悪夢は何度でも繰り返す。
「なに戻ってきてんの。そこは死んどきなさいよ」
開口一番に罵倒された。
「あ、え、あ?」
まるで悪い夢でも見ていたかのような感覚に一瞬戸惑うも、すぐに先程のことを思い出す。
「お、俺……死んだんじゃ……」
両の手のひらを開いたり閉じたりするがなんともない。
「死んだわね。HP消しとばされてクエスト失敗。魔力が無駄になったじゃない」
「えいちぴー?」
「ヒットポイント。あなたの体力のことよ。頭の上にあったゲージ。あれよあれ」
そんなことも知らないのとばかりに呆れた顔をするマスター。
「やっぱりあれが無くなるとダメだったのか」
「当たり前でしょ」
「俺はお前と違ってゲームとやらを知らないんだ」
「こっちからは命令を飛ばせなかったし、完全オートゲーよこれ。中に入ったらあんた一人でなんとか頑張りなさい」
「無茶言うな……」
またわからない単語が出て来たがいちいちそんなことで会話を止めていたら話が進まない。
「でもレベル1でいきなりステージスリーはキツかったかしらね。一つ星の雑魚ユニットだし」
「……俺が弱くて悪かったな」
「あなたの弱さを見くびってた私も悪いわ。あんなに弱いとは思わなかったの。ごめんなさい」
「バカにしてるだろそれ!」
「しーらない。私は素直に謝ってるだけよ」
嬉しそうにメニューを呼び出すマスターに嫌気がさす。
俺はこれからずっとこんな奴と一緒にいなきゃならないのか。
どうにかここを抜け出せないのか?
辺りを見渡すも出口らしきものはない。
壁四面が真っ白に囲んでいるだけ。
「うーん、素直にステージワンから行かせるか迷うわね」
「パーティーメンバーは増やせないのか?」
「嫌よ、魔石をガチャになんか使うの。どうせまたおっさんが来るのよ。一人でもうんざりしてるのに二人もいらないわ」
手をひらひらと振って否定するマスター。
しかし、俺一人ではどうやっても狼達には勝てない。
「だけど今のままだとあいつらに勝てないぞ」
「そんなのわかってるわよ」
うるさいとばかりにマスターがこちらを睨む。
口を出されたのがそんなに嫌だったのだろうか。
「だから今こうやって勝てる方法を模索してるんじゃない」
「お、おう」
マスターはまるで餓鬼のように機嫌が揺れ動くな……。
見た目は子供っぽいけど恐らく15から16歳くらいだから成人だとは思うが、それでも俺の半分以下の年齢だ。
「ねぇ、今なんか失礼なこと考えてたでしょ」
「えっ、いや……。なにも……」
突然の鋭い女の勘にヒヤリとする。
だが目を逸らしたことで怪しさが増したのか、マスターの声がさらに不機嫌になった。
「ふん、どうせ背も低いし胸も無いわよ。笑えばいいじゃない」
「流石にそこまで失礼なことは考えてないから!」
勝手に被害妄想をして不機嫌にならないでくれ……。
なにがタチ悪いって八つ当たりが俺に飛んで来ることだ。
最悪すぎる。
「やっぱりレベルを上げるのが一番な気がするわね」
メニューへと向いていた視線がこちらを見た。
「レベルってのはなんだ? どうすれば上がるんだ?」
何度かマスターの口から聞いた言葉だが意味は分からない。
「チカラの階級みたいなものよ。クエストをクリアしたり、敵を倒せば経験値が貰えて、一定数貯まるとレベルが上がるわ」
「クリア出来たら苦労しないんだよ……」
クエストをクリアするのにレベルアップが必要で、レベルアップにはクエストのクリアが必要。
どうしようもない。
「すぐに強くする方法もあるにはあるのよ」
「例えば?」
「武器を買う」
マスターが始めて至極真っ当なことを言った気がする。
てか、すっかり忘れていた。
「そうだ! 俺、剣を持っていないんだよ!」
「知ってるわ。あなた、最初に剣が無くて慌ててたじゃない。あれは見ものだったわ」
「絶対笑ってただろ……」
人が狼にやられているところを笑っているマスターの姿が容易に思い浮かぶ。
「それよりも剣でしょ、剣」
「……ああ」
なんだか上手く躱された気がする。
「カテゴリーは何がいいかしら。片手剣?」
「ロングソードがいいな。冒険者時代はずっとそれを使ってたから」
「ふーん。確か適性は魔法系以外ほぼあった気がするけど、普通ね」
「普通で悪いかよ」
「なんでもいいわ」
興味なさげに再度メニューをいじるマスター。
「鉄のロングソードは200ゴールドで買えるね」
「ゴールド?」
謎の単位が現れた。
「ゲーム内で使えるお金よ。強化やアイテムの購入ができるわ。アイテムは武器や防具の他にも素材から食べ物なんかまで、だいたいなんでも交換できるわね」
「ゴールドはいくらあるんだ?」
「初期からぴったり1000ゴールドあったわね。たぶんクエストとか行けば増えるんじゃないかしら」
「なら鉄のロングソードを頼めるか?」
十分に買える金額だ。
武器があるかないかではかなり変わる。
俺がクエストに行かなければゴールドは手に入らないんだ。
初期投資と思ってもらおう。
「嫌よ」
だが、マスターに拒否される。
「なんでだよ!」
なんなんだこのマスターは……。
「こういう高めなアイテムって基本的にドロップするのよ。そう思って探してみたらちょうどステージワンのドロップ候補にあるのよね」
どろっぷという言葉が何かは分からないが、彼女の笑顔には見覚えがあった。
「試しにもう一度素手でお願いしようかしら」
「なっ!」
「一つアドバイスするとしたら、あんたって回避値が低いから回避コマンド使うよりも防御コマンド使った方が良いわよ」
マスターは一方的に謎のアドバイスをしてメニューを操作した。
「ふざ――」
それを止める間もなく視界が暗転する。
天丼っていいですよね。
ブクマ、評価してくれた方々ありがとうございます。