使い魔に死ねと命じるマスターがいるらしい。
「落ち着いたか?」
興奮しすぎたのか肩で息をする少女に俺は尋ねた。
「ま、まあまあね」
流石にさっきの発言はやり過ぎたと自覚しているのか、少女は気まずそうな顔をする。
「と、とりあえず私はこのゲームで幼女を集めることに全力を尽くすわ。異論反論異議意見、何もかも認めないから」
「せめて意見くらいは言わせてくれ……」
「発言は自由よ。好きにすればいいわ。ただ認めないだけだから」
「サイテーだ……」
この先やっていけるんだろうか。
不安しかない。
「それで、俺になにをさせるつもりなんだ?」
「ステージを攻略しに行くの」
「は、はぁ……」
まったくもってなにも理解できない説明だった。
「このゲームはソシャゲ風な作りになってるの。ガチャやドロップで使い魔を集めて、レベルを上げたりランクアップさせたりで強化していくシステムね。そしてエンドコンテンツとして他のユーザー同士で戦うアリーナなんかがあるわ」
「さっぱりわからん」
「あなたは理解しなくてもいいわ。そこは私の仕事だから。あなたは敵と戦うってことだけを覚えてればいいから」
頼もしいのか頼もしくないのかさっぱり分からない。
彼女にだけ任せっきりにするという行為がすでに不安だらけだ。
「基本的にはソシャゲと同じ感覚で進めていけばいいと思うの。仲間を集めて強化して、マップを進めて魔石を集めてさらにガチャで仲間を呼ぶ」
「その……そしゃげ? ってのはなんなんだ?」
「私の世界にあったゲームの総称よ。別名金捨てのドブ」
「お前が憎悪してることだけは分かった」
「水着なイーゾちゃんに何十万つぎ込んだのか分からないわ。あの運営は絶対に許さない」
彼女の恨みはかなり根深いらしい。
「まあいいわ。今となっては昔のことよ。そんでね、あんたは――」
「その前にあんたって呼び方やめてくれないか?」
「……そういえば名前を聞いていなかったっけ」
すごいどうでも良さそうに、顔へ垂れてきた前髪を後ろへ搔き上げる少女。
「俺の名前はヴァイ。ヴァイ・ザートだ。よろしくな」
「似合わないわね」
「言わないでくれ……」
名乗った瞬間に名前のダメ出しをされたのは生まれて初めてだ。
俺の方が年上なはずなのに……。
敬意はないのか敬意は。
「私はマスターでいいわ。マスターが敬称だから様はつけなくても許してあげる」
この……ガキっ。
「どうかしたの?」
当たり前のことしか言ってないじゃないとばかりに首をかしげる自称マスター。
「はぁ……。いや、なんだかもう怒るのも馬鹿らしいなって思えてな」
「分かってきたじゃない。あなたは私の言葉に疑念を抱かずに死んだ魚の目をした社畜のように働けばいいのよ」
「こんなマスターは嫌だ!」
やっぱりここは地獄だ。
真面目に生きてきたと思っていたけど俺は罪を犯していたのかもしれない。
「つべこべ言わずに周回してきなさい。さっきから魔力が溢れてる状態で勿体ないのよ」
「ま、魔力……?」
それって魔法使いなんかが魔法を使う時に集めるっていうあれか?
「スタミナみたいなものよ。今は20あるわね。各ステージにクエストが四つあるの。クエストを攻略しに行くのに消費するのが魔力よ」
「つまり……なんだ……。俺がこれから行くのがクエストってやつなのか?」
「そういうことね。パーティーは最大で五体まで。クエストに行くための魔力消費はパーティーの合計ランク数よ」
「俺一人なら魔力は一つでいいってことか」
「あら、数字はわかるのね。偉いじゃない」
褒められてる気がしない……。
いや、馬鹿にしてるだろこれ。
「周回するなら低レアの方がお得ってことよ。攻略できるかはまだ分からないけど、無理ならその時考えましょ」
不穏なことを言いながらマスターは半透明な板を触り始める。
「さっきから気になっていたんだが、それはなんだ?」
「これ? これはメニューよ」
「め、めにゅー?」
また知らない言葉が出てきた。
「これで色々操作するの。パーティーを組んだりガチャを引いたりアイテムを購入したり。クエストなんかもこれでやるの。マスターレベルが低すぎて機能の半分くらいしか使えないけど」
マスターはペラペラと説明しながらもメニューを慣れた手つきで触る。
「これでパーティーにヴァイを入れれば……」
ターンっと音が鳴りそうなほど軽快にマスターがメニューをタップすると、どこからともなく無機質な声が響いた。
『ヴァイ・ザートをリーダーユニットに設定しました。以降、リーダーユニットの変更はできません』
無機質な声が聞こえなくなると、真っ白な部屋の中は静寂に包まれる。
先程まで機嫌が良さそうだったマスターが、だんだんと不機嫌になっていくのがよく分かった。
「ちょっとちょっとちょっと!!」
謎の無機質な声が発した言葉の意味を理解できたのであろうマスターが慌ててメニューを触り始める。
「な、なんでこんな雑魚をリーダーユニットなんかにしないといけないのよ!」
雑魚で悪かったな……。
「なんでパーティーから外せないのっ!」
メニューを叩いたり払ったりと必死に試行錯誤するが上手くはいかないらしい。
「お、おい……。どうしたんだ……」
俺が声をかけた瞬間、マスターがピタリと固まった。
「……うっ」
首だけを動かしてこちらを見たマスターに一歩たじろぐ。
「そもそもあんたがガチャで出てくるのが悪いのよ! 幼女をよこしなさいよ!」
「いってぇ!」
こ、こいつっ!
人の脛を蹴りやがった!
「あーもうアイコンが冴えないオッサンになるじゃないのありえないありえないありえない!」
頭を抱えて喚くマスター。
冴えないオッサンで悪かったな……。
「こうなったら……」
長い黒髪を揺らしながら手元にメニューを表示させた彼女はまた操作し始める。
やばい、嫌な予感しかしない。
「死ぬほどこき使ってやるんだから! むしろ死ね! 死ねばリーダーユニットも変わるでしょ!」
「おい、ふざ――」
俺が彼女を止めようとする間もなく、視界が黒く塗りつぶされた。