やっと旅立つようです。
あれから体感で3か月ほどだろうか、俺は洞窟を離れ旅路の途中……ではない。
未だに洞窟で霊鳥と鍛錬している、というかさせられている。
どうもこの世界には化け物みたいに強い存在が多いらしく、『その程度の力ではアッという間に餌食になる。』と鍛え続けることを余儀なくされている。
そりゃこっちで早々死にたくはないけども。いまだにRPGで言う『はじまりの町』的な場所にもついていないのはどうなのよ。
「いつまで食ってるつもりだ、さっさと動かんか。」
「お前…俺が作ったメシ自分だけ食っといて言うセリフか!」
霊鳥とは流石に3か月も共に過ごせば、ある程度打ち解けている。
お互い遠慮が無くなったとも言うのか、こいつならある程度受け止めてくれるだろうと思っているし、コイツもズケズケ思ったことや言いたいことを言ってくる。コイツの場合、元からかもしれないが。
当初はとっつきにくい奴かと思っていたが、人化するのが久しぶり過ぎて細かい調整だとか表情の動かし方を忘れていたらしい。人化状態に慣れた今では割と表情も豊かでなかなか面白い奴だった。
あれから、魔法も含めた戦闘技術や旅の心得も教えられ組手でも当初は、霊鳥側は使うのは片手のみ移動もなしのハンデをもらっていたが今ではハンデなしでの組手になっている。
その組手において俺が一本取れれば、旅立つという条件なのだがいまだ一本も取れていない。
「さて、いい加減お主にも旅立ってもらわんとのう。」
「今日こそ一本取ってやるよ、旅立ちが決まったら泣いていいぞ?」
「阿呆が。一本取ってからほざくがよい。」
こっちに来た初日に霊鳥からもらった日本刀を手に立ち上がる、銘は〈紅黄金〉というらしい。
いつもの下らないやり取りをしながら左手で鞘を持ち、右手で中身を抜き放つ。
霊鳥は腰を落として、半身になり左側をこちらに向けた中国拳法に似た構えで待っている。
いつも開始の合図は無いので、先手必勝とばかりに軽い踏み込みで前に出て組手を始める。
「さて、そろそろ終わりにするか。このままだと今日も一本取れずじまいだぞ?」
鼻で笑った霊鳥が言う。
俺の剣戟も魔法も体術も全て防がれ、捌かれ、流されている。こちらは捌き切れなかった攻撃やら余波で既にボロボロだ。
このまま行くといつものパターンで押し負ける、流れを切り替えないとマズイ。そう思った俺は光の球を霊鳥の眼前に打ち出して目くらまししつつ、後ろに下がり刀を鞘へ収める。
息を整え、改めて霊鳥へ集中する。半身で左手を前に出したいつもの基本形で俺の動きを見据えている。
左手ごと刀を腰元に合わせ、右半身で鞘を隠すようにして腰を落とす。
脱力を意識して、前方に倒れるように飛び出した。
俺の間合いに霊鳥を捉えると同時に、鞘から滑らせるように〈紅黄金〉を抜き放つ。そのままではスウェーで躱されるだけなので、抜き切る前に目くらましも兼ねて霊鳥の前に槍を模した炎を創り、打ち出す。それに合わせて霊鳥の後ろにも火球を複数生み出しておき、斬撃のタイミングに合わせて射出する。
恐らく普通ならほぼ同時に襲い来る攻撃には対処しきれず、最低でもどれか一つは直撃するだろうが、あいにくと相手が相手なのですべて捌かれるのは見えている。
霊鳥の前に、俺のと同数の炎の槍が生じ相殺される。
「フッ!!」
短く息を吐く音が聞こえ、続けて霊鳥を襲った斬撃は突き出した左手の甲に刀の腹を乗せるようにして流され、後方から射出した火球は霊鳥の後ろにV字に展開した障壁で受け流された。斬撃を流した霊鳥の左手に連動するように、カウンターの右の掌底が襲ってくる。
抜刀の勢いを殺さず、俺は回転しながら霊鳥の右手側に回避する。そのまま回転の勢いで再度斬撃を放ちたいが、すでに刀の威力は殺されているため左手で逆手に持った鞘で一撃を放つ。霊鳥の右手は掌底を放つために伸ばされ、左足を踏み出しているこの瞬間であれば、一瞬ではあれど反撃も体勢を整えるための回避も出来ない。
直撃する。
「と、思うであろう?」
顔に一撃入る直前、霊鳥は右手を引き戻し鞘を止めた。フェイントだったのだろうが、右手を戻すのがギリギリだったために鞘が霊鳥の視界を一瞬ふさぐ。
さぞや腹の立つドヤ顔をしてるんだろうと思いつつ、俺は後ろにいる霊鳥を肩越しに確認しつつ右足で後ろ廻し蹴りを全力でぶちかます。
「甘かっぬごぉ…ッ…!」
霊鳥の右の脇腹へと俺の足が吸い込まれるかのように着弾した。
勝者の余裕を気取ろうとしていたのか、何かを言いかけた霊鳥が悶絶している。
膝を落とし脇腹を抑えてプルプルしている霊鳥に言ってやる。
「フッ、飛天〇剣流の抜刀術は二段構えでござる。」
「ぐぅおぉ……。三段であったし…そもそも今の蹴りであったろうに…。」
言いたかっただけである。子供のころ傘とかでやったよね、斎藤さんの『牙〇』とか。
「まぁそんなことはどうでもいいとして、これで一本だよな?」
「ぬぅ、確かに一本よな…良かろう。お主は体を休めよ、我の方で準備はしておく。明日には出来上がるであろうが、その間も鍛錬はしておくようにな。」
「よしっ!!サンキューな!やっと異世界を見られるわけだ、長かったあ。」
翌日、旅の準備が整ったと言われた俺は霊鳥から旅装と荷物を受け取った。
と言っても、霊鳥から空間魔法を教わっているので重要な物のほとんどはそっちに入れて、荷物はほぼダミーみたいなものだ。
何かの革で出来たマントと、一般的な旅人や行商人が使うらしい衣類を着て気分は既に一端の旅人だ。
「ふむ、ご機嫌だのう。」
「はっ、そりゃな。向こうの世界じゃこんなことしようと思ってもなかなか難しいからな。」
「まぁ、はしゃぎ過ぎんようにな。ちゃんと得物はもったか?武具は装備せんと意味がないからな。」
「わかっとるわ、鉄板ネタだな。」
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。いや、ネタから離れろよ!」
「冗談だ、今のお主の力なら大概の厄介ごとや荒事ぐらいは問題ないであろうが努々油断はせぬようにな。」
「ああ。この世界は人外やら化け物じみた強さのヒトもいるんだもんな、わかってるよ。」
「それでよい。ではな、短い間であったが存外楽しかったと思えるわ。」
「おう、俺もだ。それじゃ、世話になった、ありがとうな。」
「うむ。ここからだと距離がある。出口付近にゲートをつなげるゆえ、それを使うが良い。」
そう言って霊鳥は左手を振り、人ひとり通れるほどの空間の歪みを生み出した。
それを見ながら、俺は霊鳥に問いかけた。
「お前はこの後どうすんのよ?」
「うむ?我はこのままここで過ごすが?」
「ふーん。また俺みたいに誰かを呼ぶとか?」
「いや、特に理由があっての事ではないのう。」
「そっか、なら一緒に行こうぜ。」
「我がか?別に我を気にすることはないぞ。」
「そういう部分も無くはないけどな。お前言ったよな、俺の自由にしていいって。お前と一緒の旅なら飽きずに楽しめそうだから、俺がお前を連れて行きたいだけだ。」
「ふむ、そうまで言うなら仕方ないのう。それならお主と一緒に旅でもしてやろう。」
「うっわー、上からだわー。やっぱ無しにしてもいい?」
「男に二言はないというではないか、責任は取らねばのう?」
「あんまり人生で言われたくないセリフだよね、特に女の人からは。」
まぁ、思ってたよりもすんなりOKが出てほっとしたのは内緒だ。
実際これまで過ごしてみて、霊鳥となら一緒に旅をしても気楽になんだかんだ楽しいだろうと思っていたので俺としてもありがたい。
ただ外に出る前に先に決めておかないといけないことがある。
「なあ、お前外での名前どうする?」
「ああ、さすがに霊鳥ではマズイか。ふーむ、何か案はないのか?」
「丸投げかよ!お前の名前だろうが!」
「そう言われてものう。我は今まで必要なかったし、馴染みがないのでな。」
「それもそうか…。んー、それじゃ『フィーニ』ってどうよ?」
「ほう、それでもよいが何か意味があるのか?」
「語感とかもあるけど、一応な。霊鳥バージョンの時の姿が火の鳥とか不死鳥みたいな感じだったから、それを別の国でフェニックスとか言うんだよ。そのフェニックスの違う読み方でフィーニクスってのがあったはずだから、そこからだな。」
「ほう!なかなかいいではないか!では、今から我はフィーニと名乗ろう。」
「即決かよ、まぁいいけどさ。」
「さて、では行くぞリョージ!」
「はいはい、行きますかフィーニ。」
そんなやり取りをしつつ、俺たちはゲートに向って歩き出した。
自由に気兼ねなく一人で行くより、フィーニと一緒ならきっと騒がしくて楽しい旅になるなとこれからに思いをはせながら。