雑誌の後ろに載ってる広告の商品は、買った人に夢と希望そして現実と絶望を届けてくれる。
俺たちはゲートを潜り抜けた先、そこそこ深そうな森に出た。
後ろには巨大な岩山が聳え立っていて、これが先刻までいたフィーニの住処らしい。
空は青く太陽はまぶしい日差しを惜しげもなく降り注ぎ、空の片隅には一部が大きくえぐれた月のようなものも見える。
目の前には鬱蒼と生い茂る木、木、木、見たこともないような花が咲いているし、木々の奥の方では明らかに人サイズの動物のシルエットが駆け抜けていく。
何より空気があっちの世界と違うと感じた。なんというか空気自体に力を感じるというか、呼吸をするだけで体の隅々まで空気が満ちるのを感じる。
しばらくずっと洞窟にいたせいか、異世界に来た感がハンパない。
ここ何年も感じていなかった、ふつふつと心の底から湧き上がるものを感じた。
「おわー!!やっべー!!なんかすげーテンション上がるわ!!」
「子供か、お主は…。」
俺を見たフィーニはあきれ顔だが、これぐらいは許してほしい。
誰だってファンタジーの世界には憧れとかあるじゃないですか。
そんな言い訳を内心でしながら、テンションの上がるまま周りを見ているとガサリと左側の方から音がした。見れば木々の間から、人の腰ぐらいはある大きさのウサギっぽい生き物がこちらを興味深そうに見ていた。
見た目はほぼウサギ、耳は小さめでその代わりのように触覚のようなものが生えていた。
非常に大人しそうでなおかつモフモフした見た目に、動物好きな俺は思わず歩み寄った。
モフモフはこちらをキョトンと見ながらも逃げるそぶりはなく、これはモフれると感じた俺は3メートルほどまで近づいた。
「あ、お主それ…」
なにやらフィーニが言いかけていたようだが、その時の俺の意識にはただ目の前のウサギもどきしかなかった。
俺の目とウサギもどきのつぶらな瞳が見つめあったと思った瞬間、バクリとウサギもどきの顔が縦に裂け中からエイリアンの口から出るヤツが飛び出した。
「ィイヤァぁぁぁ!!!!!!」
驚いた。マジで。思わず歳を忘れて女の子のような悲鳴を上げるくらいには。
鍛錬の成果かとっさに回避は出来たが、俺の精神的なダメージは二重の意味で計り知れない。
未だに俺の視線の先では、ウサギもどきがエサを食う瞬間のクリオネみたいにバクバクしている。
寄ってきたそれを蹴り飛ばしたフィーニが呆れた目で俺を見てきた。
「ふぃ、ふぃーに!!ウサギが!ウサギが頭バクって!!」
「我の話をちゃんと聞け。あれは見た目無害そうであるがれっきとした肉食の魔物ぞ。自身の無害そうな見た目をエサに、お主のような阿呆を釣って食らうんじゃ。」
「コワイ、異世界コワイ…」
フィーニ以外の異世界生物との初遭遇だが既に前途多難である。
呆れた様子でフィーニが続ける。
「しっかりせんか。強さとしては今のお主なら素手で瞬殺できるし、攻撃されたところで毛ほども効かん。我が蹴り飛ばしたのはもう死んでおる。」
「おぉ…すまん。助かった…」
「何が『いやー』か!女子のような叫びを上げよって。」
「う、うっさいわ!びっくりしたんだからしょうがないだろ!」
「はぁ、情けないのう。先が思いやられるわ…とりあえずは近くの町に行くのであろう?急ぐわけでもないし7、8日野営しながらこの森を抜けることになる故、その間に慣れよ。」
「了解、気を取り直して行きますか。」
俺たちは野営しながら6日ほど森を歩き、その間にこの森にいる動物を狩り、植物を採取し、魔物と肩慣らし
程度に戦い感覚を馴染ませた。
当初はやはりこの手で命を奪うことに対しての抵抗があったが、一度手を下せば後は振り切ってしまえた。終わった後で必ず奪った命に対して、手を合わせることをケジメにした。
ただヒトを相手にした時、自分がどう思うのかはまだわからないが。
「この辺にはヒトは来ないのか?」
「んー。まあこの辺りはわりと辺境というか、魔物共も住んでる動物も平均的に強いといわれてるからのう。人里が近いと色々問題があるのであろう。」
「ほーん、そうなのか。この辺りの魔物ってどのくらい強いんだ?」
「どのくらいと言われてものう…。あくまでヒト基準ゆえようわからぬ。」
「さよけ。じゃあ、今俺ってどれくらいのもんなのかわからんな…」
「まぁ、そうそう死にはせん程度には鍛えたからのう、そこまで心配せんでも大丈夫であろう。」
そんな会話をしながら歩を進め8日目。
ついに森を抜けた俺たちの前には街道らしきものが見えた。
あとはこの街道沿いに進めば町があるらしい。
街道と言っても周囲の平原に比べて、草が少なく馬車や人の通った跡が踏み固められて出来たような道だ。
それでもこれまでの森の中に比べれば、圧倒的に歩きやすかった。
街道の先にはうっすらと外壁らしき人工物のシルエットが見える。あれが目的地であるこの世界に来て最初の町だ。
あれから数刻歩き、俺たちは外壁の詳細が見て取れるほどの距離まで近づいた。
「ほー、結構立派な外壁だな。」
高さ5~6メートルはあるだろう石造りの外壁に囲まれ、今俺たちが歩いている街道の先にはしっかりとした造りの門がある。その手前には非常時に身を隠すための1メートル程度の高さの石壁が何か所も見受けられる。
「さっきも言うたように、この辺りは辺境ゆえ魔物と兵の両方に対応しておるのだろう。」
「なるほどね。門番はいないんだな、よくあるテンプレ的なのを想定してちょっと身構えたんだけど。」
「うむ?てんぷれとな?」
「ほら、門番に誰何されて『怪しい奴!』とか『身分証もないのか!?』みたいな」
「おお、お主の知識にあったやつか。残念ながらこんな辺境では、いちいち門番を立てる必要もないからのう。」
それもそうか、そんなに人が通ってるわけでもなさそうだし、周囲の警戒に関しては外壁の上で巡回してるもんな。
そうなったらどう対応しようかと想像していたので、ちょっと残念ではある。
門を潜り抜けると一気に人のざわめきや活気が耳に入る。
門に続く大通りの左右に露店がひしめき、右側は小物や雑貨類、左側は飲食関係の屋台が見える。
周囲を見渡せば、いよいよ俺は異世界にいるんだと圧倒的実感を抱いた。
獣人ぽいのやらエルフっぽいのに2メートルは軽くありそうなヒトやら、緑の髪に青の髪、斧持ってたり盾持ってたり、農民ぽい服装にモンスター素材の鎧姿。
まさしくファンタジーだった。
「ほれ、ボーっとするでない。ここにいても仕方が無かろう、どう動くにしても拠点になる宿を探さねば。」
「お、おお。そうだな。」
近くにいた露店のおばちゃんに宿への道を聞いてみる。
「いらっしゃい!どうだい、日常使いにも旅にも使える焼き物は!」
「ごめん、おばちゃん。客じゃないんだわ。俺ら今ここにきたばっかなんだけど、宿ってどこにあるか聞きたくてさ」
「今ならこの『幸せになれる壺』が」
「いや、すいません。なんでもないです。」
聞く相手を間違えたようだ。
通行人のエルフっぽい人に訊いてみる。
「すいません、俺たち今この町に来たんですが、宿屋とか…」
「おや、入信希望の方ですか。素晴らしい!偉大なる神ソグ=ヨーストが」
「あ、結構です。」
アカンやつだったか。
別の露店の兄さんに声を掛ける。
「すいませんが…」
「お!兄ちゃんお目が高い。これは持ってるだけで金運が上がるっていう噂の財布で」
「いや、宿への道を」
「今そこらじゅうで評判になってるんだぜ!これを買ったやつが一獲千金を叶えたとか
「ですから宿屋」
「いいのかい!?今しか手に入らないぜ!?これさえあれば」
「すいませんでした。」
チクショウッッ!!
なんでどいつもこいつも胡散臭い奴ばっかりなんだよッ!!壺といい財布といいあからさまに詐欺じゃねーか!こちとら、あっちの世界で既に痛い目見とるわ!!
4人目にしてようやくまともな人に話が聞けた。
割と近くに宿屋街があるらしく礼を言い、宿屋街へと進むことにした。
のだが。
「あれ?フィーニ?」
振り向けばフィーニがいない。
人ごみに紛れてしまったのか、まったく姿が見えない。
「あいつ…どこいった?」
「連れの姉さんなら、アタシと話してる間にそっちの屋台の方にフラフラ寄ってったよ?」
壺のおばちゃんからの証言に基づいて、香ばしい匂いのする屋台の方へ。
屋台の前にはベンチがあり、そこで買った食べ物を食べれるようになっている簡易フードコートらしい。
その一角にえらい人だかりが出来ているのが見える……。
「うむ!旨い!!もっと持ってくるがよい、安心せい金ならばある!」
イヤな予感がしてくるのはなぜだろうか。あそこにフィーニがいる気がしてならないのはなぜだろうか。
意を決して人だかりへ突っ込むと、ベンチに腰掛け屋台の食事をガッフガッフ貪り食っているヤツがいた。
「ううむ、この汁物もなかなかよな!こちらの串焼きもピリリと刺激的で…」
ヤツの横には既に平らげた空の器や串焼きの串の山が、雪崩を起こしそうになっている。
そりゃ見るわな。美人が一人フードファイトやってんだから。
「お、おい…姉ちゃん。ほんとに金は大丈夫なのか…?相当食ってるが…」
「うむ?心配いらぬ、連れがしっかり持っておるのでな。ん?おお、リョージ!待ちくたびれて勝手に食事してしもうた、とりあえず店主らに金を渡してやってくれ!」
俺に気付いたヤツが声を掛けて、支払いを促してくる。
支払い総額は銀貨5枚。大体の屋台の食事が銅貨3~5枚、ざっくり銅貨100円程度の感覚で言うと銀貨=1万円
程度と考えてくれればいい。コンビニ弁当5万円分食ってるようなイメージだ。
「ハァァァァァ!?ちょ、お前バカなの!?なんでそんなに食ってんの!?」
「うるさい奴よのう、そもそも我が渡した金であろう。それにまだまだ食えるぞ?」
「そうだけど!もう食べなくていいから!!自重して!?」
フィーニの食欲を抑えつつ、革袋から店主へ銀貨を5枚手渡し、説教をしようかと思い振り向いた。
「お前ね、人が道訊いてる間に何やってんだよ!自由か!」
「お主が訊いてくるのが遅いからじゃろうて。」
「嘘つけ!俺が一人目に訊いた時点でこっちに来たろうが!」
「む、なにゆえそれを!」
「露店のおばちゃんが証言してくれたわ!」
「我は悪くない、この旨そうな料理が悪いのだ!」
「ギルティ!!お前しばらく飯抜きな!」
そうフィーニに判決を告げた俺の肩をガッと掴まれた。
後ろを振り向けば、銀色の鎧をきた衛兵さんっぽい方々と露店の店主が。
「お前がギルティ」
「…はっ?」
「君の出したコレ、偽金だよね。」
「えっ?」
「こんなの見たことないし、どこの国でも使われてないもんだね。」
「えっ?えっ?」
なんだソレ?確認しようとベンチのフィーニを見ると、そこにはフィーニはおらず食べ跡しか残っていなかった。
動揺する俺の肩を衛兵がポンと叩く。
「詳しい話は牢で聞こうか。」
「アレェェェエエ!?」