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もうあの笑顔はみたくない。



 ゴブリンソルジャーの光が完全に消えると突然目の前に宝箱が現れた。


「え?」


 さっきまでこんなのなかったのに。

 高さは一メートル、幅は二メートルほどと、大きさもかなりあって気付かないはずがない。


 おそらく今現れたのだろう。


 何処からともなく。


 まあここまで不思議なことがあったんだ。今頃宝箱が何もない場所から現れても驚かない。

 流石に宝箱から次の敵が現れたりしない限りは……。


 ちらりと頭上を確認するが、俺のHPバーはもう一割もない。


「だ、大丈夫だよな?」


 一度疑念が生じると宝箱に触れるのを躊躇ってしまう。

 なぜクリアになったのに俺のHPバーは消えていないのだろう。まだ戦わせる気があるからではないだろうか、なんて深読みをしてしまう。


 幾ばくか時が流れ、風が頬を撫でる感触を意識できるほどに落ち着いてから、俺は意を決して宝箱へと手を伸ばした。


「頼むっ」


 名も無き神に祈りながら蓋を押し上げる。

 宝箱は抵抗も音もなく簡単に開いた。


 中からはたくさんの魔物が現れる……なんてこともなく、ただただ俺の意識が暗転した。




     ***




「お疲れ様」


 気づけばマスターが目の前にいた。

 何もない真っ白な部屋の真ん中あたりで座っているマスターはメニューを眺めながら寛いでいたらしい。


「えっと……宝箱は?」


 とりあえず色々聞きたいことはあるが目の前にあったお宝を取り逃がしてしまったのでないだろうかという不安に駆られた俺は最初にそれを聞いた。

 あんだけ苦労して手に入れた権利をみすみす逃してしまったとなるとかなりショックだ。


「ちゃんと報酬は貰えてるわよ。ヴァイが宝箱を開いた時点でメニューで確認できたの」


 しかし杞憂だったらしい。


「なら良かった……」


 とりあえずはホッとする。

 報酬を逃していたらショックなのもあるが、それ以上にマスターの愚痴を聞かされるであろうことが目に見えていたからな。


 本当に良かった。


「でも残念なお知らせよ」


「残念?」


 安心していた俺にマスターが不安なことを言う。


「鉄の剣はドロップしなかったわ」


「なんだそんなことか」


 てっきりもっと最悪なことなのかと思った。


「あんまり悲しまないのね」


「別に。クリアできただけ十分だ」


「なかなか良い心がけね。じゃあもう一周頼むわ」


「は?」


 まるでそこのフォークを取ってくれと言わんばかりの気軽さに戸惑う。


「言ったでしょ。残念なお知らせだって。出るまで終われるわけないじゃない」


「いやいやいや! 休ませてくれよ!」


「嫌よ。クエスト一回やるのだってヴァイがちんたらしてるせいで時間がかかってるんだもの。休みたいならもっと早く終わらせなさい」


「そんなっ……」


 あまりの横暴ぷりに言葉が詰まる。


「でも良いニュースもあるのよ」


 突然笑顔になるマスターに不安になった。


 笑顔を見て不安になるとかおかしいと思う。


「良いニュース?」


 訝しむ俺にマスターはササッとメニューを操作した。


「これよ」


 マスターが何処からともなく呼び出したのは木の棒。


「なんだ……これ」


 受け取ってみるがただの木の棒だ。かなり硬く、丈夫であることくらいは特に特徴はない。洗濯物などを干すときに使うのだろうか。


「棒よ。見てわからないの?」


 まるで馬鹿を見るような目で見下してくる。


「いや……棒なのは分かるが……」


 だからなんだという話だ。


「棒よ棒。RPG系なら最初のお供になるべき武器でしょーが」


「ぶ、武器?」


 これを使って戦えというのか?


「あまり馬鹿にしちゃダメよ。その棒切れ四本あればあなたと同じ攻撃力になるんだからね」


「嘘だろ……」


 長さは一メートル半程で、たしかに硬くしなやかな棒は殴られたら痛そうではあるが、こんな棒が四本あれば俺と同じ攻撃力になるなんて信じられない。


 というか信じたくない。


「ほんとよ。そもそもヴァイの攻撃力って鉄の剣とほぼ同じなのよ?」


「マジかよ……」


 あんまり過ぎる事実に驚愕を隠せない。


「さすが最低レアリティって感じよね」


「悪かったな一つ星で……」


「安心しなさい。一つ星には一つ星なりの良さがあるんだから」


「お前に言われると安心できないな……」


 どうせ五つ星よりも魔力を消費せずにたくさん周回できるとか言いたいのだろう。


「良さを活かすためにもとっととクエストに行きなさい。ヴァイは最高レアの五倍周回しなきゃならないんだから」


 まさにその通りだった。


「その前にひとつだけ質問いいか?」


 せめて飛ばされる前に疑問を解消することにする。


「三十秒よ」


 指を三本立ててメニューを操作する手を止めたマスター。


「攻撃する時やされる時に現れるあのダイスはなんだ? 自分では操作できないのか?」


「あれは攻撃で発生するダメージを決めるためのダイスよ。操作は出来るかもしれないけどヴァイじゃ無理ね」


「なんで俺じゃダメなんだ?」


「だって一つ星レアでスキルなんて持ってないんだもの。高レアユニットならダイス操作のスキルを持ってたりするの」


「……なるほど」


 妙に納得してしまった。

 弱い俺は運命に翻弄されるしかないのか。


「まだ詳しい数値は逆算中だけど、今言えることはダイスには三種類あるってこと」


「三種類?」


「攻撃ダイスと防御ダイスと回避ダイス。あとダイスとは関係ないけどミスとかクリティカルとかね」


「ミス? クリティカル?」


 疑問を解消するために質問をしたはずなのになぜか分からないことが増えた。

 だがマスターがその疑問に答えてくれることはなく、


「三十秒よ」


 笑顔でメニューを操作する。


「あっ! ふざ――」


 止める間も無く世界が暗転した。



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