立ちふさがるはよく見た顔で。
「――けるな!」
俺の声は広い草原へと拡散した。
気づけばあたりは白い部屋ではなく山の中腹あたりにある見晴らしの良い草原に立っている。
前回とは違う場所。
だが山の方に見える高い針葉樹には見覚えがあった。
あれは前回戦った森なんじゃないだろうか。
「……はぁ」
俺はため息を吐く。
また戦わなければならないのか。
死なないことがわかっている前回よりはマシかもしれないが、それでも嫌なものは嫌だ。
怪我をしないのは良いが、痛いものは痛い。噛まれれば痛みに襲われるし、引っ掛かれると悲鳴を上げそうになる。
頭上を見上げれば前回と同じく自分の名前と緑色のバー。
HPとか言っていたっけ。
それと飛ばされる前にもなんか言ってた気がする。
なんだっけ。
回避じゃなくて防御しろみたいな。
「確かに敵の攻撃を避けようとしなくなってからはHPの減りが穏やかになった気がする」
前回の戦いのことを思い出そうと頭をひねっていると、空中が何の前触れもなく燃え出した。
《ゴブリンソルジャーを倒せ!》
炎の文字を読んでからクリア条件が変わっていることに気づく。
フォレストウルフリーダーではないのか。
そう考えると難易度は下がっているのか?
ゴブリンと言えば冒険者が最初に戦う魔物だ。
小さな体躯に鋭い牙と爪を持っていて、一匹一匹はさほど脅威ではない。
ただ群れを作り、ゴブリンキングやゴブリンクイーンなどが現れると爆発的に繁殖するので定期的に討伐依頼が組まれる。その討伐依頼が一つ星冒険者の主な収入源だ。
ただ皮も牙も爪も売れる部位がないので実りはあまりなく、ベテラン一つ星冒険者の俺から言わせるとゴブリン討伐よりも薬草採取の方が儲かる依頼だったな。
《ウェーブ・ワン》
そんなことを考えていると近場の木々が並ぶ林からゴブリンが現れた。
距離は50メートルほど。
頭上に浮かぶ名前はそのままゴブリン。
特に変わった事はない、今までなんども見てきたゴブリンだ。
そしてダイスは俺から現れた。
「おっ」
動けることに気づいて、俺と一定距離を開けて立ち止まっていたゴブリンへと向かって走る。
フォレストウルフと戦った時は向こうから先に攻撃してきたのに、今回は俺からできるのか。
何かあるのかもしれないが、今の俺じゃあ分からないな。
あとで時間があればマスターに聞いてみよう。
HPのこともそうだったけど、俺にはない知識を沢山持っている。
確かに生意気な子供だが頼れる部分はあるのかもしれない。
目の前までゴブリンが迫ると、俺はゴブリンへと走った勢いをそのまま乗せた前蹴りをぶちかました。
「クギャア!」
短い悲鳴を上げてゴブリンが地面に転がる。
ダイスの目は俺が五、ゴブリンが二だった。
ゴブリンのHPバーはそれだけで半分程も削れる。
「弱いな……」
これなら余裕で勝てる。
剣さえあれば首を狙って一撃で倒せたりもするのに。
俺の頭上からダイスが消え、ゴブリンだけに残る。
立ち上がったゴブリンはそのまま俺へと攻撃してきた。
避けれそうな気もするが素直に防御することにする。
鋭い爪のある左手をこちらの右手で抑え、噛み付こうとしてきた顔をゴブリンの額を左手で押した。
しかしゴブリンの塞ぎきれなかった右手が俺の体を引っ掻く。
鋭いといっても荒く削れた爪は肌の肉を削ぎ落とすような痛みを招いた。
「っ!」
痛みを堪えながらダイスを確認すると俺が二、ゴブリンが六。
俺のHPバーは一割も削れなかったが、痛みは痛みだ。
「この野郎!」
距離を取ったゴブリンのダイスが消えたのを確認した瞬間に俺は攻撃を仕掛ける。
痛いのはあまり好きじゃないだ。
先ほどと同じように繰り出した蹴りは両腕を前に出して防御しようとしたゴブリンを弾く。
「ギッ!」
最初の攻撃のように地面を転がるほどではなかったが、ゴブリンがバランスを崩して地面に尻をつけるくらいの威力はあったらしい。
ダイスは俺が三、ゴブリンも三。
HPバーは一割ちょいしか削れなかった。
それでもゴブリンのHPは残り三割ちょっと。俺はまだまだ九割以上も残っている。
余裕で勝てるな。
勝利を確信した俺はそれでも気を抜かないようにゴブリンの攻撃に備えた。
「ギャッ!」
飛び跳ねながら噛み付こうとしてきたゴブリンは先ほどよりも素早く、何とか噛まれないようにだけする。
「くそっ」
頭を両腕で抑えることで噛み付かれこそはしなかったがゴブリンの爪が肩や二の腕に刺さっていた。
ダイスは俺が一、ゴブリンが四。
HPバーが九割を下回る。
「おらっ!」
動けるようになってすぐに蹴りを馬鹿の一つ覚えのようにゴブリンへと繰り出した。
パンチなんかよりも蹴りの方が強い。武器があればそれが一番いいんだが、こんな素人の蹴りじゃゴブリンを倒すのにも時間がかかる。
ダイスは俺が四、ゴブリンが六。
蹴りを防ごうとしたゴブリンのガードごと打ち抜きダメージを与える。
ゴブリンのHPは三割を下回った。
「グギャウ!」
また飛び跳ねるのを警戒していたが、今回は真っ直ぐに走ってきた。
「おらっ!」
俺はゴブリンが伸ばしていた右腕を掴み、逆にこちらへと引っ張ることでゴブリンを転ばせる。
ダイスは俺が四、ゴブリンが二。
ダメージはない。
「トドメだ!」
俺はゴブリンの頭上からダイスが消えたのを見て駆け出した。ゴブリンの顔にめがけて蹴りを繰り出す。
「グギャア!」
慌てて両手でガードしようとするゴブリンだが、そんな緩いガードをすり抜けてゴブリンの顔面へと俺の革靴がめり込んだ。
ダイスは俺が五、ゴブリンは三。
ゴブリンの顔にめり込んでいた脚に感じる抵抗が無くなったと思ったら、ゴブリンが光のカケラとなる。
「勝った……」
空へと登っていく光の粒を見ながら突然現れた炎を眺めて俺は呟いた。