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後悔はいつだって手遅れである。

 


「キャウンッ」


 横腹を下から蹴り上げられたフォレストウルフは数メートルほど吹き飛んだが、空中でクルリと体勢を立て直し、こちらを睨んだ。


「グルルルルルッ」


 唸るフォレストウルフの緑色のバーは三割ほども削れていた。


 チラリと自分の頭上を見上げるとダイスが消えている。しかし、フォレストウルフにはダイスが浮いたままだ。


 両足がまた地面に張り付いてしまった。


 攻撃してくる。


 そう思った瞬間にフォレストウルフが地を蹴った。


 フォレストウルフのダイスが回り始め、俺にもダイスが現れて回転を始める。


「ゥウガゥ!」


 腹が地面に擦れるほど屈んだフォレストウルフが飛び上がった。


 攻撃されるたびに減っていく緑色のバー。

 これが無くなった瞬間、どうなってしまうのかは分からない。


『むしろ死ね!』


 脳裏にマスターの声が蘇る。

 彼女の言葉通りなら死んでしまうのかもしれない。


 緑のバーが減って良いことなんて絶対にないはず。


 俺のバーが無くなる前にフォレストウルフのバーを削りきらなければ。


 喉元に噛み付いてきたフォレストウルフの攻撃を上半身をずらす事で避ける。


 攻撃が当たらなければ謎のバーが減少することはないだろう。


 ダイスはフォレストウルフが三、俺が四。


 俺の方が数字が大きい!


 空を噛むフォレストウルフの牙が俺の顔の右横を通り過ぎてく。


「よしっ」


 攻撃を避けることもできるんだ。

 そう思った瞬間、左肩を噛まれた。


「ぐあああ!」


 俺が避けたと思った瞬間にフォレストウルフが俺の左肩に爪をかけて背中に張り付いたんだ。


 灼けるような痛みの中でなんとかそれだけを理解する。


 なんで!?

 ダイスの目はこちらの方が高かったはずなのに!


「くそっ!」


 距離を取ったフォレストウルフを睨む。


「グルルルルルッ」


 フォレストウルフもこちらを睨み返した。


 俺のバーは六割ほどまで削れていた。フォレストウルフのバーはまだ七割もある。


 あのダイスはなんなんだ。


 理解出来かけていたと思っていたのにまた混乱の渦に呑まれてしまう。

 だがこのまま棒立ちになっていても何も変わらないことは確かで、むしろ何もしないまま敵にダイスが移ってしまうかもしれない。


「この野郎!」


 動けないであろうフォレストウルフへ先ほどと同じようにお腹を蹴り上げるために近づいた。


「おら!」


 勢いのつけた蹴りを隙だらけのお腹へと大振りでお見舞いする。


「なっ!」


 しかし、蹴りが敵の体を捉えることはなかった。


 フォレストウルフが俺の攻撃を避けるようにジャンプしたのだ。


 なんで動けるんだ!


 慌ててダイスを確認すると、俺の頭上に現れていたのは二、フォレストウルフのダイスは三。


 フォレストウルフの方がダイスの目が高い。

 なぜだ。さっき俺が高かった時は避けれなかったし逃げられもしなかった。


 それなのにフォレストウルフは回避している。


 訳がわからない。


 まだ俺が気づいていないルールがあるんだ。


「グァゥ!」


 再度頭上でダイスを回しながら攻撃してきたフォレストウルフから逃げようとするも、先程の噛み付きを思い出す。


 どうせ避けられない。


 両足が地面に張り付いた状態での回避は難しいだろう。


 ならば……。


「ぐっ!」


 俺はフォレストウルフの口を思いっきり抑えた。

 突っ込んできたフォレストウルフの顔を自分の脇で抱えるようにしていると噛まれはしなかったが、二本の前脚でお腹やら脇腹やらを裂かてしまう。


 ダイスは俺が二、フォレストウルフが四。


 向こうの方がダイスの目が高い。

 それでも先ほどよりは痛くなかった。


 フォレストウルフが離れた後にゲージを確認するとまだ五割以上も残っている。


 避けられないならダメージを少なくすることを考えればいいのか。


 まだなんとか勝てるかもしれない。


 そう思うと力が湧いてくる。


 俺はこんなところでは死にたくなんかない。


「オラ!」


 両足が自由になり、自分のダイスだけが残っているのを確かめてからフォレストウルフへと攻撃を仕掛ける。


 俺のダイスは五、フォレストウルフのダイスは二。


 首元を狙った蹴りは見事に命中した。


 フォレストウルフの緑色のバーが揺れ、半分を下回る。


 これで俺が有利になった。

 あの緑色のバーを目安にするのならば。


 あのバーがなんなのかは分かっていない。

 予感と予想であれを壊せばいいと思っているが、そうじゃないかもしれない。


 先程のダイスのように、全く違うルールが存在しているかも。


「グルァ!」


 だけど、今の俺にできるのは耐えて蹴り、耐えて蹴りを繰り返すことだけ。


 フォレストウルフの攻撃を今度も口を押さえようとするも、


「ぐあっ!」


 失敗して二の腕を噛み付かれる。


 燃えるような痛みを我慢しながらダイスを確認すると、俺が一、フォレストウルフが六だった。


 俺のゲージは残り四割ちょい。


「この!」


 痛みが引くのを待たずに攻撃を仕掛けた。


 ダイスは四、フォレストウルフも四。


 蹴りは命中してフォレストウルフの右前脚の付け根を強打する。

 フォレストウルフの体力は三割を下回った。


 あと一撃、あと一撃あればいける。


「ウガゥ!」


 フォレストウルフの噛みつきを再度抑え込む。


 ダイスは俺が五、フォレストウルフが一。


 引っ掻きを注意したからかダメージはなかった。


「くたばれ!」


 俺の腕から逃れたばかりのフォレストウルフへと渾身の蹴りを繰り出す。


 しかし、フォレストウルフがまたもや後方へと飛び跳ねて逃げる。


 逃げない時と逃げる時の差はなんだ。


 ダイスは俺が三、フォレストウルフが五。


 俺のほうが低い目になっている。

 先程避けられた時も俺のほうが低かった。


「いっ!」


 フォレストウルフの攻撃にまたもや口を押さえに行くも、太ももを強く引っ掻かかれる。


 ダイスは俺が二、フォレストウルフが五。


 ゲージは二割以上あるがフォレストウルフとあまり変わらなかった。


 これ以上は危ない。


 もしかするとあと一撃でゲージが吹き飛んでしまう可能性がある。


 その前に倒さないと。


「うあああ!」


 俺はフォレストウルフへと叫びながら攻撃する。


 今まで生きてきた中でこれほどまでに命懸けで戦ったことは無かった。

 いつもは危ない敵を見たらすぐ逃げ、無謀な戦いはしないでいたから。


 そのせいでせっかく見つけたパーティーメンバーもすぐに別れていき、一人のことが多かった。


 『無茶をせずに逃げてばかりだから万年一つ星なんだよ』と言われたこともある。俺としてはケガをしないことが第一だと思っていた。大怪我でもしたらおしまい。引退しないといけなくなるのだから。


 だけど違ったのかも。


 安全の事を考えるのも良かったが、それ以上に必死に敵を倒そうと思うことがなかった。


 もっと早くこのことに気づいていれば何か違ったのだろうか。


 逃げるどころか丸まったフォレストウルフの頭へと渾身の蹴りが炸裂する。


「ギャウッ!」


 ダイスは俺が五、フォレストウルフが一。


「やっ――」


 好感触な攻撃に喜びの声を上げそうになるも、頭上に存在したダイスが俺だけ消えて行くのを見て、喉が詰まる。


 ゲージはワンドットだけ残っていた。


「グワゥ!」


 フォレストウルフが噛み付いてくる。


「っざけんな!」


 慌てて防御しようとするも体勢を立て直していなかった。

 フォレストウルフの鋭い牙がお腹に突き刺さる。


「ぐあああっ!」


 ダイスは俺が一、フォレストウルフが六。


 激痛に思わず目を瞑ってしまう。


 ここまでか。


 そう思ってしまったが、次第に収まっていく痛みに恐る恐る目を開くと、俺のゲージはあと一割程残っていた。


「……はぁ」


 思わず安堵の息が出る。


 そして目の前で唸りながらこちらを睨むフォレストウルフへと最後の攻撃を行った。


「お前が死ねっ!」


 ダイスは四、向こうは三。


 顔に当たった蹴りはそのままフォレストウルフを打ち砕いた。


「はぁ……はぁ……」


 先程まで体温を感じていた狼が無数の破片になって天へと登っていくことに疑問を感じるほどの余裕はなく、俺はその場で尻をつく。


 針葉樹の森の中に静寂が帰ってきた。


 しかし、そんな静寂も一瞬で、轟々と炎が燃え盛る。


 《ウェイブ・ツー》


 熱く蠢く炎文字を見た瞬間、脳裏によぎったのは最初に見た文字。


 フォレストウルフリーダーを倒せ。


 つまり……あの言葉は……リーダーを倒すまで帰れないということなのでは……。


 そんな考えたくない思考を肯定するように、森の奥からフォレストウルフが二体現れた。


「ふざけんな! ふざけんなよ!」


 俺は慌てて立ち上がるも、この後どうなるかなんて目に見えている。


 二体のフォレストウルフの頭上にはダイスが一つづつ存在した。


「ふっざけるんじゃねぇ!!」


 俺の叫ぶのと同時にフォレストウルフの牙が喉を捉え、俺の残りわずかだった緑色のバーが消し飛ばす。



 虚しくも、儚くも。


 俺はここで死んだ。



 《クエストフェイルド》



 頭上で煌々と燃える文字は知らない言葉だったけれども、なぜかその意味がわかる気がした。



ブックマークありがとうございます!

呼んでくれる人がいると思うと嬉しくなりますよね。

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