プロローグ的なちょっち未来の話かも。
プロローグ。本編は次話から。
「星が一つなのでFランク冒険者からスタートになりますが……、本当に……、その……、よろしいのですか?」
年若い受付嬢の子が心配そうにこちらを伺ってくる。
「はい、お願いします」
俺は出来るだけ温和に頷くが、きっと笑みは固まっていた事だろう。
「畏まりました。それではヴァイさん、ギルドカードの発行までしばらくお時間がかかりますので椅子に座って待ちください」
受付嬢が頭を下げた後、肩口で切りそろえた茶色の髪を揺らしながら受付カウンターの奥へと姿を消していく。
「はぁ……」
俺は深くため息をついた。
周りから突き刺さる視線が痛い。
そんな視線から逃げるように冒険者ギルドの隅を目指す。
別に何かしでかしたわけではない。
いや、何もしてこなかったから視線が痛いのかも。
「……ふぅ」
木造で作られた椅子に腰掛けて、ようやく一息吐くことが出来た。
まったく。
マスターのわがままには困らされっぱなしだ。
まさかまた地上で冒険者になる事になるとは。
あれから色々あったけど結局Fランクのまんまか。
ヴァイ・ザート。それが俺の名前だ。
強そうだろう?
名前だけならな……。
俺はこの名前が嫌いだ。だって名前負けしてしまうから。
髭を生やしてマントをたなびかせるオジサマだったならこの名前にも相応しかったのだろう。
だけど、現実の俺は40手前の一つ星冒険者。
過去に訳ありマスターに仕えることになった際に冒険者稼業からは足を洗わなければならなかったのだが、今現在こうして戻ってきている。
随分強くなったと思っていたけど、再び訪れる冒険者ギルドから伝えられたランクは星が一つ。
またオッサンのくせに一つ星なのかと馬鹿にされる日々を送らないといけないのかと考えると気分も暗くなる。
一つ星。これは駆け出しルーキーと同レベルだ。
この世界には神様がいて、神様は様々なルールを設けた。
そんなルールを左右するのがランクだ。
それは賽の形をしているらしく、ランクが多ければ沢山の賽を触れるんだとか。沢山の目が出れば良い結果が生まれる。
例えば鍛冶屋だ。
剣を作る時に振られる見えない賽はランクが一つ星なら一つしか振られない。だから、どんなに調子が良く素材に恵まれていても賽一つ分の完成度になる。
だが、ランクが最高の五つ星なら賽は五つも振られるのだ。当然完成度も賽五つ分の出来となる。
これがどれだけ重要かは子供だってわかる。
この世界の人間はそのことを知らないんだけどな。
俺だってマスターに仕えるまで知らなかった。
だけどランクが上がれば強くなれることは知っている。
だからこの世界の住人はランクをあげようと必死に生きていた。
料理人だろうと鍛冶屋だろうと冒険者だろうと。
マスターはこれを「テーブルゲームの法則」とか呼んでたっけ。
通常の冒険者なら一つ星なんて五年で脱却する。長くても十年だ。
大抵の冒険者は二つ星から三つ星だし、五つ星になれば貴族階級の仲間入りもできる。
それなのに俺は二十年以上も一つ星冒険者をやっていた。
それまで日課になっていた北の森での薬草採取クエスト中で不幸にもアングリーベアーに襲われて死ぬまでは。
アングリーベアーか。
今なら簡単に倒せるんだけどな。
それでも一つ星か。
そしてマスターに召喚され、長い間使役されてきた。まるで奴隷のように。
なので、久し振りにやってきた冒険者ギルドだけにランクも上がっているのではないかと思っていたのだが、死ぬ前と変わらぬ一つ星。
やってらんない。
40歳手前のオッサンが再度冒険者になりたいだなんてやってきて、どんな強者なのかと注目を集めてみればランクは一つ星。
それはもうがっかりされるよ。
笑いものにされても文句は言えない。
お前は今まで何して生きていたんだと。
俺もそう思うもん。お前、何してたの?
特訓もそれなりにやった。剣も弓も使える。
パーティーを指揮したこともある。
大型クエストにだって参加した。
なのに今まで一度もランクが上がったことはない。
確かにアングリーベアーは二つ星クラスで倒す怪物だ。
以前の俺なら死んだが、今なら倒せる。
簡単に倒せる。
なのに一つ星。
解せぬ。
まあいいや。
マスターから言われたのは冒険者ギルドに登録して街に拠点を作ることだ。冒険者として活動するわけではない。
登録が終わるまでゆっくりとしてい――。
「クリムゾンベアだ! クリムゾンベアが現れたぞ!」
突然冒険者ギルド内に駆け込んできた男が大声で叫んだ。
「クリムゾンベア?」
確かアングリーベアーの親玉的存在のやつだっけ。
「誰か倒せる奴はいないのか!?」
焦る男は冒険者達に呼びかける。
しかし、ギルド内の冒険者達は顔を見合わせるだけで手を上げようとはしない。
クリムゾンベアか。所詮アングリーベアーと同じ熊でそこまで強くないんだけどな。
マスターに使役され始めた頃は苦戦してたけど、今なら一撃だ。
「……倒せるけど」
誰も名乗りを上げないせいで冷たくなり始めた空気に耐えきれず俺は手を挙げた。
「あいつさっきの鑑定で一つ星くらったオッサンじゃん」
「一つ星? まじで? あの年で?」
「おいおいおい」
「死ぬわアイツ」
「クリムゾンベアの討伐推奨ランクを知らないのか?」
「三つ星フルパーティー級だぞ」
予想していた通りに騒ぎ出すギルド内の冒険者達。
俺は出来るだけ彼らのセリフを耳に入れないように入り口へと向かった。
「で、熊どこ?」
俺は入り口で不安そうに周りの人の声を聞いている助けを求めていた男に問いかける。
「え、あ、西門から出て行った先の畑だ。チェケンの肉を狙って来たんだと思う」
戸惑いながらも西門の方角を指差す男。
チェケンは空を飛べない鳥で卵を毎日生むことから重宝され、どの町でも育てられている家畜の名前だ。
「分かった」
俺はそれだけ聞いて走り出した。
「あ、おっさん! 一つ星で勝てるわけないって! 死んじまうよ!」
男が声を張り上げていたが無視する。
俺は真っ直ぐに西門を目指し、西門を抜けてからは整っていない砂利道を突き進む。
あの男の言っていたことは本当のようで逃げて来る者はいるが、外へ向かう者はいない。
みんなが一様に何かから逃げている。
「お父さん!」
俺が畑に到着した時には三メートルを超える大熊が細びた男へと襲いかかろうとしている瞬間だった。
近くの小屋に隠れた少女が尻餅をついている細びた男を呼んでいたが、そんな状況を詳しく確認している場合でもなく、急いで背中から外した弓を番えた。
ヒュッと空気を切り裂く音を鳴らした後、弓から放たれた矢は熊の左目に深々と命中する。
「ゴァアアアア!」
野太い悲鳴をあげる熊が目の前の細びた男から俺へと意識を向けた。
俺は弓を背中に戻し、腰に刺した剣を抜く。
抜いた剣は業物――なんてことはない。
どこにでも売っているような鉄製の剣だ。
マスターの細工はされているが。
四つ脚でドスドスとこちらへ走ってくるクリムゾンベアに剣を構える。
「グガア!」
血の色をした牙を見せつけながら噛みついてきたクリムゾンベアの首筋を、
「おりゃあ!」
俺は一太刀で両断した。
ズシンと崩れる落ちるクリムゾンベア。
やっぱり強くないじゃん。
『ランクなんて飾りよ』
ふっと記憶の隅にあるマスターの声が頭をよぎる。
あの言葉は本当なのかも。
俺ってオッサンで底辺の一つ星だけど……かなり強いのかもしれない。
モチベーションがそのまま執筆速度になるタイプ。
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