金色の心獣使い 〜カレーは正義〜
正義なんてモンは人それぞれだ。
だが、納得できる俺以外の正義には出会ったことがねぇ。
「ボン殿。心苦しいのはわかる。だが、どうかそなたの心獣の力をお借りしたい」
そう言ってハゲ散らかした頭を下げるのは、この国のお大臣様だ。なんでも、隣接する帝国に攻め込まれて、国が存続の危機なんだとか。
はぁ、くだらねぇ。
「う、生まれた国を守りたいとは──」
「思わねぇよ」
俺はスラムで育った孤児だ。
国に世話になったこともねぇ。
心獣使いになった途端に手のひらを返して、自分の娘を使って色仕掛けをしてくるような奴ら、手伝ってやる義理はねぇな。金を積まれたってどうでもいい。
だいたい、自分たちだって他国を攻めて略奪してんじゃねぇか。
俺は大臣を無視して小屋を出た。
目を閉じ、心臓に魔力を送る。
胸の中に暖かい感覚が広がり、渦を巻く。
ドクン。鼓動とともに外に飛び出る。
目を開けると──。
『おはよー、ボン』
「よう金龍。呼び出して早速だが、この国とはしばらくオサラバだ」
『あ、なるほどねー』
身の丈10メートルほどの金の龍。
俺の心が生み出した獣らしい。
金龍の頭に飛び乗ると、小屋の中から大臣が慌てた様子で飛び出してきた。小屋の周囲に隠れている影の者がいるのは、金龍と感覚を共有している今なら丸わかりだ。
まぁ、どうでもいいが。
「待つのだ、ボン殿! 結局、お主の正義とは一体──」
大臣のあれは時間を引き伸ばそうとしてるな。影の者が動いている。くだらねぇ。
「飛べ、金龍」
『おっけー、どこいく?』
「海鮮が食いてぇ。ダラリア諸島だ」
『ん、かしこまりー!』
風が逆巻き、俺と金龍は空に浮かび上がる。ゴミのように小さな大臣を見下ろす。
「俺の正義は、カレーだ」
この距離じゃ聞こえないだろうけどな。
金龍はクスクスと笑いながら南を向く。
ダラリア諸島。
昨年の不作の影響で、人々は飢えに苦しんでいるらしい。
俺たちは海の上を飛んでいた。
『さかな発見ー!』
「たらふく食っとけよ」
金龍は時折海に頭を突っ込む。
新鮮な魚介類を捕食する。
淡白だが旨味の深い大回遊魚。じっくり煮ると少し癖のある甘みが出る魔殻貝。独特の歯ごたえのある幼生大王イカ。身のぎっしり詰まった巨海老。
金龍の腹の中で調理が進む。
食べやすい大きさに砕かれ、不要なものは排泄され、体温でグツグツと煮込まれる。金龍の体液が究極の味付けだ。
「いい匂いが漂ってきたな」
『あの大きい島に降りようか』
俺たちは歓声をもって受け入れられた。
用意された大鍋に、金龍が出来立てのカレーを吐き出す。飢えた者たちが殺到するが、金龍のひと睨みでおとなしく列に並ぶ。
近隣の島からも住民が集まると、最初に作ったものだけでは量が足りない。俺と金龍は何度かカレーを作り直した。
涙を流してカレーを食す人々。
氷結魔法でかなりの量をストックしたから、これでなんとか今年を乗り越えてくれるだろう。
「世界がどう変化しても、国が違っても」
『カレーだけは絶対の正義、でしょ?』
「へへ、分かってるじゃねぇか」
俺は金龍の頭に乗ってダラリア諸島を離れた。
荒野に降り立つ。
すると、一人の女が目の前に現れた。目つきが悪い。服装はだらしねぇ。胸元が開きすぎだ。
俺と同じ匂いがしやがるな。
つまり、あんまり良い育ちじゃねぇってことだ。
「金龍使いのボン。お前を探してた。アタシと組め」
なんだよ、またそういう奴らか。
つまんねぇ。
俺は再度金龍を呼び出すと、空に舞った。
「待てよコラ、ちょっとくらい話を聞け!」
女の胸元が光り、一匹の獣が飛び出した。
白虎か……これは驚いたな。
「待てったら、ずっと探してたんだぞ!」
金龍の後方から、女が白虎に乗って追いかけてくる。あっちも飛翔術も使えるタイプの心獣か。面倒なのに目をつけられたな。
しばらく飛ぶと、一つの都市が見えてきた。
先日まで小国の首都だった場所で、帝国の略奪によって人々は飢えているらしい。
上空から住民の気配を探る。
「金龍、どうだ」
『んー、人数が多すぎるよ。近辺の動植物を素材にしても、全員を満腹には出来ないかも』
「そうか……」
過去に何度も襲われた無力感。
もちろん、この世の全員を助けるなどと大それた事は思っていない。ただ、手の届きそうな範囲の中で、ギリギリで救えない人々がいることに悔しさを感じる。
「だから組もうって言ったんだ」
横から飛んで来たのは、女の声だった。
金龍と白虎。
俺たちはそろってその都市に降り立った。
人々は怯えた顔で物陰に身を隠している。戦争の後だ、心獣にいい感情を持っている者は少ないだろう。
女は大声を張り上げた。
「アタシは白虎使いのサト! 金龍使いのボンとともに、あんたらの腹を満たしに来た! さぁ、集まれ!」
都市を包む静寂。
そりゃそうだ、お前はやり方を間違ってる。
俺は大鍋を取り出す。
金龍がカレーを吐き出すと、あたりにはなんとも言えない良い香りが漂い始めた。
「サト、お前も準備しろ」
「でも人が……」
「大丈夫。すぐに集まってくるさ」
サトもまた大鍋を取り出す。
すると、白虎がそこに炊きたての白いご飯を吐き出した。美味そうな湯気が立ち上る。
ゴクリ。
金龍の感覚で、住民が唾液を飲み込むのがわかる。
もうひと押しだな。
皿に白飯を盛る。
カレーをかける。
スプーンでひと口。
俺は大きな声を上げた。
「サトのごはんと俺のカレーは相性バツグンだな!」
サトはニヤリと笑って追従する。
「あたしのごはんとボンのカレーはたまんねーな!」
あー美味い美味い。そうやって二人で腹を満たす。
それにしても、演技じゃなくて本当に美味いな。
気がつけば、周囲には人々が集まってきていた。
ここぞとばかりにサトが声を張る。
「よし、皿を持って並べー! 喧嘩するやつには食わせねぇからな! 白虎と金龍に睨まれたくなきゃおとなしく列を作れー!」
こうして、俺たちはパートナーとなり、何十年も諸国を巡った。子供こそ授からなかったものの、助けた夫婦が再会時に子を抱えていたりすると、この上ない喜びを感じたものだ。
「俺の正義はカレーだ!」
「あたしの正義はごはんだ!」
お互いの正義は最後まで変わらなかったが、それもまぁ良しとしよう。正義なんてモンは人それぞれだ。
だが、納得できる正義に出会えれば、それはきっと人生を面白くしてくれる。そういうもんなんだろう。