるから先に帰ってと言われたんです。でも、心当たりがあるので、ちょっと探しに行ってきます」


 そう言った時にはすでに上着を着て、階段を駆け下りていた。


『わざわざ悪いわね。私はあの子の友達に連絡を取ってみるわね』

「分かりました。俺も見つけた連絡します」


 電話を切って靴を履く。玄関の扉を開けると、外は闇の世界は純白に覆いつくされていた。雪は降り続いている。勢いも増していた。一度中に戻り、傘を手に取る。


「あれ、お兄ちゃん?どこに行くの?」


 眠そうに目を擦った、中学生の妹が今から出てきた。どうやらコタツで寝ていたようだ。何度もコタツで寝ないように注意しているが、一向に直る気配はない。


「ちょっと買い物だ。あ、そうだ。父さんと母さんにも言っといてくれ」

「2人ともまだ帰ってきてないよ。雪で電車止まってるから、今日はビジネスホテルに泊まって明日帰って来るって」

「そうだったのか」


 両親は熱海に2人だけで旅行へ行っていた。予定ではすでに帰っているはずだったので、家にいるものだと思っていた。予定が変わったのなら妹に連絡するまえに兄に連絡して欲しいものだ。


「それじゃあ行ってくる」

「早く帰ってきてね」

「なんだ、1人だと怖いのか?」

「うぐっ……、正直怖いです」

「分かったよ。なるべく早く帰って来るよ」

「うん。行ってらっしゃい」


 再び外に出ると、先程よりも雪は弱まっていた。

 

 ここからが問題だ。澪は一体どこへ行ってしまったのだろうか。友達の家にはおばさんが電話を掛けているとして、他の候補を模索する。真っ先に思い浮かんだのは、澪と別れたあの泉だ。行く当てが他にあるわけでもない。とにかく、泉を目指して移動を始めた。


「澪!いるかーっ!」


 声を上げながらふかふかとする雪を掻き分けて進んで行く。ここは、人が滅多に入らない林道。僕と澪と流奈だけが知っている、泉へと繋がる特別な道。

 

 すでに雪は降り止んだ。しかし、依然として凍てつくような寒さは残っている。手袋はしているものの指先は悴み、体の熱を冷気に奪われ続けている。

 

 この銀世界で澪が未だに泉にいるとは思えなかった。けれどもそんな世界だからこそ澪はいるとも思えてしまう。


 それ程に澪は美しい。


 僕にとって彼女は、雪のように、触れば消えてしまうほどの儚い存在――。


「どこにいるんだ!」


 返答は無い。


――それは当然だった。


「……れ、い?」


 辿り着いた泉の畔に横たわる1人の少女。

 

 辺りに飛び散る紅は、純白の白に染み彼女の美しさを際立たせている。俺は幻想空間に迷い込んだ錯覚に陥る。


「あぁ……」


 その場に崩れ落ちて顔を覗き込んだ僕に、彼女は目を閉じて微笑んでいる。

 

 彼女の頬にそっと手を触れる。氷のように冷たい。痛い。胸が締め付けられる。彼女に触れたのに、どうして胸が痛むのか。


「どうして…………」


 こうして、約束は果たされることは無かったのだ。


 


このお話は何となく書きました。

もしかしたら続きのようで続かないモノを投稿するかもしれません。


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