序幕
初企画参加作品です。
夏らしいホラーを書けたらいいなぁ……と思っています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
とりあえず当面の目標は完結させるですね、頑張ります。
全てが始まったのは、まだ七月になったばかりだというのに毎日毎日摂氏三十五℃を叩きだし、不快指数は常に八十五以上という早々とクーラーが手放せなくなっていたある日の夕方の事だった。
その日は朝方から降り出した雨により気温の高さに加えこの時期特有のムシムシジメジメもプラスされ、個人的には不快指数百をぶっちぎってんじゃないかってくらい蒸し暑かったがそれも帰宅前までの話。
家に帰った瞬間から、クーラーの威力最大でガンガンに部屋を冷やし、快適な空間を手に入れていた私――日野陽葉は学校で出された数学の宿題をうんうんと唸りながら熟していた。
「…………ヤバイ、一問も分からない。まず設問の意味が分からない。え、何これ日本語? 連立方程式? 知らない子ですね」
最初に言っておく、私の頭の出来は決して良くない。
それでも宿題を忘れた場合、数学教師の月岡先生がものすごく怖い。
「……っ、くそぅ、夜更かしは美容の天敵なのにっ!!」
いや学校から真っすぐ帰ってきたからまだ十八時回ったところですけど!
わぁい帰宅部万歳!!
夜はこれからだベイビー!
そんなとりとめのない事を考えながらももうどうにでもなぁれ☆な気持ちでとりあえず答えを埋めているとポコンッとベッドの上に置いてあったスマートフォンが軽快な音を立てた。
お、あの着信音はLINKかな?
「はいはぁい、今出ますよーっと。」
ベッドへと手を伸ばしスマフォを手に取るとコミュニケーションアプリ『LINK』を開く。
すると思った通り、県内に住んでいる二歳年下の従妹の櫻野繭からメッセージが届いていた。
彼女の愛猫であるシロの寝顔のアイコンから出ているふきだしにまず書かれていたのは『やっほー、アキちゃん元気ぃ??』という一文。
その下には何かのキャラクターなのか、首から上が兎のマッチョがオリバーポーズをしているスタンプ。
さらに私の返事を待たずしてポコポコとメッセージがとめどなく続いていく。
『あのね、今私クラスメイトの影野ウイトくんに誘われていつものメンバー+ウイトくんの六人で廃墟になった遊園地に来てまっす☆』
『アキちゃん知ってる? 裏野ドリームランドって場所!!』
『すっごいよ、八年前に廃園になっちゃったらしいんだけどアトラクションとか取り壊されずにそのまま残ってるの! こんな遊園地あったの私初めて知ったよー!!』
次いでぽこんと音を立て表示されたのは「THE城」と言った感じの屋根と言う屋根に旗が付いた西洋風のお城の前で先程のマッチョのスタンプと同じようにオリバーポーズを決めている繭ちゃんと、名前は知らないけど繭ちゃんが送ってくる写メによく一緒に映ってる二人の男子と二人の女子。
そして見たことがない大人しそうな黒髪の男の子――多分この子が影野君なのかな?が凄く楽しそうに笑ってる画像だった。
いいなあ繭ちゃん青春してるなあ。
てか女三人男三人で廃園しているとはいえ遊園地って放課後デートですか? トリプルデートですか? このリア充がっ!!
「あれ? あっちでは雨降ってないんだ。」
妬ましさからぎりぎりと歯ぎしりしながら画像を見ていると城の上に綺麗な青空が広がっている事に気が付いた。
見れば繭ちゃん達誰も傘持ってないし。
一瞬だけ変な感じがしたけど、でもまあ同じ県内でも天気が違うなんて事よくあるしと一人結論付けて頷いているとさらにポコンッと新規のメッセージ届く。
ってか繭ちゃん早いな、さすがJC! コーコーセーのババアはまだ一言も返してないよ!
あ、既読が付いてるから問題ないのか?
「……これ、ジェットコースター?」
繭ちゃんから送られてきたのはジェットコースターを下から見上げたアングルで撮られた画像だった。
『このジェットコースター、裏野ドリームランドで一番人気だったんだって! 乗ってみたかったなぁ、残念!』
「へぇ、一番人気かぁ。」
やっぱ絶叫系はどこの遊園地でもポイント高いよねぇ。
あーー最近ジェットコースター乗ってないなぁ。
『ここはアクアツアーってアトラクションでシークレットキャラみたいのがいたらしいよ! その姿を見る事ができたら幸せになれるって噂あったみたい!』
『見て見て! メリーゴーランド!! 当然ながら動いてないけど! 裏野ドリームランドがやってた時にはライトアップが凄くてまるで夢のようだったんだって!』
『観覧車!! これに乗るとランド内が一望できるようになってるんだって! 乗り心地が良くて何週も乗ってる人もいたんだってさ。これも当然動いてないけど!』
そんな感じで次から次へ送られてくるメッセージを眺めているうちに何故かじわじわと薄ら寒さを覚え始めた。
「……これ、繭ちゃんが送ってるんだよね?」
思わずそう呟いて、何馬鹿な事いってんのと自嘲する。
こっちに構わずガーーっと自分の言いたい事だけとりあえず書いちゃうLINKのこのメッセージの送り方は繭ちゃんのいつものやり方だし、口調だって繭ちゃんそのものだ。
でも……。
「何だろ、何か違和感と言うか……。何か、変?」
もやもやとしたものが胸に沸き起こり、知らず知らず眉が寄る。
「……とりあえず返信してみようかな。」
誰ともなく呟いてポチポチと文字を打ち込み始めた瞬間、もう何度目か分からない通知音が響いて画像とメッセージが届いた。
「……ミラーハウス?」
茜色に染まった夕焼け空の下、『MIRROR HOUSE』という看板が掲げられた建物がこれまた下から見上げるアングルで撮られた画像の下にはそれまでと同じテンションでメッセージが付いていた。
『ジャーン☆ミラーハウスだよ! 何かね、このミラーハウス、一人で歩いていてふと気が付いたら自分の後ろ姿が目の前の鏡に映っていた、なぁんてちょっと怖い噂があったんだって!』
読んだ瞬間全身にぶわっと鳥肌が立った。
――ああ、そっか。これが違和感の正体なんだ。
少しだけ震える指でスマフォのキーボードを操作する。
『そうなんだ。ねぇ、ところで繭ちゃんさ。何でそんなにそこの遊園地に詳しいの?』
そうだよ、繭ちゃん初めの方で今日初めて裏野ドリームランド知ったって書いてたじゃん。
なのに、アトラクションの画像の後に書き込まれてたメッセージはドリームランドが営業してた頃の情報ばかりだった。
……うん、ただ『だったんだって』って書いてあるから繭ちゃんと一緒にいるグループに詳しい人がいるのかもしれないけどさ。
でも八年前って繭ちゃん達小学生にもなってないよね。
その年頃の子がそんな遊園地の噂なんて知ってるもん?
それに裏野ドリームランドなんて遊園地、私も初めて聞いたよ。
県内にそんな遊園地あったら私達の年齢なら一度くらい行っててもおかしくないよね。
なによりさ八年前に廃園した遊園地のアトラクションが今もそのまま放置されてるってあり得るのかな?
ねえ、繭ちゃん今どこにいるの?
次から次へと湧き上がる疑問に気持ちばかりが急いて仕方がない。
とにかくさっきのメッセージ繭ちゃんに送らなきゃ。
――ピコン。
送信ボタンを押そうとした刹那、繭ちゃんから届いたメッセージに思わず目を見開いた。
『何かねミラーハウス鍵が壊れてて中入れるんだって! 折角だから入ってみまーす☆』
「――入っちゃ駄目!!」
思わずそう叫びガタンと椅子から立ち上がった。
やばいやばいやばい、何がやばいか分からないけど、これ絶対入ったら駄目だ!
脳内でがんがんと鳴り響く警鐘に、LINKじゃ間に合わないと私は慌てて電話機能を表示させた。
***
「……ふぅん。これがその時のLINKね。」
初夏らしい紺碧の空がどこまでも広がり、熱気を纏った風が吹き抜ける。
あの日から三日後の昼休み。
場所は私が通う青宮高校の屋上。
私の向かいに座り自前のお弁当を広げている癖のない金髪をツインテールにしている人形のような顔立ちの美少女――幼馴染である白坂麗乃がLINKの画面をスクロールさせている。
結論から言えばあの後、特に変わったことは何もなかった。
繭ちゃんのスマフォに電話しても繋がらなかった時はかなり焦ったけど、その数分後繭ちゃんから折り返しの電話が入って、丁度ミラーハウスを出たところで暗くなってきたからそろそろ帰るといわれた。
さらに数時間後、『今家に着いたよ。今日は凄く楽しかった。何ていうか生まれ変わった気分。』ってLINKを最後に繭ちゃんからは連絡とか来てないし。
「……うん。」
「――いくつか気になるところはあるけど。陽葉は何が引っかかってるのよ?」
そう言ってスマフォを返してきた麗乃に少しだけ躊躇しながらも口を開く。
――そう、繭ちゃんからは来てないのだ。繭ちゃんからは。
「ねえ、麗乃も繭ちゃん知ってるよね? 麗乃から見て繭ちゃんってどんな感じの子?」
「――そうね。会った事あるのは二、三回程度だけど。とにかく元気で社交性が凄くある、人の輪の中心にいつもいるリーダー的な女の子ってイメージが強いわね。」
私の問いかけにぱさぱさの長い睫毛の下のやや吊り上がった二重の大きな瞳を瞬かせた麗乃に、そうだよね、と頷き手に持っていたペットボトルの紅茶を一口飲む。
繭ちゃんはそんな子だったはずだ。
明るくて、人懐っこくて友達が沢山いる、麗乃ともう一人の幼馴染を除けば、部活仲間と僅かなクラスメイトぐらいしか話す相手がいない私から見たらまさに『リア充』って言葉がぴったりな女の子。
だったはずなのに……。
「……繭ちゃんね、あの日から引きこもりみたいになっちゃったの。とにかく外に出たくない、誰とも会いたくないって自分の部屋から一歩も出なくなっちゃって。」
「……え?」
目を軽く見開いた麗乃に構わず私はさらに続ける。
「繭ちゃんのお母さん――叔母さんが昨日うちのお母さんに電話かけてきて。引きこもりもそうなんだけど、言葉遣いだとか行動もおかしいらしくて。あり得ないくらい猫背になって誰とも目を合わせようとしないし、聞き取れないくらいぼそぼそ話すようになったって。それに目に入れても痛くないって公言してて本当に猫可愛がりしてたシロを叩こうとしたり。今までの繭ちゃんだったらそんな事絶対しないし、むしろシロの足先の毛を踏んだだけでも大騒ぎして、挙句土下座するような子だったのに。シロもシロで繭ちゃんに一番に懐いてたのに、繭ちゃんがそうなってからはいつも毛を逆立てて威嚇するようになったって。……ねえ、麗乃。たった一日で人がそれまでと真逆に『変わる』なんて事あるのかな?」
そう尋ねれば思い切り眉間に眉を寄せた麗乃が何か考えるように唇に指を添えた。
「――頭部を強打して脳が損傷すると人格が変わるって聞いた事はあるけれど、そう言った事はないのよね?」
「うん。叔母さんもそれを疑って繭ちゃんに聞いてみたんだけど、そんな事ないって言われたらしくて。病院は、そんな状態だから連れていけてないらしいけど。でもね、繭ちゃんだけじゃないらしいの。」
「……どういう事?」
「叔母さんが言ってたんだけど、繭ちゃんとよく一緒に遊んでた子達、多分お城の前で繭ちゃんと写ってた子達だと思うんだけど、その子たちも一人を除いてあの日から学校休んでるんだって。でね、そのうちの一人の親から『まるで中身だけ別人に変わってしまったようだ。』って相談されたって。」
話しているうちに何だかぞくぞくとした寒気に襲われて腕を擦る。
うわぁ、鳥肌立ってるよ私。
「……成程。裏野ドリームランドの噂通りってわけね。」
「――――え?」
ぽつりと呟かれた言葉にきょとんとして麗乃を見ればやけに真剣な顔をした彼女と目が合った。
「麗乃?」
「……ねえ、陽葉。全ての鍵は裏野ドリームランドにあるわ。だから、行ってみない? その八年前廃園した遊園地に。」
「…………え?」
次の瞬間、その場に吹き抜けた風がやけに冷たく感じたのはきっと私の気のせいだと思いたい。